第17章 (上) 富樫弁護士と接触、そして、仕掛け




■第十七 戻・坂下千智side 富樫弁護士と接触、そして、仕掛け


「本名は手石一真。ここ、美山の隣の県のそれなりの規模の銀行があります。大銀行の支店ですな。そこで勤めていたそうなのですが、これがまぁ、ねぇ。ちょっとお小遣いが欲しくなっちゃったんでしょうかね。5000万ほど、着服しちまったそうなんです。で、それを豪快にぱあっと使っちゃったそうなんですね。使った先は女です。妻以外の。男には妻と、息子、娘がおったそうですがね。あぁ、今も家族全員、生きていますよ。添付の資料に今、どこに住んでいるかもばっちり書いてあります。電話番号、銀行口座、使うかどうかわかりませんが、クレジットカ―ドの番号もわかる限り記載させてもらいました。あとでまとめてご覧ください」

 受け取った茶封筒の中身を見る。A4サイズの紙が10枚ほど、透明のクリア・ファイルにまとまって入っていた。1枚1枚、ざっと目を通してみる。手石一真の家族構成、妻、娘、息子のプロフィ―ルがずらっと並んでいる。まるで、他人の履歴書を見ているようだった。普通の履歴書と今自分が見ている履歴書、違う点があるとすれば、その履歴書は、自分自身で自分のことを書いたのではなく、他人が他人のことを書いてある点であった。

「富樫さん」一通り手石一家の履歴書に目を通した後、千智は声を上げた。

「はい」人を馬鹿にしたようなささやかな笑みを浮かべながら富樫は淡々と返事をした。


「この手石家に、爆弾を仕掛けることってできますか?」






 ◆

「あぁ、起きましたか」

 宮沢ビルの3階で一番広いフロア。手を後ろに回されて手錠で縛られ、さらに足を後ろで手錠によって縛られながら、奇妙な格好で寝ている男性が目を覚ました。その男性に、千智は声をかける。男は、顔は顎髭頬髭は伸び放題、オマケに鼻毛も見えている。きちんと顔の手入れはしていない。彼こそは美山橋の下にある土手のホ―ムレスの一人だった。名前は、手石一真。




「おい、小僧。この野郎、一体何の真似だコルァ!さっさと手錠を外しやがれ」

 チンピラのような威勢のいい声で千智に言いつけた。しかし千智は怖気づく様子は見せず、




「おやおや、随分とまぁ、威勢の良い声だ。そんな元気すぎる声をすぐ上げてしまうから、銀行の金を盗んで、クビをキられるなんて事態に発展するんですよ」

 ビクンと、わかりやすいぐらいの反応を見せる。



「はじめまして。手石さん。どうしてあなたがここに連れてこられたか、なんとなく予想はつきますよね?」

「わかるかいィ! ちゃんとわかるように説明してみろやオラァッ!」

「ウィッチ・ハント。この単語に、聞き覚えは?」

 淡々と、無機質的に問う。そこには感情は何もない。機械が機械的に問うているのとなんら変わりはない。ただただ、そこには問いがあるだけだ。




「…………なんじゃいね、そりゃあ」

 声のト―ンがひとめもりほど下がった。千智はそれを聞き逃さない。というかそもそも、手石がウィッチ・ハントに絡んでいる、参加者であることはすでに知っている。




「嘘を言ってはいけません。あなたがウィッチ・ハント参加者であることはすでに知っています。あなたが残念ながら、ご自分の立場を理解しておらず、こちらに反抗的な態度をとってしまったことは、後々マイナスになると思いますよ。では、次に。あなたは、ウィッチ・ハントのゲームにて勝ち残る理由がある。ある、なし、どちらかで答えてください。わからない、とか、考え中だ、とかそういった回答はいりません」

 以後、余計な質問などは一切合切受け付けないという雰囲気を纏った一言だった。




「……べ、別に願いとか、そんなもんはねえよ……。だから別に、俺は何も望んじゃいねえ」

「あなたのクビを切った銀行とか、あなたが捨ててしまった家族との愛とか、そういったものを望んだこともありませんか?」

 と千智が言うと、手石はチッと舌打ちをして、身体をムズムズと動かした。イライラしていることが傍目から見てすぐにわかる。おそらくは図星だろう、と千智は判断した。




「ちゃんと話を聞いてくださいよ。僕の言うことを聞いてくれれば、あなたに魔女の座という特権を差しあげようと思っているところなんですから、そんなヘソを曲げないでください」

 もちろん、こんな言葉で手石は態度を軟化させたりはしない。何しろ、手錠で手足が縛られているからだ。そんなことを言うんだったらこの手錠を解け、と言いたいだろう。床は土埃で綺麗とは言い難い状況だ。そんな状況の床に寝転がされているのは端的に言って、不愉快なことであった。




「これ、あなたの携帯ですね? 見てください」と言って、携帯電話を手石に渡した。それは、手石の携帯電話だった。

「えっ…………、こ、こりゃあ……」

 手石は携帯のディスプレイを見て目を剥いた。そのディスプレイには、『付近に、魔女がいます』と書かれていた。




「それはあなたの携帯。間違いはありませんね? つまり、その携帯に書かれていることは、本当のことです。そして実際、私の携帯にもこのように」千智の携帯電話を広げた。


「あなたの携帯のディスプレイに載っている文字と同じものが、私の携帯のディスプレイにも映し出されています。つまりこれは、本物の警報であるということです。魔女が付近にいるということです。それは信じてもらえましたか?」


 手石は無様な手、足を手錠で縛られ、寝転がることしかできない無様な姿ではあったが、うん、うん、となんとか頷いた。

「結構。では、次にこのパソコンの画面を見てください」

 寝転がっている手石にも見えるように床に二台のノートパソコンを置いた。パソコンのディスプレイにはどこからかのカメラのライブ映像が映っていた。ひとつは港の傍の倉庫らしき建物、そしてもうひとつのディスプレイに映っていたものは……昔手石が住んでいた家だった……。白い二階建ての一軒家。小さいが、それなりに立派な庭もある。それが玄関真正面が見える位置から、撮られていた。手石にとっては、とっくの昔に捨てた、幸せの象徴のようなものだった。それが今、こうして映っている。




「では、胸中をお察ししますが、映像について説明をさせていただきます」

 千智が口を開いた。

「ひとつは、今はもう使っていない廃倉庫です。そしてもうひとつは、まぁ、言わなくてもわかるとは思いますが、手石家の映像です。今も手石夕実さん、手石流くん、手石蒼さんの3人が生活しております。簡単に調べたのですが、今もなお、健気に頑張って生活しているそうです。父親の帰りを待って、ね」

 耳を澄ませばゴクリ、と唾を飲む音が聞こえそうな、そんな静寂だった。手石一真はパソコンの画面を食い入るように見ている。そして時たま千智の方に顔を向け、次の説明はまだか、まだかと待ち受けている。




「では、なぜこのような画面をあなたに見せているか。あなたに、今の自分の家族がどういう状況にあるかを見せたかったからです。その上で、私のお願いを聞いてもらいたい」

「な、何を言って…………」

 何を言ってるんだ、という手石の言葉は最後まで続かなかった。なぜなら、千智の懐から普段は見慣れぬ物体が飛び出したからだ。千智は懐から2つの〝ボタン〟を取りだした。握りしめて、親指で突起部分を押す、あのボタンだ……。




「ここにボタンがあります。2つ。便宜上、右手をA、左手に持つボタンをBとします。それぞれAが手石家、Bを倉庫に対応するものとします。ではまず手始めに、左手の、Bのボタンを押したいと思います。さて、どうなるか」

 と言うと千智は左手で持つボタンBのスイッチを押した。手石もなんとなくはわかっていた。そのボタンを押すとどうなるのか、直前になんとなくわかってしまっていた。

 ――廃倉庫が爆発した。

 廃倉庫は奥行き50m、幅100mほどあるように見えた。見えたというのは、カメラの映像だけではたしかなことは断言できないからだ。その倉庫が爆発し、木端微塵とまではいかないものの、悲惨な姿になっている……。



 手石は茫然としてしまった。そして、千智を睨む。千智の顔と、千智の右手を。

「暴れるのはあまり得策ではないかと思います」千智は笑顔を添えて言った。

「縛られているあなたと戦うのはこちらとしてはまったく問題ありませんが、もし万が一あなたとのゴタゴタでスイッチを落として、地面に落ちた拍子にスイッチが押されてしまったら、あなたの家が吹っ飛びます。まぁ、それを承知の上で暴れてくださいね」

 と言うと、手石はピタリと動くのをやめた。しかし、目は死んでいないし、息は荒い。




「こちらの要求というのは実にシンプルなものです。あなたに、魔女になっていただきたい」

 手石の表情が怪訝なものになった。




「先ほども見せた通り魔女襲来警報がなっていました。あなたの携帯と、私の携帯に。つまり、私は魔女ではないということです。先ほどの警報を見る限り、付近半径30m以内にはいるといことです。いちいち遠回しに言っても意味がないのでさっさと答えを言いますとね、いるんですよ、ここに、この部屋に、確定魔女が」

 と言うと千智は部屋の隅っこに行き、台座を引いて戻って来た。台座には段ボ―ルが乗っていた。かなり大きい段ボ―ルだった。例えるならばそう、人が入りそうなぐらいの段ボ―ルだった…………。




「ウィッチ・ハント開始時に送られてきたルールテキストにはこう書かれています。『Chapter2  ⑥〝確定魔女〟が死亡した際、それが第三者からの外因であった場合、最も強く〝確定魔女〟の死亡に関与したものが次期〝確定魔女〟となる。』……まぁ、何か難しく書かれていますが要は確定魔女を直接殺した奴が次の確定魔女になるってわけです。いかに直前まで縛っていた奴がいた、とか、こいつがいなけりゃ殺害できなかっただろうな、とかそういった事情はまったく無視されて、殺した奴が魔女になれるわけです。つまり、今ここで、あなたにコイツを殺してもらいたいのです。そして、あなたが確定魔女になる。どう? 簡単でしょう? そしてもし、あなたがそのままこのゲームの勝者になってしまえば、あなたは家族と元に戻れるわけです。素晴らしい提案だとは思いませんか?」

 特上の笑みを浮かべて千智は手石に話しかける。手石にはそれが、悪魔の笑みに見えた。わかっている。手石にだってわかっている。それが、悪魔の提案であることも。ここで一歩先に足を踏み入れてしまったなら、もう後に戻ることはできないだろうということをも。しかし、ここで断ることもできない、ということも、手石は悟っていた。今までのやり取りの流れで、それはわかっていた。ここで安易に誘いに乗ることは賢しくない。では、他にどんな選択肢があるというのか? ここで断れば、家が吹っ飛んでしまうのだ。もしあのディスプレイに自分の家しか映っていなければ、千智の爆弾の一言をハッタリと見なし、行動することができたかもしれない。しかし、千智は先に廃倉庫を爆発させた。それにより、手石の中で爆発物ハッタリ説が萎んでいった。いや、違う。ハッタリ説も倉庫共々吹っ飛んでしまったのだ。こいつは本気なのだと。逃げ道が少しずつ塞がれている。そう、手石はまだ、家族と共に暮らす夢を諦めてはいなかった。命を賭けてでも、それを取り戻したいと思っていた。一時の出来心で、ホステスの女に5000万つぎ込んでしまった。最初はブランド物のバッグを買い与えているだけだった。ホステスの女の笑顔を見るのが楽しかった。それに、最初は数万、数十万単位だった。バレたら問題にはなるかもしれないが、土下座をすればまだ済むレベルだ、と自分に言い聞かせた。段々と回を重ねて行く内に数万、数十万の単位が数十万、数百万の単位へと変わっていった。もしバレても土下座すれば出世コ―スから外れ、多少面倒な処罰を食らうだろうなという認識から、『バレなきゃ大丈夫』という意識に変わった。上司は老いぼれで、数字のチェックがいささか疎かであることを手石は知っていた。それが重なるにつれて、手石が横領した金額は2000万となった。その頃、ホステスの女は言った。『実は、親の借金に追われている。3000万ほど、都合してもらう訳にはいかないか』と。


 今冷静に考えてみればおかしな話だった。おかしな話どころではない。馬鹿な話だった。そんな馬鹿な、冗談みたいな話で手石は仕事を失い、家を捨てた。離婚してほしいと妻から言われ、手石一真はそれを受け入れた。当然だった。それ以外に選択肢はなかった。慰謝料は払うことになった。元々手石はそれ以前から妻に暴力を振るっており、慰謝料は上乗せされた。オマケに2人の子供だ。毎月12万円の養育費を支払わねばならないというのは仕事を辞めた直後の手石にとってあまりに重すぎた。会社からも損害賠償請求をされていた。つまり、手石にはもう、どこにも居場所がなかった。家庭から、職場から、社会から彼の居場所は奪われていた。奪われたというより、自ら堕ちて行ったという表現がよりたしかかもしれない。そんな彼にとって、このウィッチ・ハントとは社会に復帰できるチャンスのひとつだった。このゲームの勝者になり、望みが叶えられるならば、彼は山ほどの金を、2億円ほどを手に入れたかった。あまり多すぎても実感が湧かないので、なんとなく2億という数字にした。金があれば、もう職場は必要ない。金さえあれば、妻はもう一度俺のことを見直してくれるだろう。金だけでダメならば、土下座すればいい。なんだかんだで最後に必要なのは金なのだ。金が、金が、金が! 



 もちろん、今のこの状況から逆転して勝者になるのは難しいかもしれない。しかし、ここで拒まなければ、まだ勝者になれるかもしれないのだ。それを鑑みるならば、俺が今、ここで選ぶ選択肢は決まっている。




「…………わかった、いや、わかりました」

 今までにないぐらい従順に答えた。何かを決心した。それは、千智にもわかる。



「良い返事だ。じゃあ、これを使うといい」

 と言うと、千智はどこからともなく取りだした拳銃を手石の前に置いた。拳銃だった。手石が思っているのより、少し銃身が長いように感じた。

「サプレッサーというのがついている拳銃だ。完全に消えるわけじゃないが、それなりに音を消してくれる。窓が全部閉まっているとは言え、多少は音が外に漏れちゃうだろうからね。せめてもの配慮だ。ま、多分大丈夫だとは思うんだけど。あぁ、そうそう。手足を手錠で封じられて動きにくいかもしれないけど、頑張ってそのまま動いて拳銃を持って、その段ボ―ル箱に入っている男を撃ってくれ。なんといっても拳銃だからね。間違って僕に撃たれても困る。まぁもっとも、僕が死んだら手石の家が爆発するような仕掛けにはなってるんだけどね。何か不穏な動きをしたらすぐにお前を殺す。だから、慎重に動いてくださいね」

 千智は手石に釘を刺した。



 その後、ぎこちなさはあるものの、手石はなんとか拳銃を取り、段ボ―ルの中の男に向かって発砲した。段ボ―ルの中の男はピクン、ピクンと跳ねただけだった。声すら上げなかった。その瞬間、後ろに回している手首に強烈な痛みが走った。千智が手石の右手首を思いっきりつかんだのだ。その痛みに耐えきれず、手石は拳銃を落としてしまう。



「素晴らしい。ちゃんと殺してくれたね。これで晴れて、お前は確定魔女だ。さて、ここから本題だ。どうやってお前に魔法が与えられるか知らないが、申し訳ないが、どういう魔法を手に入れるかは俺が決めさせてもらう。いいな?」

 有無を言わさぬ勢い、そして、声色だった。腕の関節を極められる。手石は「わ、わかった! わかったから手を放してくれぇ!」と懇願した。千智は少し力を緩めたが、痛みが完全に引くほど緩めたわけではなかった。そして、千智は手石の腕を掴みながら手石の携帯電話を見る。




『会対様の殺害を確認しました。確定魔女の権限を手石一真様に移譲します』

 確定魔女はたしかに殺され、確定魔女の位はたしかに手石一真に移譲した。何はともあれそのことがわかり、ほっとする。

「コングラッシュレイションズ!」

 すると突然、背後から声がした。何の前触れもない声に肩が震えあがってしまう。すぐさま声の下方向に顔を向けると、そこにはダークスーツ、白いワイシャツを着込み、顎には白い髭をこれでもかというほどに蓄えた老人がいた。眼鏡は丸縁、髪も白髪だった。



「どなたですか?」反射的に千智は尋ねた。しかし、心の中ではこの老人が一体誰なのか、よくわかっていた。

「申し訳ないが、あなたとは話せない」老人は静かに言った。

「規則でな。まぁ、他愛もないちょっとした話なら問題はないが……。えっと、そこの。痛そうに顔を歪めた、あなたです。あなた、あなた。あなたに用があって来たのですが」

 と言って、老人は手石に向かって話しかける。その一連の動作で千智は確信する。




「ミスタ・テイシ。私は、魔道士のウェルメと申すものです。このたびは、確定魔女になりましたな。おめでとう」

 と微笑みながらウェルメは言った。しかし残念ながら、その場はおめでたい雰囲気に包まれてはいなかった。今にでも硝煙の臭いがしそうな場だった。

「さて、これからあなたは確定魔女として戦うわけだが……、何かひとつ、魔法をあなたに授けたい。もちろん、それに対するリスクも同時に背負うことになるが……、使い方によっては、ゲームを有利に進めることも、不可能じゃなかろうな。では、どんな魔法がよろしいかな?」

 と、ウェルメは場の雰囲気はまったく意に介さず、淡々と、やはり優しく述べる。




「いいか、手石」千智が威圧するように言う。

「お前に決定権はない。どうもこの魔道士は俺の声は聞いてはいけない設定になっているらしい。当然といえば当然だ。俺は確定魔女にはなっていないからな。しかし逆を返せば、俺が今ここでお前に何を言ってもいいということになる。そして、お前は俺の指示を無視して魔道士に俺を殺す魔法がほしいと言うこともできる。だがそれは止めておいた方がいい。まず、俺が今ここで死んだら、……どんな死に方をするにせよ、お前の家が爆発する。お前の家にいる子供2人と妻は木端微塵だ。そうしたら、お前の夢、家族と一緒に暮らすということはできなくなる。それを忘れないことだ」

「………………………………」

 手石は黙ったまま、何も答えない。そんなこと、千智から言われなくとも知っている……。




「お前のことだ。多分わかってはいるだろう。念のための確認さ、今のは……。じゃ、今から俺の指示を出す。お前は魔法使いになり、俺に魔法をかけろ。『坂下千智の記憶を一時的に消す魔法』をください、と、この魔道士に言え」

「えっ…………?」

 手石の眉がピクリと動いた。彼が考えていたのとはまったく違った魔法を要求されたからだ。自分は利用されて、坂下千智のバックアップをさせられるんだな、とかそんなことを考えていた。しかし、聞いてみれば、坂下千智の記憶を消す魔法を頼めと言われた。目が点になるとはまさにこのことだ、と手石は実感していた。




「どうした? 聞こえなかったのかな?」

「い、いえ、聞こえました……。千智さんの……記憶を消せ、と……」

「結構。そしてお前が尋ねてくれ。時間指定の記憶抹消は可能かどうか、そして、その魔法は万が一術者が記憶操作期間内に死んでも効果は持続するものなのか、と」

「わ、わかりました……。ウェ、ウェルメさん、質問をしても、え、ええかね……」

 おそるおそる、という言葉がこれほどまでに似合う声はないだろう。手石はおそるおそる老人魔道士ウェルメに尋ねた。

「どうぞ」深い声で言った。すべてを許容してくれるだろう、好々爺のような声だ。

「あ、ある人の記憶を消してもらいたい。その……、なんだ、記憶の削除というのは、時間指定で可能でしょうか。あと、術者が死んでも、その、効果は持続するものなのでしょうか」

「ふむ、時間指定での記憶の削除、ね。可能だ。時間指定もそうだが、内容指定もできる。一部であれば、記憶の改竄もできる。記憶の改竄は、多少なりルールがあるが……。また、記憶操作期間中に術者が死んだ場合でも、今回のケ―スだけに限って言うならば、効果は持続する」

 その言葉を聞いて、千智は心の中で力強くガッツポ―ズをした。剣道の試合中にやろうものなら反則負けになるであろうガッツポ―ズだ。術者の死後においても効果は持続する、多少の記憶の改竄が可能、及び内容指定もできるとは。これでやりたいことをすることができる。




「結構だ。では、このメモに俺が指定したい記憶の内容、及び指定する時間が書かれている。それを読みあげてくれ」

 と言うと、千智はメモを手石の前にかざした。手石の腕は手錠で縛られて自分で物を持つことができないからだ。手石はメモをかざされたメモを見た。メモには、こう書かれていた。

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