第26話
*
「えっ? 何で」
まったく同時に叫び、遠藤と日和は顔を見合わせた。遠藤のボロ屋敷が、風のせいか、がたがたと震えている。
「六葉が、ここで待ってろ、遠藤には話をつけてあるって言ったよ?」
「あいつが、ここに荷物を置いていくから、預かってくれって言ったよ」
話題の人物は、すでにいない。六葉は遠藤と話をした後、道端に待たせていた少女に対して「お前にしかできないことだ、それをしながら待っていろ」と肩を叩いて、颯爽と立ち去ったのだ。
「さも何か特別な仕事があるみたいに、言ったのに!」
「あっ思い出した」
駆け出そうとした日和の後ろで、遠藤が変な声をあげる。
「正確には、荷物の一生の面倒を見てくれ、って言ってた」
「一生とか長いよ!」
そもそも、日和を置いていく先として、先日知り合ったばかりの家を選ぶとはどういうことだ。他にいい場所がなかったのか。
(なかったんだ、きっと。六葉の知り合いは、陰陽師か、術司とかで、みんな、私を神だと知っている……)
術司でさえ、清めるついでに日和を従えようとするような術を仕掛けていたのだ。
(この、遠藤くらいしか、いなかったのかな。そういうことしなさそうな人って。それにしたって、置いてくなんてひどいよ、今までだって、危ないときとかは、留守番してたけど……今回は、仕事じゃなくって六葉のことでしょ、何だか不安だよ!)
日和の胸に、ふつふつと怒りがわいてくる。同時に、それが凍り付くくらいの寂しさが広がってきた。
「六葉は、あの子どもを、どうかしに行ったのかな? 私、足手まといだから置いてかれたのかな」
「子ども? あ、あの動く死体のこと?」
「知ってるの?」
「知ってるも何もさ、大路で出くわしたよ。動力源になってる呪詛の種別までは分かんないけど、疫病をまき散らしながら歩いてる。君みたいなちびっ子だと、もし触れたら一気に寝込むかもしれないね」
遠藤が瞬きする。
「あの人は、それで君をここへ置いていったのかな」
「だからって、一生ここにいることにするなんて、変じゃない?」
遠藤は、壁際の仏像(変なところに手足がついているが、仏像なのか?)を見ながら「変だね」と応答した。
「ね! 変だよ! 私、問いただしてくる」
「でもな~、危ないよ。解決してから会いに行けばいいんじゃない?」
「だって、六葉、何か変なんだよ。いろいろ、因縁がある相手みたいで」
「因縁?」
言えなくて、日和は黙った。遠藤は顎をかきながら、陰陽師も大変だねと小声でぼやく。
「つまり、君は、あの人がやられると思ってる?」
「思っ、てなくはない……」
「おれもさ~爺ちゃん達に同じようにされたら、腹立つよな~。爺ちゃん達は強いから、簡単にはやられたりしないって分かってるけど、ま、邪魔になっても、機会をうかがって助けたいとは思うな」
気持ちは分かるよ、と言って、遠藤は書棚をあさり始めた。
「何を探してるの?」
「あの子どもを動かしている術者については、たぶん術司が探ってるはずだよね」
「分かんない」
「おれ達はたまたま、子どもの風上に立っていて、うまく呪詛に絡まれずに済んだけど、逆だったら寝込んでいたかもしれない。子どもの操り手は、おそらく風上方向にいるんだろうな~とは思うんだけど~」
遠藤は、書棚の隙間から、大判の紙を引っ張り出す。埃と一緒に、小型の物の怪が転がり落ちた。てんでに逃げていくのを、遠藤は無造作に手で飛ばした。
「で。これ、地図なんだけど」
「ちず?」
遠藤が広げた紙には、いろいろなものが書き込まれている。
線で囲われた土地、道。家屋の持ち主の名前。山の名。神と社の名前もある。
「おれはここで見た。他には、この辺とこの辺で目撃情報があるんだってさ。で、目撃された日のこの時刻の風向きから推察すると、一番呪いを避けやすくなってるのは、たぶん、龍臥淵の近くかな~と思う。術者が基点にするなら、ここがおすすめ……っていうか、犯人はここにいるかな」
「遠藤……実はすごいんだね!」
「えっ? 実は、って……?」
「これって術司とか、六葉にも分かるようなこと?」
「一ノ瀬の人は分かってると思うよ。おれ、あいつとそういう話、したもん。子どもに出くわしたときは、一緒にいたし」
「そうなの?」
「この仏像さ~高く売ろうと思って買って帰る途中で出会ったの。子どもと一ノ瀬の人に」
怪しげな仏像(仮)を見て、日和は眉をひそめてしまった。
「それ、どこに売るの?」
「え、参謀殿だよ。参謀殿が実験した後は、最終的には術司が供養してるって話だけど」
どこかで聞いたことのある話のような気がした。
「それ、術司が困るからやめた方がいいんじゃないかな……」
「え、そうなの? ともあれ、子ども自体は壊さずに捕獲するのも難しそうだけど、動力源を押さえれば、まぁやりやすいかな~」
「遠藤。行こうよ!」
「え? おれは行かないよ?」
遠藤は、びっくりするほど簡単に言う。
「何で! 助けに行きたい気持ちは分かるって言ったのに!」
「何て言えばいいのかな……陰陽師には打算があるはずなんだよね。彼が君を置いてったってことは、君やおれがいなくても何とかなるんだと思うよ」
「でも!」
「……で、さ。彼は、そういう君の性格を知ってるから、面倒くさがりのおれのところに置いてったんだと思う。絶対、行こうとしないから。それに、術戦に参加しようにも、おれ、土の壁作ったり毒薬投げるくらいしかできないから、役に立たないんだよね~」
「そんなことできるんだったら、私よりよっぽどいいよ!」
日和は肩で息をする。叫びすぎて、ひどく疲れた。
「何だろ、胸騒ぎがするんだもの。行かなきゃ……」
そうだ、遠藤なんていなくても、自分一人で行けばいい。
(待ってて六葉!)
「待って待って」
奮起して扉を開けた日和の衣を、遠藤が捕まえる。
「離してよー!」
引っ張られるので、日和は必死で扉を掴む。
「止めなかったら、後でおれ、すっごい怒られると思うから」
「遠藤は保身ばっかり言う~!」
「勘弁してよ~おれだって面倒事はごめんなんだよ~」
そのとき、ぺちんと軽い音がした。遠藤が顔を覆って、後ろへひっくり返る。
遠藤の顔面に、鳥の糞が落ちていた。糞は、口を除いて顔中を覆っている。遠藤は何が起きたか分からないようで、「えっ?」と呟いたきり、地面に転がっていた。
「姫様! どうされました! そこの変質者は、この爺(じい)が倒しましたぞ」
「爺……」
奇妙な助け方をした小鳩が、羽音を立てて舞い降りてくる。
「この頃は物騒ですな。まったく。あの小僧はどこです、姫様を連れ歩くならば、目を離さないでいただきたい!」
「爺、あのね、」
(だめだ……言ったら、止められる)
口をつぐんで、少女は考える。
どうしたらいい?
「爺……今日は何の用事?」
「今日は特にはございませんぞ。姫様。あの小僧がいなければ、私が護衛を務めましょう」
(それじゃ、だめだ)
日和は頭を巡らせる。龍臥淵には、一人で行かなくては。
(龍?)
「……爺、阿智火姉様が、龍神のところへ行っているのは知ってる?」
「は、存じておりますが」
「龍神って、どの辺のひと?」
日和は涙ぐみそうになるのを、必死で堪える。
「すぐ近くでございます、住まいは龍臥淵」
「やっ」
やった、と言いかけて、すぐ咳払いに変える。
「そうなんだ~、へ~」
ばれたら止められる、連れ戻されるに決まっている。だが、呪詛だとかに対抗できる強さが自分にはなく、いざというときに誰かに頼らなくてはならない。
「爺、私、阿智火姉様に会いに行ってみるね。こんな格好だと、きっと龍神にもびっくりされるから、爺はちょっと、正装を取ってきてくれるかな?」
「姫様、着替えに戻られればよいのでは。それに、なぜ急に会いに行くなどと。先日会ったばかりでしょうに」
「いや~、何だろ~ね~?」
不自然極まりなかったが、小鳩は曇天を見上げて頷いた。
「姫様。ようございますが、今日はおやめくださいね。天気が悪い。龍神は外へ出て、留守でしょう……雨になります」
「うっ、まぁ、そうだね……」
「ですが……後日行かれるにしても、私は衣だけは取りに行っておきますかね。姫様、あの小僧の家に戻られるのでしょう? 衣もそちらへ運びますよ」
「あっ、ありがとう爺!」
翼の濡れないうちにと、小鳩は羽ばたいて行ってしまう。
「……どうしよ」
龍神が不在なら、阿智火も不在かもしれない。でも、じっとしていられない。
日和は、倒れたままの遠藤を放置して、とぼとぼと歩きだした。
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