第7章拷問

王立図書館を後にしたアレックスは聖女ジェラルダインの棲んでいるというスワンダ村に行くことにした。現在自分は南側にいるので、随分北上して行かないといけない。食糧も豊富に持つと、山を越えていくことにした。緑の葉が辺りを包み、何の物音も聞こえてこない。最初のうちは光が射し込んでいたが、山深くなるにつれて、暗い色合いに道が染まっていった。聞こえてくるのは烏の鳴き声だけでひどく人寂しくなってきた。


アレックスは思った。ああ、馬があったらなあ。馬だったら颯爽と走ってこんな道もあっというまなんだが。そして自分がまだ騎士見習いであることを思い知らされた。見習いじゃなかったら馬をあてがわれたのになあ。彼は深いため息をついた。しかし彼はずっと徒歩であちこちを歩いた結果、健脚な足になっていた。以前よりも瞬発力が出るようになっていたし、それは騎士としてはなくてはならないものだった。

山を越え、丘を越え、畑を越えて行くと、こじんまりとした町がアレックスを出迎えた。

町といっても、農家が多いせいか、道端では鶏が草をつついているのが見えた。通りには馬にやる干し草を積んでいる荷車などがガラガラと音を立てながら通り過ぎていった。皆が畑に精を出している最中、道端では年老いた老婆達が旅人向けに商いをしていた。その中で不思議な色をしているガラス玉をとんがり帽子に入れて売っている老婆がいた。

「それはいったいなんですか」

アレックスが尋ねると、地べたを見つめていた老婆は眩しそうにアレックスを見つめた。するとそのとたん、

「勘弁してくれ。わしは何もしてないんだ」

そう言って慌てて逃げようとした。

「待って下さい。どういうことですか。私はあなたに危害を加える気はありません」

逃げようとする老婆を取り押さえようとすると、似たような老婆が次から次へと出てきて、アレックスを力ずくでどうにかしようとし出した。とにかく落ち着いてくださいとアレックスはわめき、彼女達の言い分を聞く機会をなんとか得ることができた。

 原因はアレックスの持っている盾だった。それは紛れもなくラングード国の騎士を証明するものだった。以前この町に多くのラングードの騎士が来て、聖女ジェラルダインと思しきものは皆拷問にかけられたというのだ。

「わしなど手に焼きごてを当てられた」

「わしなんぞは水責めにあった。あれは死ぬかと思った」

「わたしは背中におおきな傷をつけられた、まったくあいつらひどいもんだよ」

次々と拷問の有様を語っているのはここ界隈で魔法使いをしている人ばかりだった。アレックスはただただ

「そうだったんですか」

と言うしかなかった。そしてここに来て、自分は何をしているのだろうという気になってきた。皆が聖ジェラルダインを血眼になって、しかも拷問までして探しているというのに、自分はのんびり歩いて聞き歩いているだけではないか。


かといって、他の騎士のように拷問などできるわけもない。いや、してはいけないだろう。王の命令であれば何でもやるというのが、騎士かもしれないが、だからといって拷問はない。そもそも聖女ジェラルダインがそんなに危険な女性なのか、それすらも分からないのだ。それなのに拷問なんていうのはやり過ぎなのではないだろうか。ふと思った疑問はアレックスの中で迷いを大きくした。僕は王の命令ならなんでもきくのだろうか。それを考えた時、うすら寒いものがアレックスの背中を駆け巡った。答えは宙をさまよった。けれどもその答えはすぐにはでてきそうもなかった。

町中を歩いていると、ある噂も聞こえてきた王の取りたててが厳しくて、生活が困窮している、なんとかしてくれないものかというものだった。

アレックスが

「そんなに厳しいのですか」

と問うと、農家の亭主は怒ったようにアレックスの前で腐ったじゃがいもを見せてくれた。

「我が家にはもうこれしかないんだよ。これでどうやって食べていけるっていうんだ」

アレックスは申し訳なさそうに頭をさげてはその男の前から立ち去った。試しに他の家の様子も訊いてみたが、内情は同じだった。これは聖女ジェラルダインを探している場合ではないのではないだろうかとアレックスは思った。民の生活を顧みずに王はいったい何をしているのだろうか。ガルド隊長はこのことを知っておられるのだろうか。聖女ジェラルダインを見つけたところで、彼らの生活がよくなるわけでもないのに。

 とにかく聖女ジェラルダインの情報を少しでもつかんで、それから城に戻ろう。民の様子をガルド隊長に知らせなくては。

彼はとにかくその町の宿に泊ることにした。

 宿は宿屋兼居酒屋になっていて、カウンターには酒を傾ける人々が何人もいた。アレックスも一杯飲みながら、客の人々の話を聞いた。

 話によるとある日突然聖女ジェラルダインはいないかと列をなした騎士達が聞き込みを始め、魔女と言われた者は皆何かしらの拷問を受けた。またその他の人々もかくまっていないかどうか、家の中を探索され、そのついでに金目のものまで物色されたというのだ。酔った客はアレックスにその話をすると、ぐいっとアレックスの首に手を回すと、

「おまえもその類なんじゃねえか」

と脅された。

「僕はそんなことはしません。僕も騎士のはしくれとはいえ、そのような行いは恥ずべき行動だと思います」

アレックスの顔は恥ずかしさと怒りで真っ赤だった。


僕の憧れていた騎士がそんなことをしているなんて、なんてことだろう。その他の人々の話も似たようなもので、アレックスはひたすら謝った。聖女ジェラルダインの悪事を聞くことになるなら、話にもなるが、ほとんどが騎士による暴行だった。

 王はこのことを知っているのだろうか。むくむくと疑問が湧きあがってきた。尚且つ王の取りたてての厳しいことはここでも噂になっていた。指定の量の穀物が出来上らない場合は、息子や娘を差し出すというのだ。王が人身売買をしているなんて、ガルド隊長は知っておられるのだろうか。いや、絶対知らないに違いない。知っていたらそんなことは許さないに違いない。これは何かの間違いに違いない。


 そして居酒屋の客の話によると、先代の王から新しい王へと代わってから、そういう取り立ててが行われるようになったとのことだった。先代のマルク王からコンラッド王へ代わったのは、今からちょうど一年前だ。ならば、コンラッド王がいけないのではないだろうか。アレックスは難しい表情を浮かべた。騎士は王の命令に忠実でなければならない。けれどもその王の命令自体が間違いがあった場合はどうしたらいいんだろう。僕は騎士としてどうしたらいいんだろう。このまま聖女ジェラルダインを探すべきだろうか。

その時隣の席に座った魔法使いと思しき男がアレックスに言った。

「おまえさんはこの間来た騎士とは随分と違うなあ。力で物を言わそうとしない」

「それについては本当に申し訳なかったです」

「なぜ聖女ジェラルダインを探す」

男は酒を飲みながら、アレックスを試すようにくいっと見やった。

「僕はただ聖女ジェラルダインはよくない魔法使いだから捕えてこいと言われただけなんです」

「ほう。聖女ジェラルダインはよくない魔法使いとな」

「ただ今となっては本当にそうなのかどうか、僕にも分からないのです。聖女ジェラルダインは聖人です。聖人の方が悪いことをするでしょうか」

「そうさなあ。わしの知っている聖女ジェラルダインは悪い人ではなかったよ」

「会ったことがあるんですか!」

アレックスは身を乗り出して、魔法使いに訊いた。

「一度だけな。聖人の聖なる力に触れてみたいと思ってな、彼女の棲むスワンダ村を訪れたことがある」

「どんな人でした」

「美しく聡明な人だったよ」

「僕も彼女に会いたいんですが、その村に行けば今もいるでしょうか」

「さあて、それはどうかな。ずいぶんと前の話だからな。それに彼女は会う相手を自ら選ぶ人だからな。会ってくれるか分からんぞ」

魔法使いは笑って言った。

「でもなぜ、そんな大事な話を僕にしてくれたんですか」

「それはあんたの胸に飾ってあるペンダントのせいだ」

アレックスは思わず、胸を見下ろした。剣の形をしたペンダントがいつも通りぶらさがっている。

「そのペンダントは剣豪オーベリクの血筋の者が継承していくものだろ」

「剣豪オーベリク?」

「その昔竜を倒したと言われるほどの剣豪さ。そして正義の人と謳われた。おぬしはその血筋の者だと思ったからしゃべったまでさ」

魔法使いは少しほろ酔いになりながら、にやにや笑っていた。

しかしアレックスは笑えなかった。剣豪オーベリク。誰もが憧れる勇者だ。本当に竜を倒したかどうかは定かではないが、凄まじい剣の達人だったらしい。それが僕の父なのか。僕の名前はアレックス。アレックス・オーベリク?

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