来週、モエモエで彼女が来ることになった。

1、青年会館


 オッドヤクート町中央通りのちょうど真ん中から北に折れると、町役場、町会議員会館、運動公園、図書館などの公的施設が一つの大きな敷地に点在する、いわば町の官庁街とも言える場所に突き当たる。

 広い公園のような所に各施設がポツンポツンとあるだけだから、官庁「街」っていうほど大げさなものでもなかったが……とにかく、その一角にオッドヤクート青年会館もあった。

 ジーディーが青年会館前の駐車場にトラックを停めた。

「よし。俺はここで手ごたえがあったか聞いてくる。十分……いや、十五分後にこの車の所で待ち合わせだ。いいか?」

「ああ。分かった」

 僕がうなづいたのを見て、兄は青年会館の中へ消えた。

「さて」

 どうするか。

 僕もトラックの助手席を降りて外へ出た。広い公園のような敷地を見わたす。

 新緑の頃ならこの辺一帯をブラブラするのも気持ちが良いだろうが、今は真冬だ。葉の無い裸の木に雪が積もっているのを見るためだけに寒空の下を歩くのは面白くない。

 振り返って青年会館の二階建てを見上げた。他の多くの町営施設と同じく、良く言えばレトロなたたずまい、悪く言えば古臭い。

 青年という程の年齢としにも達していない僕にはあまり関係のない建物だが、他にする事もないし、兄が受付の人とどんな会話をしてるのかを後ろで聞くのも良いかもしれない。とにかく、冬の駐車場でボーッと待っているよりはマシだ。

 僕は車内にいるジーディーに『エンジンを止めて置け』とハンドサインを送って、会館の玄関へ向かった。

「ぶるんっ」とひとつ大きな音を立てて、トラックのアイドリング音が消えた。

 古風な木製のドアを開け、館内へ入る。

 暖房が良く効いていて、温かい。ハーフコートを脱いで左腕に掛け、正面階段下に立っている受付の人に「結婚相談窓口は何処どこですか」とたずねた。

 受付係は一瞬けげんな顔をしたが、道順を教えてくれた。感謝の言葉を述べ、言われた通り階段を昇る。

 廊下に並んだ扉を順々に見て行って『結婚相談課』という表示を見つけて中へ入った。

 カウンターデスクに兄が座っていた。ちょうど向かいの若い女性が「すみません」という風に首を振っている所だった。

 今回も駄目だったのか。

「兄貴」

 肩を落としている兄に声をかける。兄が振り向いた。

 結婚相談課の成功率がそれほど高くないという話は僕も聞いていた。とくに今年二十一歳の兄のような……つまり結婚適齢期の男ほどなかなか相手を見つけられない。

 この国では兄の年齢を中心にしてプラス・マイナス五歳の男女人口バランスは異常だ。男が圧倒的に多い。

 つまり女は相手を見つけやすく、男の結婚は難しかった。

「よう、コウジ。また駄目だったわ」

 兄が力なく笑った。期待していなかったとは言え、少し残念そうだった。

 もう一度窓口の職員へ視線を向けると、済まなそうに僕を見ていた。なかなかの美人だった。見た目の年齢も兄に近い。

(いっそ、この窓口の女性ひとを口説いた方が早いんじゃないか)

 などと思ってしまう。もちろん言葉には出さない。彼女には既に恋人が居るのかも知れないし。

「どうも、ありがとうございました」

 兄がりを付けて立ち上がり、窓口の女性に感謝の言葉を述べる。

「お役に立てなくて……申し訳ありません」

 職員の女性が言った。

「まあ、飽きずに挑戦してみますよ。気長にね……また来ます」

 再び兄が僕を見る。何かを思いついた顔だ。

「ああ、そうだ、コウジ、おまえ十四歳になったんだったよな。物は試しだ、登録して見ろよ」

 いきなり、何を言い出すのか。

「いや、遠慮しとくよ。第一この町の条例では十六歳にならないと結婚出来ないだろ」

「結婚は出来ないけど、婚約は出来るんだよ。法律上は、な。それからの登録最低年齢も十四歳だ」

「いや、いいって。別に」

「まあ、そう言わずに」

 結局、半ば強引に登録する事になってしまった。IDを見せ、申請書に必要事項を記入してサインをする。手続き自体は簡単なものだ。

 僕自身、結婚相談課に興味が全く無かったといえば嘘になる。

 可愛い女の子とお付き合いしたいという願望は十二分じゅうにぶんにあったけど、農家の手伝いをしていると、同世代の女の子と出会う機会はほとんど無いし、脳に直接化学変化を起こして記憶を植え付ける学習薬があれば学校で勉強する必要が無い。

 つまり、クラスの女の子をデートに誘うことも出来ない。そもそも学校に通わないんだから。

 もともと引っ込み思案じあんの性格で、同じ年頃の不良が通っているような遊び場に行く勇気も無かった。

 それに、戦争から帰って来てすぐに登録したのに今まで梨のつぶてだった兄を見ていた。だから「どうせ滅多に当たらないさ」という気楽さもあった。

 気落ちしているであろう兄の気持ちを彼自身の事かららしてやりたい、という思いもあったかもしれない。

 登録を済ませ、兄と二人で建物を出てジーディーの待つトラックに乗った。帰る途中で薬局に寄り、IDを見せて僕専用に処方された学習薬を受け取り、町を出て家へ向かう。

 雪道を走るトラックの窓からボンヤリ雪原を眺めながら、僕は思っていた。

(どうせ成立なんかしないさ。当たりっこない)

 ところが、その当たらないはずのものに当たってしまった。兄よりも先に。僕が。

 それが分かったのは一週間後、町へ出たついでに青年会館に寄った時だった。

「既に自動的に婚約が成立しています。相手の名前は……ええと……ハルノシマ・サエコさん。年齢は君と同じ十四歳」

 登録した時と同じ美人の担当職員が淡々と告げた。

「一週間後の汽車でこの町にやって来る予定になっています」

 思わず大きな声を出してしまった。

「ええ! そ、それ、本当ですか!」

「本当です。ついでに言いますが、もう後戻りできません」

 国中の専用端末から入力されたデータを一か所に集め、年齢、出身地、住んでいる場所、職業、生活習慣など無数の個人情報を複雑な方程式にかけて、最も相性の良い結婚相手を探すシステム。

「結婚最適化および婚約のための順応型作業環境……Malleable Operating Environment for Marriage Optimization and Engagement」

 通称、略してM・O・E・M・O・E……「もえもえ」

 このシステムによって、ハルノシマ・サエコという少女のために僕が選ばれ、僕のためにハルノシマ・サエコという少女が選ばれた。

 窓口担当の美人のお姉さんが、念を押すように僕に言った。

「もう一度、確認しますね。

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