第53話:前夜―Mechanism―

 戦闘の前になるとギアスーツデッキは慌ただしくなる。それが決められた戦闘であれば尚更であり、戦場へ赴く戦士達のために最大限の施しを行っていく。それが技術者達ができる、最大限の彼らへの応援となる。

 グレイの乗機、イーゼィスがコアスーツがない状態で仮組としてハンガーに吊るされていた。機体の外装はあまり変更はされていないが、背部のスラスターの数が増加されている。また、本作戦が混戦となる事を予測してか、狙撃銃のみではなく、拳銃であったり、ミサイルランチャーなども脚部に増加されていた。


「二丁狙撃はやらせねぇぞ。ただでさえキノの嬢ちゃんが無理してんだ。お前まで無理をしてどうする」

「電子戦はトロイド博士の船のミスティアにもいるんだろ。なら、キノは大丈夫だ。代わりに俺がやる」

「馬鹿か。向こうには狙撃実験機もいる。お前まで無理をする必要はない」


 グレイのイーゼィス専任の技術者がグレイの無茶を諌める。そう言いながらも背部のスラスターには二丁の狙撃銃があるあたり、あくまでグレイの戦闘技術と忠告を受け止める精神を尊重しているのが窺える。五年以上の付き合いの専任技術者だ。彼の意見は尤もであるし、グレイだって彼が自分の体調を気遣ってくれている事は解っている。

 だが、それでは駄目なのだ。グレイ・グリースはそこで立ち止まれない。


「無理をしないとならない。そうでもしないと守る者も守れない」

「だが――――」

「十一年前に誓ったんだよ。そして十年前に改めて誓った。もう失わない。俺の手で守れる者は俺の力の全てを使ってでも守る」


 それは尊敬をする戦士を失った時の誓い。そして自分が消えていた間に失いかけたある少女の笑顔。彼女の虚ろな目は忘れられない。だからこそ、今度こそ彼女を守る。仲間を守る。

 自分を犠牲に、という気持ちはグレイにはない。あの時できた事を、今一人で再現するだけだ。

 グレイの決意の固さに専任技術者は溜め息を吐くしかできない。使用するのは本人だ。行動に移すのも本人だ。技術者は彼らに選択を与えるだけであり、どうにかできるわけがない。

 そしてそれは、そのグレイの誓いの少女であった女性にも同じ事が言えた。


「要望通りにレドームの追加を施しました……キノさん。本当に大丈夫なんですか?」

「平気だよ。ミスティア部隊にも協力者がいるわけだし、僕も頑張らないとね」


 キノナリの愛機、タイガー・トパーズ改の専任技術者である女性がキノナリの体調を心配する。タイガー・トパーズは二つの増設されていた背部の連結レドームに加えて、両脚部に新たにレドームが増設されていた。これを使って情報の並列処理をするのかと思えばそうではなく、彼女は戦場の全ての情報を四つのレドームで収集して仲間に伝えるつもりなのだ。

 脳が幾つあっても足りない所業だ。二つの意識を並列で思考する事でさえ非常に難しい事であるはずなのに、戦場の荒波の様な情報をたった一つの脳で纏めようとするのだ。単純な性能向上ではなく、パイロットの頭脳に負担をかける強化となってしまっている。最悪の場合、キノナリの脳にダメージを負う可能性が出てきてしまっているほどだ。

 だが、その危険性を加味した上でキノナリはレドームの増設を頼んだのだ。確実なる仲間の勝利のため。自分の身を犠牲にして。それが傍から見ればとても危なっかしい状態であるのは、誰の目で見ても明らかだ。


「それに……たとえ、僕がダメになったとしても、グレイがいてくれる。迷惑をかけるけど、一度迷惑をかけられたんだもん。いいよね」

「良く、ないですよ……」


 キノナリが悟ったような表情を浮かべて女性の技術者は涙を浮かべて俯いてしまう。要望通りとはいえ、彼女を殺すかもしれない危険な事をしたのだ。悲しいに決まっている。こんな無謀で健気な彼女を想えば、誰もが胸が痛くなるに決まっている。

 キノナリだって解っている。自分が危険な事に手を出す事だって。死ぬかもしれない事だって。でも、そんな感覚は戦場で慣れ過ぎた。今の彼女に、本当の危険性は解っていなかった。




     ◇◇◇◇



 一方、ホウセンカのギアスーツデッキに一際大きな兵器が鎮座していた。全長七メートル。奥行十三メートル。後方や側面には大量のスラスターやバーニアが取り付けられており、前方にはギアスーツが収まるスペースとホウセンカにも備え付けられているバリアージェネレータが露出していた。

 ギアアーマー。敵が使用する物とは形状も大きさも違うが、これもれっきとした対戦場兵器だ。厳密に言えば、対対戦場兵器ともいうべき兵器だが。


「名前はアネモネ。高機動型白兵戦用ギアアーマーというべきか。敵のギアアーマーのエネルギーチャージの間に急接近し、ギアアーマー自体を破壊する。コンセプトはそれだ」

「なるほど。俺にしかできないな、それは」


 トロイド博士の説明に黒のコアスーツを着ていたヒューマは独りごちに納得する。このギアアーマーはギアスーツと違い、明らかに過剰な機動力を有している。人間が使用しては、コアスーツの反動制御装置が機能しても限界を迎えて死んでしまうだろう。

 だがヒューマはその肉体の特性上、本機の百パーセントの性能を発揮する事が可能である。他の人よりも頑丈な肉体であるし、替えが効く。


「ギアスーツのサイズの調整もした。以前よりも性能は向上しているはずだ」

「ルベーノもあるのか! ありがたい」


 ハンガーに吊るされた黒のギアスーツを見てヒューマは愛用していた大剣が存在していた事に喜んだ。前回の戦いで完全に失ったと思っていたのもあるが、やはり長い間使用してきた武器のためにあれほどの武器ではないとヒューマの技能も発揮できない。

 左腕には多機能シールドが装着されており、肩部分には新たに正規のヒートブレイドが追加されている。これによってブロード・レイドの手数の少なさが補われたが、代わりに脚部に装備されていたグレネードランチャーは廃棄されている。ギアアーマーの運用の際、爆発物は使用が危険だと判断されたからだ。

 腰部のバインダースラスターは肥大化しており、ギアスーツ単体でも高機動戦闘が行えるようになっており、背部パーツはポッドブースターになっている爆発的な加速も可能。肩部のバーニアを健在であり、バリアーシステムも使用が可能となっている。

 完全なるブロード・レイドの上位互換機。それに加えてアネモネも使用ができるのだから、ホウセンカの切り札というのもあながち間違いではないだろう。


「ツバキは?」

「最後の切り札のために頑張っているようだ。私は反対したんだがね。彼女はやると決めたらやる子だから……」


 ツバキはホウセンカの外で最後の調整を行っていた。これもまた敵のギアアーマー対策であり、これさえ成功すればホウセンカが沈められる可能性は大きく減るだろう。

 ヒューマはトロイドから渡された資料に目を通す。新たに追加されたシステムを把握するためだ。だが、それらを頭の中に入れる前に、トロイド博士がふと口を開く。


「名前はどうする? ここまで変わればブロード・レイドという名前も変更しても悪くはない」

「そうか……そうだな……」


 トロイド博士の提案にヒューマはしばらくの間、思考の渦の中に没頭する。ブロード・レイドの完全上互換機と成り上がった本機に相応しい名前を考え、そして――――


「いや。ブロード・レイドのままでいい」

「ほぉ……」


 あくまでブロード・レイドの名前を貫く事にする。トロイド博士はそんな彼に対し驚くわけでもなく、納得をするような頷きを繰り返す。

 ブロード・レイド。RRの系譜の機体であり、あの男を打倒するにはこの名前であらないとならない。時代は変わったのだ。RRからブロード・レイドへ。だから、この名前をあくまで貫き通す。あの男を倒すまでは。

 ヒューマは再び資料に目を通す。新たな愛機の真の力を発揮するために。



     ◇◇◇◇



 そして、彼の乗機は完成した。量産機から続いた彼の機体は魔改造が繰り返され、その容姿はかのカルゴの姿をほとんど残していなかった。メインカラーである青を基調とした、海色の機体。スミスがありったけをぶつけた、渾身の一機だ。


「ニーアの適性、あのレインという男に対抗するため、そして何より生き残る事に特化した機体。コンセプトは生き残る。その体現がこの機体だ」

「以前よりも装甲が分厚くなっているね……」

「まぁ、生き残るためだしね」


 新たな乗機に困惑を覚えるニーアにスミスは、にへへと笑う。ニーアの言う通り、本機は以前のカルゴよりも更に装甲が分厚くなっており堅牢な機体となっている。しかし装甲の裏にはバーニアやスラスターが隠されており、結果的に機動力は向上されている。

 またヘルメットもカルゴの物から別の物に変わっており、本機が元はカルゴとは思えなくなる要因の一つとなっている。トロイド博士がミスティアの開発の際に作られたヘルメットを流用したようだ。


「武装も大量に増加した。背部のウィングスラスターも改造したし、オレができる限りはしたつもりだ」


 スミスの言う通り、前回の重装甲カルゴが前座に見えるほど武装は追加されていた。両腕にはガトリングガン、両手にはアサルトライフル、両肩にはレールガンとキャノン砲が、ウィングスラスターにはバズーカやミサイルハッチがある。腰にはいつもヒートソードが二振りあるが、本機には詰め込むだけの武器を詰め込んだ形となっていた。

 だが、こういう無理矢理なコンセプトになってしまったのは一概に作戦のせいでもあった。


「今作戦は補給のために戻るのが難しくなる。だから、武器を大量に追加して、弾が無くなれば武装をパージして質量弾にして使ってくれ」

「解った。できるだけ武器は考えて使うよ」


 どの武器にもバーニアが増設されており、これによって質量弾として使用が可能となっている。とはいえ、当たる可能性は皆無なため、基本的にはパージ用の再利用と言ったところか。

 スミスはニーアに資料を渡そうとするが、その前にどうしても聞くべき事があった。


「ニーア。こいつはもうカルゴとは呼べない。呼ばせやしない。オレが全身全霊を込めて作ったオリジナル機だ」


 その姿も、その性能も量産機のそれをはるかに超えている。だから胸を張って、スミスはハッキリとニーアに問うた。


「ニーア。こいつの名前を教えてくれ。お前の愛機の名前を!」


 その言葉に、ニーアは口を濁さずにハッキリとスミスを見て答えた。


「サバイヴレイダー。生き残るために駆け抜ける者!」

「……へへっ、ちょっと安直だけどいい名前じゃんか」


 ニーアがこの数週間の間で考えついた名前だ。サバイヴは生き残るという意味があり、レイダーは本来は乗っ取り屋などというあまりいい意味ではないが、ヒューマと同じように彼はその元となったレイドの意味を求めた。踏み込む者。もとい前に進む者。そして駆け抜ける者。

 ちょっと無理矢理かな、とニーアは微笑んだがスミスはフィーリングだよフィーリング、と彼の付けたその名前を褒めた。


「サバイヴレイダー……頼むぜ」


 スミスの願いは、最後の戦いに挑むニーアの心にも届いた。より一層、この戦いで生き残る事を誓うニーア。

 蒼きこの海を巡る最後の戦いは、刻一刻と迫っていた――――

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