24

「魚はいつ眠るの?」

 今夜。眠る前に瑠夏が、泳ぎ回るカイとラナを見ながら訊いた。

「じっとしてる時は眠ってるんじゃないかな。魚は瞼が無いから分からないけど」

 雌のベタの名前はラナにした。

 lana、ラナ。穏やか、浮かぶ、静かな水面、という意味のハワイ語。


「これは泡巣。ここに産まれた稚魚を運んで育てるんだ。この雄はもう繁殖できるね」

「カイ」

「海か――」

 そう。ハワイ語の海。

 ベタは雄が子育てをするらしい。相性の合うペアを一日だけ同じ水槽に入れ、産卵が終わったらすぐに雌を出さなければいけない。ベタは闘魚で相手が死ぬまで攻撃を止めない。相性が合わないと雄が雌を殺してしまうことがある。反対にまだ成熟していない雌が雄の鰭に食い付いてぼろぼろにしてしまうそうだ。

 カイは成熟しているけれど、ラナはもう少し待った方がいいと言われた。試しに水槽同士をくっ付けてみる。カイはえらを拡げてラナを威嚇した。もう六月。雨の日は肌寒い。大量の稚魚の見返りに水槽用ヒーター二台とスニーカーを手に入れた。それもそうだろう。一匹二千円のヒカリメダカが五十匹売れたら十万円だ。それだけもらっても足りないくらいだ。

「全部がきちんと育って、全部売れるか分からないだろ」

 慧くんは損をしたような顔をしている。


 LINEを交換した。

「嫁はヤキモチ焼き?」

 右手の薬指。私は湘くんとペアのマリッジリングを今でも嵌めている。指を左手から右手に変えた。ホワイトゴールドのハワイアンジュエリーのリングは「nalu」ナルー、波のモチーフで、二つのリングを合わせると、波が組み合わさってハートの形になる。もう二度とこのリングはハートになれない。湘くんのリングはどうしたのだろう。元々、仕事の作業で傷だらけになるからと言って嵌めていなかった。売ってしまったのかもしれない。

 慧くんも同じ場所にリングを嵌めていた。彼女とのペアだと思ったけれど、マリッジリングを右手に嵌める人もいるかもしれないと考えて「嫁?」と訊ねた。結婚はしていないらしい。

 それにしても。湘くん以外の男の連絡先が、私の携帯に登録されるなんて。今まで仕事の関係の男性の番号しか登録していなかったのに。しかも営業所長の会社名義の携帯の番号だけだ。そして、営業所長が現況を訊ねるショートメールには全く返信出来ないでいた。私は復職するのだろうか。ほとんど想像が付かない。今確実なのはまだ明日のことだけ。明日は、来る前にメッセージをくれてから慧くんが来る。慧くんは一時間程飲んで歩いて帰った。和希と英くんはもう眠っている。もちろん大切な瑠夏も。信じないといけない。当たり前のこと。朝、瑠夏が目を覚まし、また笑顔を見れるということ。私の中では二つに一つの確率になり必死で無事を祈る。

「それも、症状ですよ」

 先生なら優しくそう言ってくれるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る