第11章王の悪行

アレックスはとりあえずガルド隊長に王のことを報告するために城に戻ることにした。しかし、双子の妹と分かったアイリスとその連れのパニーラをこのまま放って自分だけ旅をするのは、どうだろうかと思った。女と子供だけの二人だけの旅など、普通なら危険で止めるものだ。それか自分が護衛について行くべきかと彼は悩んだ。それに対してアイリスは笑って応えた。

「大丈夫よ。今まで平気だったんだから」

「しかし人買いに襲われたりしたんだろ」

アレックスは心配そうに二人を見やった。

「あれは私も油断したわ。油断さえしなければ大丈夫」

アイリスも一瞬苦い思いをかみしめながらも、ちらりとパニーラを見た。

「そうは言っても女子供二人だけなんて、無茶だ」

「でも私、剣の腕は確かよ。村では男の人の誰にも負けなかったわ」

彼女は自信満々そう言い切った。

「そんなに言うなら、僕を打ち負かしてごらんよ。そしたら二人だけでも行かせてあげるよ」

その提案にアイリスはぎょっとした。

「本気で言ってるの」

「当たり前だろ。僕は本気さ」

アレックスはアイリスに旅を断念させようと迫った。何しろ唯一血のつながった妹なのだ。危険な目に合わせるわけにはいかない。アイリスはしばらく考えていたが、こう答えた。

「分かったわ。それではここで試合をしましょう」

アレックスは頷くと、アイリスと真向かいに向き合った。二人は鞘から自分の剣を抜くと、真剣なまなざしで見つめ合った。

ここで負けるわけにはいかない! 

二人が同時にそう思った瞬間二人の足は素早く動き、相手の剣に向かって思い切り叩きつけていた。

「カン、ガキッ、カン、ガキッ」

二人の剣が右へ左へと揺れ動き、その度に双方の剣が鳴り響いた。

突く、引く、叩く。

アイリスは必死に抵抗する。剣がぶつかる度にアレックスの力が増していく。アイリスの腕はしびれて悲鳴をあげていく。それでも彼女は踏ん張った。アレックスはアイリスのファイトに正直びっくりしていた。女の子が自分の剣をしっかり受け止められるなど想像もしていなかったのだ。予想だにしない勢いで彼女は剣を押し返してきた。力でねじふせられると思っていたアレックスは猛打を浴びていく。

しかし彼も的確に切り返していく。

「ガキッ、ガキッ」

二つの剣が打ち鳴らされていく。

負けるものかとアレックスの闘志も本物になり始めると、彼の素早さが速まった。右手から強烈な突きを放ったが、アイリスはひょいとそれをよけた。アレックスは前につんのめりそうになったが、こらえた。そして瞬時に剣を翻し、アイリスの頭に振りかざした。

「やあーっ」

「カンッ」

アイリスはアレックスの力に負けないように思い切り剣をはね返した。思わずアレックスは剣を持っていかれそうになったが、耐えた。応じているアイリスもさすがに息が切れてきた。その点スタミナ面ではアレックスの方が上を勝っていた。


なのでアレックスは容赦なく連打をアイリスに浴びせた。気がつけばアイリスの頬の脇をすっと剣が横切っていく機会が多くなった。試合とはいえ、剣にふれれば、血が吹き出るのだ。一瞬脳裏に盗賊に斬られた場面が鮮明に呼び覚まされ、アイリスの背筋は寒くなるのを覚えた。その時彼女は生きなければならない、勝たなければならないという思いが自然と湧き出て、彼女の中から信じられないほどの力が噴き出し、目にもとまらぬ速さで、アレックスの剣を叩き、くるりと向きを変えると、彼ののど元に剣を突き立てていた。


意表をつかれたアレックスはごくりとのどを鳴らすと、一言こう言った。

「ま、負けました」

彼は女の子に負けたというよりも、一人の剣士に負けたという思いが強かった。強い。彼女は本当に強い。アレックスは剣を鞘に収めながら、妹を見る目というより、剣士を見る目で彼女に視線を投げやった。そして彼はこんなことをアイリスに言った。

「アイリス、君も騎士養成所に来ないか。せっかくこんなに剣が強いなら、剣の仕事に就いた方がいいんじゃないか」

アイリスは息を切らせながら、アレックスの突然の申し出にびっくりした表情を浮かべながらこう呟いた。

「私の剣はただ自分が生きたいだけの、旅をするためだけの剣だから、騎士だなんて、とんでもない。それこそ女子供の出る幕じゃないでしょ」

思わずアレックスは苦笑を浮かべたが、彼女にこう言った。

「じゃあ、とりあえず僕と一緒に城まで来てくれないかなあ」

「私が城に?」

「こんなに剣が強いんだったら、僕に力を貸してくれないか」

「私の剣が力になるかしら」

「もちろん、なるさ。正直城では何が起きてるか分からないんだ。僕の上司だって王様に何を言われているか分からないんだ。僕も危険な目に合うかもしれない。でもアイリスがいれば心強いよ」

「そうかしら」

「間違いなくそうだよ」

アレックスは確信を得たように頷いた。

一方アイリスは用心深く考え込んでいた。自分はいいにしても、パニーラを、聖女ジェラルダインを城に連れて行っていいものかどうか、悩んだ。それは自ら敵地に行くようなものなのだ。しかし城に行けば、王が聖女ジェラルダインを捕えようとしている本当の理由を知ることができるかもしれない。そこまで考えた時、パニーラがアイリスのズボンの裾を引っ張った。

「パニーラも城に行く」

無邪気な瞳の奥にもう一人の女性がいることを、アイリスは感じとった。彼女は思った。聖女ジェラルダインがそう言うなら、行った方がいいのかもしれない。私の剣が薬草探しの為だけでなく、他でも役に立つというなら行くべきかもしれない。そして何よりも会ったばかりの兄の役に立てるならば、それはいいことかもしれない。アイリスはそんなことを考え、決断を決めた。

「分かったわ、私も城に行くわ。でも薬草探しの手を止めるつもりはないからね」

「もちろん、分かってるさ。君の友人が困っているんだろ」

アレックスは邪魔などするものかと言わんばかりに深く頷いた。

「そう。ルイザの病気を治す薬草が必要だわ」

「それなら、早く出発しようか」

「そうね」

 こうして三人は一緒に旅をすることになった。山を降りると三人は大きな町に寄って旅の準備をした。そしてその町の中ですら、王の良くない噂が充満していた。

アレックスが王の情報収集のために一つの酒場の中に入ると、一人の男が寄って来た。

「旦那、例のものがたんまり入ってきましたぜ」

「いったいなんのことだ」

「とぼけてもらっちゃ困る。旦那はラングード国の騎士だろ。ってことは王様からの使者ってことだ」

アレックスは、どうしたものかと思ったがとっさに機転をきかしてこう答えた。

「よし、分かった。それでは品を見せてもらおう」

さももっともらしくいうアレックスを見て、男は下卑た笑いを浮かべた。

「それならこっちだ」

そう言うと、痩せた髭面の男はアレックスを外へと連れ出した。町中の通りを過ぎ、男は山へ向かって歩き出した。いったいどこへ行くのだろうかと、アレックスは不思議がったが、しばらく歩くうちにこんもりと茂った藪にぶつかり道がなくなった。こんな行き止まりに何があるのだろうと思っていると、男は高い口笛を吹いた。すると藪だと思っていた茂みがガサガサッと動き、ぽっかりと人一人分が入れそうな穴が山肌に空いていた。中から男が出てきて、二人を招いた。

入ってみると、中は洞窟になっており、鍾乳洞が上から垂れさがっていた。ぽたぽたと水の落ちる音が聞こえてくる。二人を案内している男の手には松明が掲げられ、三人の影が伸びたり縮んだりしているのが見える。曲がりくねった洞窟を歩きながらもアレックスは剣の柄に手をかけ用心を怠らなかった。こんなところで敵に囲まれたりしたらどうなることか。なんとしても王の使者らしく振る舞わなければならない。冷や汗が額に滲み始めた頃、ようやく洞窟の奥に到着したらしく、案内してきた男が二人に品物を指差した。見るとそこには、たくさんの薬草らしきものが箱いっぱいに置かれている。

「さあ、旦那手にとって見てください。いい出来でしょう」

何がいい出来なのかアレックスにはさっぱり分からなかったが、慌ててその薬草を手にとって見た。天日干しされた薬草は乾燥しており、手の中でかさかさいっていた。

「うむ、そうだな出来はよさそうだ」

アレックスはもっともらしくそう呟いた。

「ところでこれは持って帰ってよいかな。王様に品をお見せしたい」

「それは構いませんが、お金はしっかりもらえるんでしょうね」

「それはもちろんだ。しかしこっちもちゃんとしたものか調べたい。お金はそれからだ」

男は残念そうに揉み手をしていた。しかし王様の使者の言葉だということで、しぶしぶ頷いた。

「分かりやした。それならお金は後ほどということで」

「その時にこの品をもらおう」

それだけ言うとアレックスはその薬草を荷物の中に入れた。

男達はアレックスを洞窟の外まで見送ると、また洞窟の穴を藪でふさぎ、穴の中へとまた入って行った。

アレックスはふうっとばかりため息をついた。思わず冷や汗が出てきて、額をぬぐった。

それにしてもこの薬草はいったい何の薬草なのだろうか。彼はそう思うと急いでアイリス達のいる町へと戻った。


「ちょっとアレックス」

アイリスはむっとした様子で待ち合わせ場所に立っていた。

「いったいどこへ行ってたの。心配してたんだから」

「ごめん、ごめん」

「そうだよ、アレックス」

パニーラもまとわりついて、アレックスに抗議した。彼はにっと笑うとパニーラに言った。

「お兄ちゃんのこと心配してくれたんだ、ありがとう」

「そんなことより、事情を話してよ」

「うん。ここでは話せないな。とりあえず宿へ行ってから部屋で話すよ」

急に真面目な声でアレックスがそう言うと、アイリスはただ事じゃないことを察し、追及するのをやめた。

そこで三人は泊れる宿を探し、部屋へと入った。


アレックスは部屋に入るとさっそくいきさつを話し、アイリスに例の薬草を見せた。

「アイリスなら、この薬草何か分かると思うんだけど、何だろう」

渡された薬草をアイリスは手に取り、真剣に見つめた。葉の形や色合いを見て、彼女は判断しようとした。それから宿の人からお湯を持ってこさせて、その中に葉っぱを入れてみた。すると紫色の色合いがお湯の中に広がっているのが分かった。そこまでして彼女はこう告げた。

「これは人の神経を麻痺させる薬草よ」

「麻薬ってことかい」

アレックスは眉をひそめた。

「ええ、使い方を間違えば麻薬ね」

「麻薬は手に入りにくくて、かなり高額で取引されている」

「王様はお金を手にしようとしているのかしら」

アイリスは頭を巡らせながら、そう呟いた。

「それとも神経を麻痺させて自分の思い通りに事を運ぼうとしているのかもしれない」

「どちらにしてもいいことじゃないわね。麻薬は使い方を間違えば死を招くの」

「そんなに危険なものなのか」

「毒薬まではいかないけれど似たようなものだわ」

「どうするの、アレックス」

「もちろん、これを持って城へ行くさ。ガルド隊長に報告する。城に行くまでもいろんな噂があると思うけど、調べられるなら、調べて行こう」

「そうね。それがいいかもね」

二人は頷きあうと、改めて意志を固めた。

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