第5章(下) 坂下光の病室へ 坂下千智の身辺調査


さて、今度こそ引き上げ時だろう。彼女に向かって、

「じゃあ、そろそろ帰ります。連絡は必要最小限にさせてもらいますね。そちらの都合がよくなりましたら、いつでも呼んでください」

「えぇ、ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ。正直、初めてあなたを見た時はなんだこいつと思ったけど、なかなか面白かったわ。またあなたと会える日を、楽しみに待ってます」

 彼女は優雅にそう言ってのけた。直接観たことはないが、中世ヨ―ロッパの貴族のようだった。ような気がした。




 そして癒津留は光に一礼すると、病室を出た。

 そしたらそこには、見慣れない人物がいた。公立F高校、癒津留と同じ学校の制服を着てはいたが、知らない顔であった。

 銀縁の眼鏡に、切れ長の瞳。眉は細く、鼻は低い。顎は尖っている。そしてなにより、男だ。



「はじめまして、と言えばいいでしょうか。どうも、はじめまして夢原さん。藤堂夏目トウドウ ナツメと申します。あなたと同じ、公立F高校に通う3年生です。……とりあえず、あの高校の生徒会会長を務めております」

「生徒……会……?」

 もしかして下校中に病院に寄ったのがまずかったのか? いやいや、そんなまさか。




「いやいや、そんな怖い顔をしないでくださいよ。別に僕は、あなたを捕まえようとしてるわけではありません。うちの生徒会はそんな細かくはありませんよ。そうですね、生徒会の会長として自己紹介をしたのは失敗だったな。生徒会の会長、ではなく、

 ウィッチ・ハントの参加者で、現時点での〝魔女〟です、と紹介した方が良かったかな?」

 ――息が詰まった。

 少し遅れて、恐怖がやってくる。

 さらにもう少し遅れて、少々の遅延運航中の理性がようやく到着する。



 いや、そうだ、落ちつけ。大丈夫だ。こいつは私を殺すつもりではない。もし仮にこいつが殺すつもりでここに来たのであったなら、こうやって話かけたりなんかしない。いや、それよりも……、おかしなことがある。



「どうして……私がウィッチ・ハントの参加者であることがわかったんですか?」

 できるだけ威勢のいい声を出そうとしたが見事に失敗した。ところどころ震えている。



「あのウィッチ・ハント開幕のメールには書いてありませんでしたが、魔女になった者にはある特権があるのです。魔女は、ウィッチ・ハント参加者と、それ以外の人間を区別することができるという特権が、です」

「……………………!!」

 なんだそれは。こちら、人間側は魔女を識別する手段を持っていないのに、向こうは人間を見ればそれがウィッチ・ハント参加者か否かを識別できるのか。ひどい魔女贔屓っぷりだ。




「しかし、特権には弊害がつきもの。魔女側には縛りもあります」

「縛り…………?」

「えぇ、説明するのはとても簡単な縛りです。しかし、言うのは易し、行うのは難しの縛りで、人間を殺す際、それは周りに人間がいない状態でやらなければならないのです。周りにウィッチ・ハント参加者以外の人間がいないところで、ということです」



「そんな縛りが……?」

「もしその縛りを破れば、しばらく動けなくなります。気を失う、とも教えられました。いくらその場意外に魔女がいないとは言え、丸1日動けないのは痛いです。また、魔女であるときに第三者をいかなる手段においても殺すことは禁止されています。これを破った場合は即刻、デス・ペナルティが与えられるそうです。いやいや、怖い怖い」

「…………あなた、本当に魔女なんですよね?」

 思いついたように癒津留は藤堂に尋ねた。




「ん、ん? えぇ、そうですよ。それがどうかしたんですか?」

 藤堂の表情は呆気に取られた、という言葉を見事に体現していた。

「だったらおかしい、私の携帯に魔女襲来警報が……」

 ポケットから携帯電話を取り出し、ディスプレイを確認する。するとそこには真っ白な背景に黒い大きめの文字。『魔女襲来警報 近くに魔女がいます。半径10m以内です』と書かれていた。

「……魔女襲来警報、反応していませんでしたか?」

 心配そうな顔をして、こちらに尋ねてきた。おのれ、しまった。いきなりこちらの凡ミスがバレてしまった。そうだ、病院に来るから、マナ―モ―ドに切り替えて、魔女襲来警報も切ったんだった……。




「いえ、すみません、こちらの手落ちです……」

「どうやら、そのようですね。あなたはどうやら、坂下光さんに聞きたいことがあってここに来たようですが、私もあなたに聞きたいことがあってここにやってきました。そして、わざわざここ以外の場所で、ではなく、病院でこのように接触したのも理由があります」

「へぇ、一体どんな理由が?」

「実は……、こんなこと、ちょっと言いづらいのですが、敢えて言わせてもらいますと、あなたが携帯電話の魔女襲来警報のアラ―ムを切っているのは、実は知っていました」

「どういうこと…………?」

 眉を潜めて、癒津留は藤堂を見つめ返した。




「それが僕の、魔女として得た能力だからです。〝心理透視〟、とでも言えばいいんでしょうかね、この場合は」

 怪しげな能力を浮かべて藤堂は言った。




「心理透視…………? つまりは心が、覗けるということですか?」

「えぇ、そう考えてもらって、差し支えありません。その通りです。ただ、ひとつ注釈を加えますならば、その人が考えていることがすべてわかる、というわけではありません。ただ、質問に対しての答えが嘘かどうかがわかる、ということですかね。ただ、嘘かどうかだけがわかるのではなく、関連した答えまでわかるようです」

「話があっちこっちにいっててよくわからないんですけど、つまりはどういうことですか?」

「こちらの説明が下手で大変申し訳ありません。具体例をひとつ出しましょう。1~1万までの数字の内で適当な数字をひとつ思い浮かべてもらってよろしいですか」

「えっと…………」

 突然なんの手品が始まるんだと訝しく思いながらも、とりあえず数字の「8347」を思い浮かべた。特に意味はない。なんとなく頭に思い浮かんだ数字をそのまま当たりの数字にした。そして、「思い浮かべました、どうぞ」と言った。




「結構。では…………、ズバリ、その数字は、『2391』ですね」

 ドヤ顔で言われた。効果音は『ドヤァ……』だった。



「違います」淡々と答えた。

「結構。『2391』という数字が『違う』ことは事実。これはわかりました。そして、同時に正解の数字が」藤堂は瞳を少しの間閉じ、そして、開いて。

「『8347』である、ということも、わかりました。これが、僕の能力です」



「えっと…………、あれ……?」

 最初に言っていた数字は違っていたはずなのに、いきなり正解に切り込まれた。油断したらいきなり鳩尾に拳を食らったような気分になる。




「最初に言った『2391』というのはまったくのデタラメです。数字当てクイズの話題に入るためのクッションのようなものでした。数字当てクイズについて、もっと言えば、数字についての会話をすれば正解の数字、『8347』を引きだすことができたでしょう。そして、実際に正解を引きだすことができた。どうですか? これが僕の、魔女としての能力です」

 言い終えると藤堂は癒津留に対し、「質問などはありますか?」というような目で見るので、癒津留は少し考えて、言った。




「その魔法のデメリットってなんですか? 対価みたいなもの……があるんですよね?」

「えぇ、あります。とても疲れやすくなります」

「はい?」更年期に入った老人の診断結果か何かか?




「体力がとても落ちます。いつも、ではありません。4時間に一度、猛烈な眩暈に襲われたりします。それだけですね」

「それだけ……ですか?」

 もっとえげつないデメリットが課されてると思っていた癒津留は呆気にとられてしまう。




「まぁ、実際にこの能力では人を殺せませんからね。ちなみに、こういった、目に見えない能力を〝深層能力〟と言うらしいです。逆に、炎の玉を手から出したり、手からビ―ムを出したりするような魔法を〝表層魔法〟と言うらしいです。〝表層魔法〟は〝深層魔法〟に比べて、背負うデメリットが多くなるらしいです」

 なるほど、と納得しながらも、早速次の質問に移った。




「……で、なぜ私のところに現れたんですか? そして、なぜそんな魔女しか知らないことを私に教えてくれるんですか?」

 親切すぎる人にも何かしら裏がある。癒津留が得た数少ない人生の教訓のひとつだ。何か裏があるに違いない。それを、心の中で確信していた。




「質問を質問で返すことはマナ―違反。そんなマナ―違反を承知で、ひとつこちらから先に質問をさせていただきたい」

 茶化す様子はまったくなく、その目で真剣だった。その真剣さに圧されて、何も考えずただ反射的に「……どうぞ」と言ってしまう。

「あなたには、願いがありますか? ……人を殺してでも、叶えたい願いが」

「…………」

 その質問は、奇しくも最近、私が千智君に問うたものだった。ここで少しだけ嘘をついてやろうか、とも思ったがここで嘘をつく意味はない。この男には私が嘘をついてもその嘘を看過してしまうだろう。もしかしたら、ここで真実を言っても、その真実の先にある本丸をこの男は理解してしまうかもしれない。




「……ありません。人を殺してでも叶えたい願いなんて、ありません」

「良かったです。その言葉に嘘はないようだ。というかもう、叶えている最中、だったわけですか」

「ちょっ…………!」

 湯沸かし沸騰器よろしく、顔が紅潮してしまう。出荷直前の林檎の如く。やっぱりだ。関連した事柄については、一瞬にして読まれてしまう。

「いや、これは失礼。大丈夫、私は誰にも言いません。ところで、その件の坂下千智君もウィッチ・ハントの参加者ですか?」




「えっ……? えっと……」

 突然の話題の方向転換に言葉を詰まらせてしまう。

「えっと、すみません。その顔を見てしまえば、もし仮に僕が能力者で無かったとしても、参加しているのか否なのか、検討はついてしまいますよ。で、こんなタイミングで申し訳ないのですが、ここで先ほどのあなたの質問に答えさせていただきます。『なぜあなたのところへ現れたのか、なぜあなたに魔女にしか知りえないことを教えているのか』。申し訳ないのですが、僕には願いがあります。それを言うのは避けたいのですが、できれば叶えたい願いなんです。でも、人は殺したくありません。ですから直接会って、あなたと紳士協定を結びたいと思ったんです。実際に僕は、会って少しでも話をすることができれば、物事の真贋を見分けることができますからね。そしてあなたには、人を殺してまで叶えたい願いがないことをたしかめることができた。それだけで充分です」




「はぁ……」

 わかるような、わからないような。

「これはまぁ、口約束なのであなたのプレッシャ―を取りはらうことはできないかもしれませんが、私はあなたを殺しはしません。あなたが、ウィッチ・ハントで魔女になる意志はないことを確認しましたので、私があなたを殺す理由はなくなったから、です。で、ことのついでにもうひとつ尋ねたいのですが、坂下千智君は、今回のこのゲームについてどう考えているのでしょうか? 人を殺してでも勝ち残りたいと考えているのか、願い事なんてどうでもいいからとりあえず生き残りたいと考えているのか……」

「……私も、同じことを聞いたことがあります。そのときに彼は、私と同じ考えであると言いました。つまり、『殺し合いに関与する意志はなく、生き残りにすべてをかけたい』とのことです。……あくまでも、私が聞いた限りでは、ですが」

 最後は自分のことに自信がなくなってしまい、萎んでしまった。




「……なるほど、わかりました。彼の言っていることが本当かどうか、自信がなくなってしまったんですね。しかし、彼が本心ではどうあれ、『そう言った』ということはわかりました。結構。では、それが本当であるかどかは、私が確認しましょう。明日、土曜日ではありますが学校はありますので」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「ん……?」

 藤堂は驚いたように目を向ける。




「えっと、もしよろしければ、なんですが……。その千智君への聞きこみ、私も一緒に居て、いいですか?」

 対する藤堂は笑顔で、

「えぇ、もちろん構いません。むしろ、同伴してもらった方がいいでしょう。僕は魔女ですから、もし不用意に彼の傍に近寄ってしまったら、彼が持っている携帯の魔女センサ―が反応してしまうでしょうからね。もしそうなったら、あなたの方から軽く説明をしてやってください。会う場所は……そうですね、昼休みに学校の屋上で、どうでしょう。朝でもいいですが、朝は何かと忙しいでしょうから」

 と言った。癒津留も少し考えてから、




「わかりました。こちらもそれで構いません」と答えた。

「結構。では、互いに頑張りましょう。お先に私が失礼します。一緒に帰らない方が良いでしょうからね、お互いの精神衛生上。では、幸運をお祈りします」

 と言うと、藤堂はくるりと踵を返し、エレベ―タ―へと向かった。

 エレベ―タ―の扉が開き、藤堂が中に入り、再びエレベ―タ―の扉が閉まるまで、癒津留の足は動かなかった。


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