第3章 夢原癒津留、登場

■第3章 坂下千智Side ―夢原癒津留、登場 Same Day 同日

  美山市胡央村公立F高校屋上     PM12:47 ―123:42:19



「そのメール、何?」

 自分に向けて、淡白な一言が放たれたのが聞こえた。

 携帯の液晶から目を放し、横に目を向けると、声と同じぐらい険しい表情をした夢原ゆめはら 癒津留ゆづるがいた。目はまったく笑っていない。その瞳は、重要参考人の取り調べをしている刑事のソレのようになっていた。

 千智は慌ててメールの画面を消し、待ち受けの画面にした。

「い、いや、なんでもないよ。なんかさ、悪戯メールが届いちゃったみたいでさ」

 凝りに凝りすぎた悪趣味のメールだったけど、とまでは言わなかった。




「……怒らないの?」

「は、はい?」

 話の流れが読めず、間抜けな返事をしてしまう。不思議なサイドチェンジを見せられた気分だ。普段無口で完全人畜無害で通っている癒津留に詰問されるというこの状況にどう対応すればいいのかわからなかった。

「千智は…………以前、私に携帯を見られたとき、とても、とても怒った。でも今、千智は怒らなかった。矛盾している。……とても、とても、矛盾している。なぜ……?」

「え、えぇと……」

 突然なんで、と言われましても。「今日の夕飯何がいい?」「なんでもいいよ」みたいなやり取りをしているようだ。




 突然のクエスチョンに千智は眉をひそめてしまう。

 記憶を探ってみる。メールを勝手に見られたら怒った。あぁ、そういえば怒ったことがあった、かもしれない。そんな記憶も無いことはなかった。しかし、それは遠い過去のようにも思えた。そもそも、3日前の夕飯のメニュ―をすぐに思い出せない自分に、昔メールを見られて激怒した理由を話せと言ってもそれは無茶な話だ。おそらく、激怒したとき、自分はエロサイトのオレオレ詐欺メールでも見ていたのだろう。それだったら怒ってしまうかもしれない。うん、多分そうに違いない。そんなところをもし仮に見られたら、やり場のない虚しい怒りで心も身体も満たされてしまうだろうさ。




「まぁ、今回は、見られても問題ないメールだったから、かな?」

 率直に返事をした。それでも癒津留の顔は曇ったままだった。どうやら自分の率直な想いを乗せた一言は癒津留の心に届かなかったらしい。というかそもそもこいつの性格上、表面に感情が現れないのでしょうがないっちゃしょうがないが。結局、返ってきたのは素っ気ない返事だった。

「…………そう。変わったね、千智は。最近、なにか、あったの?」

「う―ん……、えっと、どうでしょうかね……」

 いきなり変わったね、とか指摘されても何とも言えない。どう答えるのが正解なのか、少なくとも坂下千智が通っていた小学校、中学校では教えてくれなかった。 これが現代のゆとり教育による弊害か。おのれ円周率だいたい3世代め。





「…………もう、いい。変なこと聞いて、ごめん」

 硬い表情が崩れて、笑顔になった。しかし、千智にはその表情が何かとてつもなく恐ろしいもののように思えた。普段、こいつは笑顔なんて一度も見せない。だからこの表情は、何かとてつもないことの前触れなのではないかと、そう勘繰ってしまう。

「授業、そろそろ始まる。……先、行ってるから」

 と言うと、癒津留はさっさと行ってしまった。ポツン、と千智だけが学校の屋上へと残された。そろそろ授業が始まるよ、ということは、すぐにでも教室に向かった方がいわけではあるが、ここで間を置かずに教室に向かおうものなら癒津留に追いついてしまうかもしれない。それがなんとなく嫌で、結局千智はここに意味もなく3分間居続けることになった。言いたいことを言いたいだけ言われたあとの、なんて寂しいことか。




 午後の授業は、数学と歴史の授業だった。眠くなる二大巨頭の授業ではあったが、それなりの態度で授業を受けることができた、と思う。少なくとも、授業中に寝るという暴挙は起こしていないので、及第点はもらえるはずだ。



 そして、授業が終わり、荷物をまとめて帰ろうとしていた矢先。

「……今日、一緒に、帰らない?」と、癒津留からお誘いを受けた。遥か昔の、楔形文字的な音声だった。別に断る理由もなかったので、ふたつ返事で了承した。異性から一緒に放課後ランデブ―のお誘い。体温が若干上昇したのはしょうがないことと言えよう。と言っても、相手は小学校時代からの知り合いなわけだが。




 そんな理由ワケで、今千智は昇降口でひとり癒津留を待っている。

 空を眺める。他にすることがなかったからだ。千智から見える空のほとんどが青空だったが、ひとかたまりだけ雲があった。かなり分厚そうな雲だった。雲の上に何かあるのではないか、そう予感させられた。雲の中に何か国が、いや、もしかしたらラピュタ的な何かがあるのではないか……、そんなくだらないことをなんとなく考えていた。いや、もしかしたらブリオニアかもしれない。ポポロクロイス物語に出てくるアレだ。くだらない内容ではあるが、暇潰しにはもってこいだ。脳のことなんて自分にはよくわからないが、脳にもなんとなく良さそうだし。



 しばらくすると、癒津留がやって来た。なんとなく動きが固いように見えるがおそらく気のせいだろう。

「よっ、どうした、遅かったね」

 つとめて明るく声をかける。声をかけられた方の癒津留は驚いたように身体をビクつかせて、「あ……、遅くなってごめん……」か細い音量の返事をした。

「いやいや、別に怒ってないよ。俺も今来たところだから」と再度明るく返事をした。

 もしかしたら、俺が怒ってると思ったのだろうか?

 そう思った。まぁ、実際こちらは怒っていないし、怒る理由もない。

 しかし、相手は、癒津留はなぜか、こちらが怒ったのではないかと考えているように思える。この微妙な齟齬の理由は一体なんだろう。千智は不思議に思った。




 雨は降っておらず、また降りそうな気配も微塵もない。そしてオマケに日射しは柔らかい。絶好の下校日和と言えた。そんな下校日和の青空の下、僕と癒津留は共に歩いている。「いい天気だね」とか、「最近の総理大臣は本当に頼りないね」とか、「最近の総理大臣は何で突然ドジョウとか言い出すんだろうね、新しいギャグなのかな」とか、そう言った世間話すら飛び出さない。非常に殺伐とした下校タイムだった。

 果たしてこういう時は、男の側から率先して会話をリ―ドすべきなのだろうか。目に見える遠くの山をぼんやり見つめながらそんなことを考えた。

「…………千智」

 そんなことを自分が考えていたことを知ってか知らずか、癒津留から声をかけてきてくれた。よしこい、バッチコイだ。天気の話題でも経済の話題でも最近のプロ野球人気のことでもなんでもだ。最近の柔軟剤より柔軟なことに定評のある自分の話術を見せてくれようさ。

「ウィッチ・ハントって、なんだろうね……」

 …………?




 表情が固まる。固まってしまう。まさかの突然のびっくら一言だ。

「そ、そそ、そうだなぁ……。新しいバンド? かな」

 思わず、わけのわからない返答をしてしまう。なんだよ新しいバンドって。

「そう……つまり、千智の携帯に届いたのは、新しいバンドの招待券ってこと?」

「……………………」

 おのれこの小娘。俺の携帯のメールが気になるならはじめからそう言えって話だ。





「さっきのメールのことが聞きたいなら、はじめからそう言ってくれよ……」

 情けない声を出しながら千智はそう返答した。

「私なりに、空気を読んだつもり。不快に思ったなら、謝る」

「なんだよそれ。まぁ、いいや。隠すものでもないし。ほら、これだよ、これ」

 と言って、先ほど届いた悪戯メール、「魔女狩り戦争への招待状」の本文を見せた。あの哲学チックな電波文が書かれている方だ。




 癒津留は「ありがとう」と言うと、目をそれこそまさに皿のように見開きながら携帯の液晶画面を食い入った。

 そのあまりにも必死すぎる光景に千智は言葉を失いかけたがすぐさま頭を切り替え、温かく癒津留のことを見守ることにした。

「なんつ―かさ、かなり時代遅れって感じがするよなぁ。今どきの迷惑メールって大体そんなもんなのかねぇ」

 少し緊張味を帯び始めたこの場の空気を和ませようと千智は茶々を入れた。千智としてはちょっとしたギャグのつもりだった。ギャグ、ではないが、ギャグの延長線のようなものだと。しかし、返ってきた返事はギャグではなかった。いわゆるマジレスというやつだった。

「これ…………本物だよ、千智」

「はい…………?」

 色々と突っ込みたいところがあった。とりあえず、何が、何をして〝本物〟なのか? なんでも鑑定団に出品した胡散臭い骨董品なのか? そもそも、偽物とはなんなのか? 次々と湧きでる好奇心は抑えきれないが敢えてこの場は目を瞑る。人間、時々こういったことがあるのだ。明らかにカツラを被って堂々としているワイドショ―の司会者が謝罪をするときに、「正々堂々その帽子を取って謝罪をせんかい!」とどんなに言いたくても我慢しなければならなければいけないときがあるのだ。司会者のO倉さんだって生きてるんだ友達なんだ。そもそも、一番突っ込みたいのはテレビの前の視聴者我々でなく、横にいる女性アナウンサ―だろうし。あぁ素晴らしき日本のことなかれ主義。しかし、それでも前に進まなくてもならない。





「えっと、聞きたいことは色々あるんだけど、何が本物……なんだ?」

「だから、このメール。ウィッチ・ハント? このメールに書いてある魔女狩り戦争っていうのは、存在するし、それが今、行われている。多分」

 癒津留がそれを言い終えた後、微妙な空気が二人の間に流れたのは間違いなかった。癒津留は言うべきことを言い終えた充足感に満ち足りた顔をしていたし、千智の顔は何言ってんだこいつアホなのかという顔を満面に表現した。例えるとアレだ、明らかにわざと倒れこんだのに、近くにいた自分がファ―ルを取られてしまい挙句の果てにイエロ―カ―ドまでもらってしまう事態に発展してしまった、みたいな心境だ。しかもなんだ、多分って。自信がないのか。




「信じてないでしょ」

 ジト目で見られた。軽蔑を満面に籠めたそれだった。

「あのな、こういう話をほいほい信じるって人としてどうなんだ。怪しげな壺売りつけられるのとあまり違わんな。そもそも、お前自体、あまり自信がないみたいじゃないか」

「…………私は、壺なんて売ったこと、ない」おそらく癒津留の精一杯の抗議のつもりだろう。

「何も売らなきゃ善良な一般市民のフリができると思ったら大間違いだ。中には宗教の雑誌を子供連れで配る宗教団体もあるんだ」

 まぁさすがにそれとこれとは話が別であることはわかっているが、あくまでそれは例だ。




「まぁ、いいや。どこの馬の骨か知らん奴が言われたのならともかく、癒津留に言われたんだ。少しは信じてみるよ。で? それを俺に教えてどうするんだ? 俺とお前はいわゆる敵同士ってことになるじゃないか。ここで殺し合いでもするのか?」

 再び、茶化すように癒津留に言った。癒津留は真顔で、

「…………、千智。千智には、命に代えてでも、人を何人殺してでも叶えたい願いって、ある?」

 背筋が段階的に冷えていくような、そんな間があった。命に代えてでも、人を何人殺してでも叶えたい願い。その癒津留の真顔に押されて、真面目に考えこんでしまう。ここは真面目に答えなければ場面だ、となぜかそう思った。





「…………別に、ないな」

 真剣に考えた後の回答だった。嘘はない。心の底からでた回答だった。

「じゃあ、このウィッチ・ハントってゲームで勝ち残る必要もないわけだよね?」

 目には〝真剣〟という名の光が宿っている。どうやら夢原はこれを、大真面目も大真面目に聞いているようだ、と千智は感じ取った。どこからどうしてシリアスなム―ドになってしまったのか、それがさっぱりわからない。しかし、残念ながら千智も日本人だった。日本人は日本人なりに、黙ってその場で形成される空気に従って行動する。




「まぁ、ないな。人を殺してまで手に入れる願いなんてものは……ない」

 語尾が若干ボケてしまったのは、その回答に自信が無かったからではなく、癒津留の瞳が視界に入ってしまったからだった。凍てつく視線、シャ―プな眼光、今、自分は観察されていることに気付いた。人間の最大視野200度をいかんなく発揮し、いつもの夢原を考えるとあり得ない表情を掠め見る。

「じゃあ、私と手を組まない?」

 癒津留は真顔を添えてそう言った。

「手を組む?」

 腕を組む、じゃなくて? 放課後下校中なだけに。





「そう。私と、一緒に戦う。どう?」

 戦う? 不敵な用語に嫌な予感が背筋を伝う。聞く人が聞けば青筋立てて怒ってしまいそうだ。戦争反対を人生の目標にしている人とか、そういう左の翼の筋の人から。

「よくわからないので、もう少し具体的な説明を求めてもよろしいですかね?」

 わざと不機嫌そうな声を出して癒津留に尋ねた。

「戦うって言っても、剣とか魔法とかでドンドンパチパチするわけじゃない」

「まぁ、そりゃあね。さすがにわかるけど」

 まるでこちらの心の内を読んでいるかのような的確な突っ込みに内心たじろぎながらもなんとか反撃をする。

「守るの。主に、自分の命を」

「………………」

 前を見てもあるのは山か田んぼか、誰が住んでるんだこの建物っていつも思うボロイ2階建の木造建築しかない。前を見てもあるものはいつもと変わらない風景。それでも、やはり前を向くしかない。今までの一連の流れでもずっと思っていた。しかし、やはり、改めてもう一度思う。

 どう反応すればいいのか、まるでわからない…………。






「で、どう守ると?」

 半ばヤケクソ気味になりつつあった。鼻で笑い飛ばしてやりたかったが、いざそうしてしまうと後が怖い。まだ自分には1年とちょっとほど高校生活が残っているんだ。

「…………? 何を?」

「…………自分たちの命を、で、す、よ」

「問題は、そこ」

「は?」

 話の終着点が見当たらない。どうやら深い霧に覆われてしまったようだ。




「とても言い難いことだけれども、手を組んだから実際に何々ができるかどうかというのは、今の私にはわからない」

 と言って癒津留は話オーバーっさりと止めてしまった。千智はその先に何かしらの続きのようなものがあると期待してしばらく黙っていたが、その先には何もなかった。



「でも、しかし、実際にこうして参加者同士で繋がることができるって有利だと思う。情報を、共有できる」

 なんとか良いところを見つけようと躍起になっているのが手に取るようにわかる。必死さが垣間見えた。



「まぁ、それは一理あるな」

「…………理解してくれて、助かる」

 そうこうしている内に美山大橋にさしかかる。全長1.6kmもあるちょっとした橋だ。今となってはもう慣れてしまったものだが、1年生の頃はこの橋にさしかかろうとする度に気分がげんなりしたものだった。片道ならまだギリギリ嫌いにはならなかったかもしれないが、さすがに往復でのこの1.6kmマ―チは頂けない。しかし、残念ながら美山市の胡央村にはこの橋を渡らなければ入ることができない。そして、公立F高校は胡央村に存在する。ということはつまり、まぁいちいち言わなくてもわかることではあるが、この橋を渡らなければ学校に通えない、ということだ。せめてバスを通せばいいのに。需要はバッチリあると思うのだが、どうやら自分が考えるほど商売上手はこの辺にはいないらしい。その部分をあの美山ショッピング・センターがなんとかしてくれないものか。ん……、胡央村……?




「あれ、ちょっと待った夢原」

 美山大橋の半分を越したであろう辺りで千智は声をかけた。

「……なに、千智」

「お前の家って……胡央村じゃなかったっけ? こっち方面じゃないだろ?」

 ここに来るまでさっぱり忘れていた。今、癒津留が行っていることは、いわゆる逆走というやつだ。何をやってるんだこいつ? 新手のダイエットか。

「…………特に、深い意味はない。美山ショッピング・センターに用がある。それだけ」

「ふ―ん…………」

 まぁ、胡央村にはス―パ―がないので、物が欲しいときは美山ショッピング・センターに行かざるを得ない。地方なんてそんなもんだ。



 橋を下りる。1.6kmマ―チを終えれば、後はもうひと頑張りすれば家に着く。いつもは一人で孤独に帰ってはいるが、今日は違う。今の気持ちを簡単に言い表すならば、そう、変な感じだった。

「じゃ、そろそろお別れになるわけだし、まとめに入りますか。ウィッチ・ハント――」

 ウィッチ・ハント、の後に、何を言おうとしていたのか、忘れてしまった。

 



――――――ピピピピピピピッ!




 どこからともなく尋常ではないほどの電子音が鳴り響いたからだ。

 ひと昔前のポケベル(実際に聞いたことはほとんど無いに等しいが)の音を彷彿とさせるようなそれだ。少し遅れて、それが自分の胸から聞こえていることがわかる。

 まさか、僕の携帯からか?

 と考えるがこんな音にはまるで心当たりがない。どうしてこんな音がなるのか? メールの着信音でも、電話の着信音でもない。もしや携帯会社からの新サ―ビスのお知らせか?



「失礼するよ」と癒津留に断りを入れて、懐から携帯電話を取りだす。

 そこには、ひと昔前のポケベルの電子音よりも珍しいことが書かれていた……。

『周囲に、魔女がいます 半径200m以内』

 なんだこれ……、なんだこれ!?

 千智の心は東北三大祭り並の様相を呈していた。いきなりなんだこれは。なんだ、箒に跨って空をぶ―いぶいしているってのか!? そういえばアフリカのスワジランドでは箒に乗った魔女は高度150メートルを超えて飛んではいけない。違反した場合は罰金550万が科せられる、と一時期どこかで話題になったことを思い出した。




「走ろう! 千智!」

 と威勢の良い声で言ったのは夢原、いや、癒津留だ。ユメハラよりユヅルの方が一文字少ないから言いやすい。承諾は後でとることにする。

「な、なんだよ、これ、どういうこと?」

 走りながら癒津留に聞く。橋を降り、交差点を渡る。信号は青。なんて空気の読める素晴らしい信号なんだろう。というか例え赤であったとしても無視するだろう。この交差点、車が通るところなんかあまり見たことがない。近所のファミリーマートに自分の好きなスーパーカップの味が置いてあるぐらいの頻度でしか見ない。




「私にだってわからない! でも、周囲にいるって書いてあるならそういうことなんじゃない!?」

 走りながら怒鳴るような声で言ってくれたので風にかき消されること無く千智の耳に届く。でも、携帯電話に書かれているからそうだろうって? お前みたいな奴がいるから民主党が政権をおっちまうんだぞ、そこら辺わかっているのか。これからの日本の政治を憂いつつも、今心配すべきことは自分の命とついでに肺と足の筋肉だ。命のこれからはわからないが、とりあえず明日は筋肉痛になるんだろうなと思うとげんなりする。でも突然こんなに全力疾走に走ることになろうとは。明日は走らないんだろうな、僕の足は中継ぎピッチャ―じゃないんだから、連投はノ―サンキュ―だ。そこら辺はメジャ―方式で頼む。まだ若手なんで。

 しばらく走った後、『周囲に、魔女がいます 半径200m以内』という表示は消えた。




「なんだったんだよ、これ……」

 はぁ、はぁ、と息切れしながら千智はそう言った。

「わからない……。でも、注意して。また明日、学校で。これから少しばかりの間だけど、よろしく」

 そう言うと癒津留はどこにそんな体力を蓄積しているのが知らないがこちら側を手を振りながらさらに走りだした。

 そして千智も、いつの間にか息切れが止まっているのに気付いた。

 思ったよりも、疲れていなかったのだ。


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