第11章 ウィッチ・ハントはゲーム終了1時間半前から




■第十一章 坂下千智・夢原癒津留Side 

 野球の試合は2アウトから。ウィッチ・ハントはゲーム終了1時間半前から

 Dec. 25th (Tue)12月25日(火)

 美山市胡央村公立F高校2―A教室 PM4:08 ―00:21:29



 人を呪い殺す能力が果たして存在するか、と聞かれればもちろんそれにはNoと答える。しかし、それでもこのタイミングで、自分の願いが的確にヒットしてしまうと少しばかりの疑念が自分の心の中には生まれてしまう。


 藤堂夏目生徒会長及びウィッチ・ハント仮定魔女は、まだ2―A教室に姿を現してなかった。たがか8分と言えばそらもうたがか8分かもしれないが、ウィッチ・ハントの最終日、それも誘ったのは向こうだ。なぜ来ない? 行けたら行くとかそういう問題じゃない。互いの信用を賭けた約束のはずだ。命がけのバトル・ロワイヤルを行っている最中に約束を反故にするのが一体どういうことを意味するのか、それは藤堂生徒会長もわかっているはずだ。

 千智の顔を見ると、千智の顔もいくぶん焦りが滲んでた。

 もしかして、あの生徒会長にハメられたか? 千智はそんなことをも考えていた。

 いや、落ち着こう。信号待ちで遅れているだけかもしれない。あと2分、3分だけ待とう。それで来なかったら、藤堂のことを〝切る〟しかない。

 もし藤堂がこちらの敵に回ったとしたら、なんとしてでも癒津留を守らなくては……。






Same Day 同日

美山市胡央村公立F高校2―A教室 PM4:11 ―00:19:00


 携帯電話が震えた。2―A教室の空気が一瞬にして緊張味を帯びたものとなる。しかし、ふたつの携帯が一斉に震えたわけではなかった。震えた携帯は、癒津留のものだった。

 千智は自分の携帯電話が鳴っているわけではないとわかり、ほっとする。つまり、魔女が付近にいるわけではないとわかったからだ。しかし、そんな安穏とした気持ちは一瞬にして吹き飛ぶことになる。



 ――バイブレ―ダ―の音。今度は間違いなく、千智の携帯から発せられたものだ。そしてさらに問題なのは、〝千智の携帯のみ〟に魔女襲来警報が鳴り響いたということだ。

『周囲に、魔女がいます 半径10m以内』

 うん? と千智は首を傾げる。ちょっと待ったこれおかしいぞ。






 魔女襲来警報は半径200m以内に入った時から鳴るはずだ。なのになぜ、突然鳴ったと思ったら半径10m以内にいると表示されるんだ?





「え、な、なんでっ!?」

 突然甲高い声が教室に響き渡る。千智は反射的に立ち上がり、声の元、癒津留の方に駆け寄った。




「何があった、どうした?」

 癒津留の了解を得る前に、千智は癒津留の携帯電話の液晶を覗きこんだ。

『手石一真〝確定魔女〟が死亡しました。確定魔女の権限を夢原癒津留様に移譲します』

 さすがの千智もこの文章には驚かされた。なぜ、どうして?

 ルールテキストには、確定魔女が死んだ場合、権限は仮定魔女に映るんじゃなかったのか? 仮定魔女、つまり、藤堂夏目に、だ。それがなぜ、藤堂をスル―して仮定魔女でも何でもなかった癒津留にその確定魔女の権限が移譲されるのか? 何一つ答えらしい答えがまるで出てこなかった。






 ガラン! ガランガラン!

 お祭り騒ぎは次から次へと続く。突然、金属音が鳴り響いた。おそらく2階からだ。何か、大きな金属が床に叩きつけられ、そして転がっている……。そんな音が2階から聞こえてきた。つまり。




 ……誰かが、2階にいる。

 千智はひたすらに頭を回転させる。今、2階にいるのは誰だ? そもそも、この学校は密室状態にあったはずだ。この学校の用務員は学校に住んでいるわけではない。職員室にも、用務員室にも誰もいないことはすでに確認済みだ。つまり、2階に誰かがいるはずがないのだ。間違って忍び込んだ生徒もあり得ない。なぜなら、鍵を開けたのは自分自身だからだ――。




「コングラッシュレイションズ!」

 そして、場違いな老人の声が場を包み込む。今度はなんだよ、と思い声の発生源に目を向ける。黒板の前。そこには老人がいた。ダークスーツに白いワイシャツを着込み、顎には白い髭をこれでもかというほどに蓄えた老人がいた。眼鏡は丸縁、髪も白髪だった。



「ミセス・ユヅル。確定魔女就任、おめでとう。私はウィッチ・ハント運営本部長のウェルメ・リガーゼルと申す者だ。さ、ウィッチ・ハントも終了が近い。何か、御所望の魔法はお有りかな? なくてもひとつあってほしい。魔法を使える者を、魔女と呼ぶからね。魔法を使えない魔女は政治ができない政治家よりも醜い」




「えっ…………? えっと……」

 癒津留は見るからに慌てふためいていた。そりゃそうだろう。突然魔法をあげるよ☆なんて言われてもぶっちゃけ困るだけだ。癒津留はどどどど、どうしようと言いたげな顔で千智の方を向くが、千智はご自由にどうぞ、と肩をすくめる。どんな魔法を取得した方がいいかなんて千智にわかるはずもないし。



「えっと、えっと、じゃあ……炎を出す魔法? で」

 いかにもありがちなところに落ち着いてしまった。千智は笑いを堪える。

「結構。では、デメリットを説明しよう」

 深い声でウェルメが言った。



「右手を翳し、心の中で『炎よ、出でよ』と念じれば炎の玉を出すことができる。力、炎の形状も研鑽を積めばある程度操ることが可能になるだろう。しかし、その炎のパワ―が大きければ大きいほど、形状が複雑であれば複雑であるほど、体力の消耗が著しくなる。具体的にどうこう言うことは出来ないが、その点は気を付けるように。そんなデメリットがあるが、本当に炎を出す魔法でよろしいかな? ミス・ユヅル」

 癒津留は黙ってコクコク、と頷いた。正直なんでも良かったのだ。




「結構。では。残り1時半と少し。頑張ってくれたまえ」

 と言うと、ウェルメは手をパン、と軽く叩いた。すると、ウェルメは光の粒子となって、空気中に溶けて消えていった。




「私、2階に行ってくるよ!」

 ウェルメが消えるや否や、突然癒津留が声を出した。

「え、あ、あぁ……そういや2階から変な物音がしたな……」

 千智はできればここでお茶を濁したかった。もう、自分たちは動かない方がいいのではないか、と思ったのだ。自分たちは今、とてつもないところに来てしまったのではないかという思いが頭を掠めたのだ。

「もしかしたら、誰かいるかもしれない。でもそれは、ウィッチ・ハントの参加者じゃないかもしれないじゃない」

 いつになく活発な口調で、内容も結構活発だった。活発というか、過激派と言いますか。




「そりゃそうかもしれないけど……、でも、動かない方がいいだろう、もう、ここまできたら」

 革新タカ派の癒津留議員の改革案に対し、保守ハト派の千智議員は保守最高と叫ぶ。



「でも、あとゲーム終了まで1時間半もある。どっちが有利かって言ったら、こっちが有利なんだよ。先制攻撃ができるなら、攻撃をした方がいい」

 そんな、レッツ真珠湾攻撃みたいなことを言われても、正直困る。



「だったら、二人で行動しよう。その方が……」

「ダメだよ、そんなの」

 癒津留はばっさりと千智の案を拒断(きょだん)する。

「私がここで怖いと思うのは、相手が銃を持ってるという可能性。相手が銃を持ってたら多分、私一人でもなんとかなる。でも、二人で行ったら私、千智君を守れる自信は無いよ」

 かなり強引なロジックだった。しかし、力を持たない千智にそのロジックを否定することができない。じゃあ逃げればいいじゃないかという対案も否定されるだろう。逃げるところを背後から撃たれたらどうするという反論が待ち構えている。千智はそれをなんとなく想像することができた。




「……わかった。じゃあ、そうしよう……」

「千智君、異常があったら、電話するから。電話は、通話のためじゃない。私からの着信があったら、ここから逃げて。すぐに。できるだけ、隠れて。生きて。お願い」

 千智の表情はうんざり、というものだった。どう考えても合理的な方法ではない。しかし、もうどうしようもない。なるがままに、どうにでもなれ、なるがままに身を任せ。



 そして癒津留は千智に抱きしめる。千智はどうしていいかわからず、とりあえず腰に軽く腕を回す。それ以上は何もしなかった。癒津留は「んじゃ、行ってくるよ!」と手を振りながら扉を開き、教室から出て行った。教室には、千智だけが取り残された。

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