第10章双子
アレックスは魔法使いから剣豪オーベリクの話を聞いてからというもの、ずいぶんと上の空だった。本当に本当に自分はオーベリクの息子なのだろうか。天涯孤独の身の上で、その身を証明できる持ち物はこの剣形のペンダントだけだというのに。彼の頭の中にはいろんな雑念がよぎっては消えていった。そのせいか彼は山中の道を間違え、目指していたスワンダ村からずいぶんと離れてしまったことに全く気づかなかった。歩いても歩いても人里にたどり着く気配がなく、自分の過ちに気づいた頃には持ってきていた飲み物や食べ物も底をつき、彼は本当に困った事態に陥っていた。
さあ、困ったぞ。僕は道に迷ってしまったらしい。おまけに食べ物もない。
辺りは日が落ち、暗闇に包まれ始めた。彼は心細くなり、この旅に出てから違っていた意味での恐怖に直面した。
このまま山から出られなかったらどうしようか。食べ物も飲み水もなく、飢えて死ぬのか、僕は。
思わず冷や汗をかきながらも、彼は必死に山の中を歩き回った。どうにかして山を降りようと、そう思った矢先、暗闇の山中から二人の女の子が歩いてくるのが見えた。一人は年の頃、十七歳ぐらいの子で、もう一人は十歳ぐらいの子だろうか。二人とも三つ編みをしていて、一瞬姉妹なのかと思ったが、その割には髪の色も目の色も全く違っていた。
しかしこんな山の中で女の子が二人だけで夜道を歩いているというのはずいぶんと物騒な話だ。ひょっとしてこの子達も自分と同じで、道に迷ったのかもしれないとアレックスは思った。それで彼は彼女達にこう尋ねた。
「ひょっとして道に迷ったのですか」
「いえ、迷ってません。私達旅をしている最中です。あなたも旅をしているのですか」
そう訊かれて、アレックスは顔を赤面させた。しかし彼は包み隠さず話すことにした。
「実は道に迷ってしまって」
「どこに行こうとしているのですか」
「スワンダ村です」
そう言ったとたん、小さな女の子の方が鋭く叫んだ。
「パニーラの村だ」
それを聞いた大きな方の少女の顔がみるみるうちに曇った。
「その村に何しに行くのですか」
「人を探しに行くのです」
少女は思わず眉をひそめた。そしてしばらく何かを考えているようだったが、思い切ったようにこう告げた。
「その村はもうありません。焼き討ちにあったのです。そこにはもう誰もいません」
「焼き討ちだって?! 強盗か何かに襲われたのですか」
「信じられないことですが、王様からの命令で焼き討ちにあったそうです」
「なんだって?!」
アレックスはは絶句した。まさか王がそんなことをするなんて思わなかったのだ。彼は少女から詳しい話をもっと聞きたいと思った。
すると少女は
「今日はもう遅いですから、ここで野宿しませんか。話はそれからで」
そこで三人は焚き火をたいてぐるりとその周りに座り込んだ。食べ物は少女が分けてくれたので、アレックスはひもじい思いをせずに済んだ。
「まずは自己紹介をしましょう。私はアイリス。こっちはパニーラと言います」
「僕はアレックスと言います。騎士見習いをしている者で王の命令で人を探しています」
アイリスは眉をひそめた。それはそうだ。焼き討ちをしたかもしれない相手を自分は助けてしまったのだから。それを察したアレックスは慌てて手を振りながらこう言った。
「僕は焼き討ちとは無関係です。なぜ王がそんなことをしたのか、是非知りたいと思っているのです」
それで彼は町で聞いた王の拷問の話や人身売買の話をアイリスにしたのだった。
「僕は王のやり方に賛成できない。そもそも聖女ジェラルダインがいったい何をしたというのでしょうか。魔法使いの人の話では悪い人ではなさそうでした」
アレックスが熱心に語るのを聞いて、アイリスはこの人は敵ではないと直感した。パニーラの秘密を知ってからというものアイリスは用心をしていた。聖女ジェラルダインを追って誰かが来るかもしれないと思って。
しかしアイリスはアレックスにパニーラが聖女ジェラルダインその人であることをこの場で告げる気はなかった。それはそうだ。また会ったばかりの人にそんな重大なことを打ち明けるわけにはいかないのだ。
彼を見極めなくてはいけない、そう思ったとたん、アイリスは彼の胸元にきらりと光るペンダントを見つけたのだ。それは剣の形をしたペンダントで、柄の部分は真っ赤なルビーで作られていた。それはどう見ても自分の持っているペンダントと全く同じものだった。
「あの、そのペンダント」
アイリスは思わず立ち上がりながら訊いた。ペンダントと言われ、アレックスも自分のペンダントとアイリスの持っているペンダントとを見比べた。
「そのペンダントはどこからもらったんですか」
「僕が物心つく前に両親が騎士養成所に僕を預けたそうですが、その時身に着けていたものだそうです」
「あなたの名前はアレックスよね」
「そうです」
「じゃあ、あなたが私の兄さん?!」
「それはどういう意味です」
「私は幼い頃、両親と双子の兄を疫病で亡くしたと聞かされていました。そして私は叔母に預けられました。その時父の形見としてこのペンダントをもらったのです。しかも亡くなった兄の名はアレックスというのです」
「君が僕の妹だって」
彼はびっくりしてアイリスをまじまじと見つめた。くせのありそうな茶色の髪にこげ茶の目をした彼女は言われれば、自分にどこか似ているような気がした。アイリスも同じくアレックスを見つめた。亡くなったとばかり思っていた双子の兄が生きていたのだ。こんなことってあるだろうか。
これはまさに奇跡だとアイリスは思った。彼女の目から自然と涙が溢れ出た。驚いたアレックスはただただ呆然としていた。僕に双子の妹がいたなんて思いもしなかった。しかしなぜ彼女はこんなにも泣いているのだろう。不思議そうにアレックスは彼女を眺めた。
「さあ、泣いてないで。今度は君達のことを話してよ」
そう言われ、アイリスは焚き火の前に座り直すと、両親と兄を疫病で亡くしたことによって自分は万能の薬草を探すようになったことを話した。
そして今までの旅を順ぐりに話していった。しかしパニーラがジェラルダインであることだけは伏せておいた。いくら本当の兄だとしてもそうやすやすと話すわけにはいかないと思ったのだった。一方アイリスの話を聞いていたアレックスは先程のアイリスの涙の意味をようやく悟ったのだった。両親や兄を想い、こんなところまで旅してきたのだ。その想いはなみなみならぬものだと彼は感じた。いくら自分の出生を知らなかったとはいえ、今まで双子の妹を想わなかった自分がなぜかひどく恥かしく思えた。
「そうだったのか。ごめんね、アイリス。僕は何も知らなかったんだよ」
彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「アレックスは悪くない。なぜ叔母さん達はアレックスも亡くなったと言ったのかしら。私をだますなんてひどい」
「叔母さん達も知らなかったんじゃないの」
アレックスは見たこともない叔母達に助け船を出した。
「そうかしら」
「きっとそうだよ」
今までおとなしく黙って聞いていたパニーラが大きな声でそう言った。
アイリスはとっさにパニーラに問いかけたくなった。今のはジェラルダインの言葉なのかと、もしそうならそうなのかもしれないと彼女は思った。しかしパニーラは無邪気な子供の姿のまま、ただただにこにこするばかりだった。
アイリスは思わずため息をついたが、生き別れた兄に再会できて心の底から喜んでいた。私は一人じゃない。もちろん、叔母さん達もいるが本当の意味での家族ではない。それなのに今は本物の家族ができたのだ。旅をしてきて良かったとその時アイリスはつくづく思った。
こんなことがあるぐらいなら、ドラゴンの薬草ではなくても万能の薬草もどこかにあるかもしれない。アイリスの心に希望の火が灯り始めた。パニーラの秘密を知ってからというもの薬草探しにもあまり力が入らなかったが、アレックスとの出会いは大きな転機となった。それとアレックスにできるだ力を貸したいと彼女は思うのだった。なぜなら王が邪な行動をしているのを止めたいとアレックスが考えているからだ。それは聖女ジェラルダインを守ることにもつながる。アイリスには考えられなかった。聖女ジェラルダインが悪い魔法使いなどといったことは。王が聖女ジェラルダインを探し求めているのは何のためなのか、突きとめたい、その思いはアレックスと一緒だった。
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