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「百匹はいるな」
では二十万円だ。
水曜日はAnenueも定休日だった。
慧くんが稚魚たちを迎えに来た。さようなら可愛いチビたち。稚魚用の水槽には数十匹の稚魚とホテイアオイが残された。もちろんオレンジ色の貝たちも。そしてカイとラナの水槽にヒーターが取り付けられた。
「あたしはメダカよりこっちの方がいいな」
真っ黒なカイを眺めながら和希が呟いた。
「メダカより楽だよ。エアーとかポンプなしでも生きるし、すごく懐いて可愛い」
もし子供が産まれたら欲しいと和希は言った。
「いいよ」
雄と雌を混泳させられないベタがたくさん産まれたら、どれだけ水槽があっても足りないだろう。魚の寿命は短い。だからカイの子供、その子供、そのまた子供、と命を繋げて行きたかっただけだ。店舗のように水槽だらけにしたくはなかった。
和希はラムで好きな飲み物を作って飲んでいた。英くんは私のヴァンズを店に取りに行くついでに慧くんの家にも寄って行くらしい。部屋の中にはアルコールを啜る四十歳と三十九歳の女二人になった。五月生まれの和希は先月誕生日を迎えている。
「メダカもいいけど、 もっと会おうよ。……アイは繊細なんだよね」
「そんなことないよ」
「他の人より傷つきやすいのかな」
「いろんな人に、申し訳ないって気持ちしかない」
「何かしてもらったら、返さないとって気を張るし。何かしてしまったら、悪くて償いたいし。どーしようもないことは、どーでもいいって思わないとつらいのに、思えなくて。いろんなことに平気でいれる自分になるくらいだったら、自己嫌悪で苦しい方がマシなんだよね。薄情な人間になるくらいなら、苦しんだ方がまだマシなんだよね」――
多分もう涙は戻ってきた。和希の言葉が続いているのに遠くで鳴っているようで、書いて渡してもらえたら、毎日読むのに。薬なんかの代わりに、毎日読むのに。
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