第12章


■第十二章 夢原癒津留Side タイトル:未定

 Dec. 25th (Tue)12月25日(火)

 美山市胡央村公立F高校2―A教室 PM4:22 ―00:07:33





 2階の教室を2つ、3つほど開け、中を見て、誰もいないことを確認し扉を閉める。

 廊下を歩いていたら突然、自分はとてつもない間違いを犯しているのではないかという思いに突然襲われた。言葉では説明できない類の、何とも言えない嫌悪感だ。



 癒津留は自分が感じた嫌な予感を目一杯信じ、教室から離れた。――今、この階……2階は危険ではないか? どうしてか、といった根拠はまったく思いつかないが、現実問題そう思ったのだ。ここに、藤堂はいない。いや、違う。この階には、誰もいないのだ。根拠はまるでない。ただの、直感だ。人がいる気がしない。千智君と、早く合流しよう。

 一種の使命感のようにそれを感じていた。早ければ、早いほどいい。

 いや、まさか、そんな。



 落ち着け。まず、平常心を取り戻そう。そうだ、絶対的優位はこちらにある。.

 昔、癒津留が読んだ本の中に、恐ろしいルールに支配されたゲームを行う小説があった。その小説を読んだせいでもうこれから先自分は本を読まなくてもいいやと思わされるほどに、影響を受けた本だ。中学生が無人島に閉じ込められ、殺し合いを政府から強制的にさせられるのだ。詳しいゲームのルールは覚えていないがたしか中学生の人数は1クラス分40人。


 そして問題はそのルールだった。ゲームを終了させる条件。それは、最後の1人にならなければならないという点だった。ゲームには時間制限が設定されており、(何日だったかは忘れてしまった)その設定された制限時間内にゲームが終わらなければ、全員殺されてゲームオーバーになるという点だった。つまり、今、私たちが参加させられているウィッチ・ハントなるゲームとその本の中にある中学生殺し合いのゲームでは、ゲームの難易度? みたいなものが微妙に違うんだな、と思わされた。


 校舎内の廊下を歩きながら癒津留はこんなことを考えてしまう。

 もし、中学生殺し合いのゲームと、ウィッチ・ハント。どちらか一方を選べと言われたら、私はどっちを選んだだろう? 私は今、偶然にも想いの人と一緒に行動を共にすることができている。一方、私が読んだ本の中学生殺し合いのゲームの主人公も、好きだったヒロインと共に行動をしたと覚えている。私とその主人公は、ちょうど同じ場所に立っている。物語の舞台、性別の違いはあれど、かなり似通っている。数学的に言うと、相似の状態にあるとでも言えばいいのだろうか。と言っても私は数学、とりわけ図形についてはかなり苦手と感じる部分があるため、もしかしたら言葉の用法に違いはあるかもしれないが、なんとなくそれが一番しっくりくる例えだった。


 中学生殺し合いのゲームの舞台は無人島だった。無人島でこどく一人っきりで安心して寝る場所を見つけなければならない、正真正銘、言葉そのままにサヴァイヴァルだ。最初の内は徒党を組む奴らもいた。しかし、最初の内は味方であっても、近い将来敵になってしまう間柄。何と言ってもゲームの制限時間は3日間しかなく、その時まで複数人の生存者がいた場合はその複数人全員が殺されてしまうのだ。ゆっくり眠ることなんて、できるわけがない。自分以外は全員敵なのだ。神経が休まる時など一時もない。


 それと比べて、今の私の状況はどうだろう。たしかに、殺し合いをしているという状況ではあれど、場所はいつもと同じ。家で眠ることも出来れば、学校に通うこともできる。学校に通い、普段通りに授業を受けることもできる。くだらない話、芸能人の行きつけのお店を調べ、何をそこで注文して食べているのかを勝手に妄想したりするくだらない話しもできる。もちろん、怖い。何しろ、ウィッチ・ハントに参加する8人の中の誰か1人は得体の知れない魔法を使うことができるのだ。その魔法で何をされるのか、魔女となった人物が果たしてどんな魔法を使うことができるのか、それは魔女と直接相対して、実際に魔法を使われないとわからない。一方、中学生の殺し合いはこうではない。本の中の世界ではあるが、その世界には魔法がない。相手を殺すのに使うのは拳銃、散弾銃、ピックル、斧、色仕掛け、スタンガン、その他様々なもの。多種多様に武器は存在するが、決してこの世の物理法則に逆らうものはなかった。世界観や、殺し合いに至るプロセスはもはや一種のファンタジ―に近い何かではあったが、限りなくファンタジ―に近い、本物の、いや、本物にも限りなく近い『リアル』だった。拳銃や散弾銃などを交えて誰かと戦うなんてことは普通はあり得ない。しかし、その世界では拳銃はたしかに拳銃の役割を果たし、散弾銃は忠実に散弾銃の役割を果たす。拳銃の引き金をひいたら月が落ちてくるなんてこともないし、散弾銃の引き金をひいたら使用済みのトイレットペーパーが中から出てくるなんてこともまずない。斧を使って畑仕事の真似事をしようとして人の頭を耕そうとしたら頭がパックリ割れるような世界なのだ。そこはたしかに、我々の世界だった。物理法則は、たしかに私たちの世界のものなのだ。



 しかし、それと比べて、ウィッチ・ハントは違う。誰か知らない人がこちらに指をさしたら、その指の先から炎が飛び出るなんてことが日常茶飯事、とまではさすがにいかないものの、可能性はあるのだ。考えようと思えば、いくらでも考えられる。人間の数だけ。人間の脳が想像力をフルに稼働させて、生み出す想像の分だけ、可能性がある。



 しかし、それでも。それでも、ウィッチ・ハントは中学生同士の殺し合いとは違う側面がある。その魔法についても、ある一定のルールがあり、そのルールに従って運用されている。もちろん、私はまだこのゲーム、ウィッチ・ハントが始まってから一度も魔女になったことがないから、そのルールを実感したことがないが、ゲーム開始当初に送られてきたあのメールに間違いはないだろう。『魔女となり、ある魔法を会得する場合、その魔法の対価を支払う必要がある。その対価とは、金銭的なものを求めるわけではなく、身体的、又は精神的負担を背負ってもらう次第である。これは、ゲームを円滑に、且、平等に進行するための措置である』



 可能性はあれど、その可能性はひとつのルール、秩序を保ちながら運営されている。

 魔法という未知の力を使う輩はいるが、それには相応のリスクも背負っている。皆がそれぞれ、ランダムに重火器を持っているというわけではないのだ。

 だから、私はこちらの方がまだ良かった。こちらの、いわゆるウィッチ・ハントの方が。



 こちらのゲームの方がまだ可能性がある。逃げ切れば、もしかしたら千智の隣に居続けることができるかもしれない。

 それに今現在、こちらが魔女なのだ。絶対的優位に立っている。あともう少し。逃げ切って絶対に逃げ切ってみせる。その中学生同士の殺し合いと、私たちが今行っているゲームは違うものだ。これに勝てばいい。勝てば私は、救われる。今、私は確定魔女だ。油断しなければ、ゲームに生き残るどころの話ではない。




 ――ガラガラ、ガッシャアアァァンッ! ガラガラ、ガッシャアアァァンッ!




 突然の大音量に心臓が身体から出てきそうになる。え、何? 何が起きた?

 今まで生きてきた中で、聞いたことのない音を目一杯聞かされた。

 ……誰か、いるの? 慌てたらけない、落ち着け。ゆっくり、冷静に対応すればいいんだ。こっちはもう〝確定魔女〟なんだ。手を斜め下にかざし、心の中で「炎よ、出ろ」と叫ぶ。すると、それに呼応して右の手から運動会の大玉転がしで使う大玉サイズほどの炎の玉が一瞬ボワッという小気味良い音を立てて出現したかと思ったらすぐに消えた。



 よし、……大丈夫だ。戦力の差はこちらの方が上のはずだ。1回、2回息を吸い、吐き出し、呼吸を整える。長い廊下を抜け、まずは2階へ向かおう。もう今では大した生徒数ではないのに、過去の名残かなんだか知らないが部屋の数だけ無駄にある廊下を抜け、階段を目指す。廊下を抜け、階段があるべき踊り場についた時、先ほどの騒音の正体に気付いた。



「何よ…………、これ……」

 銀色のシャッターが降りていた。これでは、下に降りることができない……!

 ガシャァン! ガシャァン! ガシャァン! ガシャァン!

 両手でシャッターを叩く。しかし、残念ながらそんなことでシャッターは開かない。開こうとする意志も感じられない。当然と言えば当然かもしれないが、さすがにそれでは困る。はい、そうですか、それじゃあ仕方ありませんね、と引き下がれるわけがない。これでは1階へ降りられない。1階へ降りられないということは、それはつまり、千智と合流することができないということだ……!




 しかし、まだ諦めない。この階の反対側には、もうひとつ階段がある。何かしらのトラブルが起きてシャッターが降りてしまったのだとしても、そんな偶然は通常一度しかない。二度は、ないはずだ…………!

 そんな祈りを籠めて、すぐさま廊下をダッシュで駆け抜けた。噴き出た汗が冷えて、気持ち悪い。青春とはまったくかけ離れた意味での汗だ。気持ちいいはずがない。



 そして、反対側に辿り着く。普通ならばそこには、階段があるはずだ。あるはず、だったのだ……。

 こんなとき、なんて言葉を出せばいいのだろうか? なんてことだ? そんな馬鹿な?

 しかし、癒津留がボソッと口から出した言葉は、「やっぱり……」だった。もしかしたら、心のどこかで、予感していたのかもしれない。しかし、そんな心の落ち着きとは裏腹に、汗は出続ける。ひとまず、携帯電話で今の時間を確認する。

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