第7章 12月23日(日)
■第七章 12月23日(日)
ここ1、2ヶ月は妹がほとんど入院していたため、千智は一人暮らし状態だった。しかし、そこに同居人が、それもさらに女子が入るとなると何がどうなるのかはわからない。その女子は妹、とかそういうものではなく、まったく、本当の意味での女性なのだ。
とりあえずお茶を出した。なぜか千智の基本姿勢は正座になってしまう。
そして、なんとも言えぬティ―タイムの後、妹の部屋を案内した。ここで自由にしてくれ、と千智は癒津留に言った。癒津留は何か言いたそうであったが、「じゃ、これで」と言って癒津留の答えを聞かず、強引に扉を閉めた。そして自分の部屋に逃げ込み、扉を閉めて鍵を閉めた。ベッドに倒れこむ。仰向けに倒れ、天井を仰ぎ見る。薄暗い天井。何もない、無地の天井。いつも以上に疲れた。こら、これから先の人生他人と一緒に生活するのは無理だなぁ、と思った。
30分ほど休憩した後、千智は立ち上がり、妹の部屋の扉をノックした。そして中に入り、リビングには自由に行き来していいからね、ということと冷蔵庫の中にあるものは適当に漁ってもいいからね、ということと、もし判断に困ることをしようとしたら遠慮なく尋ねてほしいということを告げた。対して癒津留は「うん、ありがとう」と言った。そしてさらに、「お風呂に入りたい」と言った。
「あ、あぁ……」
1オクタ―ブ高くなってしまった声で千智は返事をした。
「どうぞ。えっと……着替えは……、妹のを使うといい。でも、その、なんだ。下着までは保証し兼ねるな……。サイズとかはちょっと、わからないから」
それに対し癒津留は「なんとかするから大丈夫だよ」と笑顔で言ってくれた。何をどうするのかはわからないが、まぁ、その辺は男にとっては治外法権だろう。なんとかやるって言ったんだから、なんとかしてくれるだろう。
リビングにあるソファ―に身体を埋め映っていないテレビの画面をじっと見つめる。指数関数ばりに疲労が溜まっている気がする。でもまぁ、これもしばらくの辛抱だ、とひたすら自分に言い聞かせる。なんかもう、今、何かモノを食べても味を感じる気がしない。
しばらくして癒津留はリビングに来た。この家の構成上、妹の部屋からはリビングを通ってからではないと風呂場に行けない。癒津留は着替えと、あらかじめ渡しておいたタオルを着替えの上に被せて持っている。
まだ風呂に入っていないはずなのにすでになんか湯上がっている顔をこちらに向け、一言。
「一緒に、入らない……?」
一緒にお風呂に入らんでも湯上がってしまうのをひたすらに抑えて千智が答えた。
「二人とも風呂に入ったら、もし緊急事態が起きたとき、対応できないだろ。ひとりずつ入ろう」
ノ―ベル冷静対応賞を受賞できるレベルの冷静さで対応できた。誰か褒めてほしい。
「ふふっ、冗談。じゃあ、入ってきます」
と言って、癒津留は風呂場に向かった。
つ、疲れた…………。頭に漬物石を乗せてスクワットをした後のような気分だった。
その後入れ替わりで千智が風呂に入った。癒津留が突然乱入してくるんじゃないか、と危険度マックスに考えていたがどうやら過剰な心配だったようだ。
その後、夕飯を作り(親子丼を作った)、各々自由な時間を過ごした。
癒津留は千智の妹、坂下光の部屋にこもり、携帯電話をいじっていた。
ここは本当に女の子の部屋なのか、と訝しんだ。何も無い。本しか無い。
携帯電話でYahooJapanのニュ―スサイトを回っていたら突然着信画面に変わった。着信は今日登録したばっかの名前、藤堂 夏目からだった。
「はい、もしもし」
「あぁ……えへ、えへへ……夢原さん、ですよね?」
「……はい、夢原ですけど」
電話の相手は間違いなく藤堂だ。しかし、何やら様子がおかしいように思えた。
「……ほ、本当は、お伝えしようか迷ったのですが……。我々は共闘を約束した仲ですからあなたに情報を伝えないのは協定違反かなと思いまして……ハァ、ハァ……」
息遣いが荒くなっているのが電話越しにもわかる。何か、藤堂の身にあったのだろうか?
「藤堂さん? 息荒いみたいですが……、大丈夫ですか?」
「あ、そ、そうでェすか……。いやいや、これは……失礼。ちょっと、アテが外れてしまったんですが、いえいえ、大丈夫です。ただ、それだけです。そんなことより……」
癒津留としては、その〝アテ〟が若干気になるところではあったがそこにはあまり触れないようにした。それよりも、藤堂がわざわざこちらに電話をしてきたということは、何か大事な用事があるということだ。ウィッチ・ハントが終わるまで残り2日。ここにきて、〝アテ〟が外れた、というのはもしかしたらまずいのではないか、とも思った。晴天かと思っていたらいつの間にか空が黒い雲に覆われそうになっていた、あんな気分を彷彿とさせる。
「で、どうしたんですか? 珍しいですね、会長が電話をかけるなんて」
実際には珍しいではなく、初めてなのだが、そんな細かいことはこの際どうでもいいだろう。
「あぁァ……うん、うん……。いやね、ちょっとね、気になることがあって、彼のことについて調べてたんだ……」
藤堂の声は時々掠れる。電話のスピ―カ―をもっと耳に寄せる。油断すると、何かを聞き逃してしまいそうだった。
彼のこと。彼? 彼というのはつまり、千智君のことだろうか?
「坂下君のことだ…………。彼のことを調べていたらね、ちょっと面白いことがわかったんだ……」
「えっと、すみません。そういえば前回聞きそびれたので今聞きますが、彼の言葉に嘘はなかったんですよね? 千智君はウィッチ・ハントに参加する気は無いというのと、千智君には人を殺してまで叶えたい願いなんてないっていうのは?」
ここが肝となる部分であり、すべての前提となるところだ。ここは確かめておきたい。
「……あァ……、その通りだ。それはたしかだ。彼には、ウィッチ・ハントに参加する気はまったくなかったというのと、人を殺してまで叶えたい願いがないというのは確かだったよ……。でも僕が言いたいのはですね、だからこそ、おかしくなる部分があったということなんですよ……」
その言葉を聞いて、癒津留は眉を潜める。自分の懸念していたことは払拭された。千智君は私に対して演技をしているのではないかという疑念は藤堂生徒会長の一言で晴れた。晴れたはずだ。しかし、そこに別の疑惑が持ちあがろうとしている。なんだ? だからこそ、おかしくなる部分……?
「それって、なんですか?」
聞きたいような、それともあんまり聞きたくないような。そんな心持ちで癒津留は藤堂に尋ねた。
「それは、ですね…………」
「…………」
ゴクリと唾を飲む癒津留。次に藤堂の口から発せられた言葉は……。
「ん……? 誰か来たみたいだな」
「えっ……?」
「あ、そうだ……。米頼んでたんだった。すみませんね、夢原さん。一旦切らせてもらいます。対応したらすぐにかけ直しますから、少しだけ待っててください」
正直な話、話してから対応してくれよと思ったが、相手は仮にも先輩であり、生徒会のトップだ。癒津留は黙って「わかりました、待ってます」とだけ言って、電話を切った。
結局、その日は何時まで待っても藤堂から電話はかかってこなかった。
癒津留はその後、千智が用意した夕食を一緒に食べ、一緒の部屋で寝た。もちろん、布団は別で、部屋も別で。特に何かあるわけでもなかった。そうして、夜は静かに更けていった……。
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