第38話:前へ―Protect―

――――!?――――


――――銃撃。肉体の損傷を認識――――


――――トウヤの意識の剥離を確認――――


――――大丈夫ですか? トウヤ――――


 機械的に、だが確かに感情のある声が淡々と聞こえた。ヒューマはこの声を知っている。いや、知っているどころではない。彼女は自分の人生における最大の相棒である。人間としてのヒューマはツバキという最愛の妻がいるが、彼女はヒューマという存在において最愛のパートナーなのだ。

 その声はヒューマにしか聞こえない。ヒューマだけが認識できる。その存在は確かにあるのに、ヒューマしかその存在を確実に認識できないのは、ヒューマは彼女と同じ存在だからだ。


「ルビィ。すまない。心配をかけた」


――――トウヤ。良い判断です――――


「バカ。動いてくれたのはお前だ。お前が俺の意志を汲んで動いた。だから、ツバキを庇えた」


 沈む肉体の中でルビィを褒める。彼女がヒューマのツバキの危機への反応をした瞬間に、ルビィは彼の身体を一時的に奪い、一瞬にしてツバキへの銃撃をその肉体で受け止めさせた。

 結果的にヒューマの肉体はダメージを受けて、現在は意識を失っている。銃弾を生身で受けたのだ。そうなってもおかしくはない。繊細だからだ。


――――意識を戻します――――


「あぁ。ありがとな、ルビィ」


 彼女は淡々とそう言ってヒューマの意識を復活させ、そして、現実へ至る――――



     ◇◇◇◇



「い、いや……」

「ふふふ……ふははははははッ!!」


 ツバキは目の前で沈んだ最愛の夫を見て、ぺたんと無力に崩れ落ちた。ツバキに銃口が向けられた瞬間に、コアスーツのパワーローダーで無理矢理に脚部を強化して跳躍したのか、ヒューマが飛び込んできたのだ。急速なる移動だが、コアスーツを使用すれば無理ではないだろう。

 そして銃弾が放たれて、身を乗り出してツバキを庇ったヒューマの左脇腹の中に銃弾がめり込む。外から見れば致命傷とは言えないが、確実に肉体に多大なるダメージを与えている。


「キャプテン、戻るぞ。最大の障害、ヒューマ・シナプスはここに仕留めた」

「作戦通りとは流石だな、大将。では戻りましょう」


 そう言うと戦艦から一機のギアスーツが颯爽と現れる。青と黒のギアスーツ。その左右非対称の姿に対し、まるで騎士のように二人をエスコートをする様は滑稽に見える。

 ツバキはぐっ、とヒューマを抱きしめるようにし、振り絞るように逃げ去ろうとするアカルト議員を糾弾する。


「なんで……なんでこんな事をッ!!」

「錯乱しているようだから答えてあげましょう。我々は確実なる勝機を得たかった。敵対する団体の長、ホウセンカの艦長、ツバキ・シナプス。もしくは、傭兵の間でも伝えられる伝説的傭兵であり、英雄の如き力を振る、ヒューマ・シナプス。どちらかを殺せば確実に壊れる。しかし、不確定な攻撃は不安を呼ぶ。ゆえに、一人だけを確実に殺したのですよ」


 不確定な攻撃は、あのギアアーマーでの粒子砲だろう。だが、ヒューマが現れた事により、あの攻撃を受けてもなお存命した事をありありと示しつけたのと同義である。だからこそ、確実なる勝利のために、死をその目で刻むために直々に銃殺した。

 だがツバキは解らなかった。なぜに海賊にアカルト議員が協力しているのか。誘拐されたはずの彼が、なぜ悪である海賊に力を貸すのか。世界機構の議員である彼が、なぜ世界を崩そうとするのか。


「いえ、貴女の言いたい事はそれではありませんな。えぇ、単純にして明快。己が野望のためならば、悪をも味方に付けるのは成功者の道理ですよ?」


 平然とそう言いのけた。人間は悪と正義の生き物だ。だから、世界機構の議員である彼にも悪があってもおかしくはない。でも、ここまでにして自分に影響のある悪とは信じたくはなかったのだ。

 悔しさに、自分の腕で眠るヒューマを見て涙を流し始める。敵に攻撃の意志はない。だが、囲まれている状態で攻撃をしても袋叩きにされるだけだ。ここで攻撃の命令は出せない。ポルポ級戦艦に乗り移った憎き相手が背中を晒しても、ツバキは何も言いだせなかった。


「あぁ、そうだ。報告だけはしておきましょう。えぇ、最後通告です」


 だが、気まぐれなのかそれとも必然であるのか、形式めいた言い方をするアカルト議員は、ポルポ級戦艦の上で振り返り、そして口を大きく歪めて嘲笑った。


「貴女方は今から焼かれる運命にある。夫との再会は近いですよ」


 そう、吐き捨てるように言ったアカルト議員が更にポルポ級の戦艦の甲板から跳び立ち、この海域から逃げ出すと、囲まれるようになっていた戦艦の壁の間からある兵器が覗き込んでいた。

 対戦場兵器、ギアアーマー。戦場ごと全てを焼きつくし灼熱の光線を放つ兵器が、そこにホウセンカに狙いをつけていたのだ。銃口はホウセンカの甲板の上のツバキを仕留めるようにセッティングされており、二人目の死を確実にする気だ。


「……行ったか?」


 しかし、絶望の表情を浮かべるツバキに対して死んだはずのその声の主は、右目を半分ほど開けてそう呟いた。その言葉にハッとするツバキにその声の主は、いつもにましてや真剣な表情を浮かべた。ツバキの腕の中で眠っていたはずのヒューマが生きていた。その事だけが、ツバキにとって何よりも大切な事であった。


「ヒューマ……」

「大丈夫だ。左脇腹が死ぬほど痛いが……動けない、事はない」


 だが当の本人は気にしていないように、しかし察せられないように撃たれた左脇腹を隠す。ダメージは負っている。当然だ。並の人間ならこれだけでショック死する可能性もある。

 それを耐えた事は非情におかしな事なのに、ツバキは安心の表情を浮かべていた。

 ヒューマは、がばっと立ち上がった。そしてぺたんと座る彼女の頭を軽く撫でて、そして脇腹を抑えつつもギアスーツデッキに向かおうとする。


「ヒューマ!」

「話は聞いている。今が最悪な状況である事も知っている。だけど、そこで立ち止まるわけにはいかない」


 そう、それでは意味がないのだ。まだ何も解っていない。アカルト議員が何故海賊に協力したのかも不明であるし、ニーアの事もまだやるべき事があるのだから。

 だからこそ、ヒューマのその言葉にツバキは何も声をかけられなかった。彼が行こうとしているのは正しいのだ。ただ、彼が怪我をしているだけで、ホウセンカを守ろうとしているのだから。

 だから、ツバキはただ願うしかできない。彼が無事に帰ってくる事を。彼が今度こそツバキに世界を愛する事を忘れさせないために。

 ギアアーマーの粒子砲のチャージは続く。だがそれを目の前にして、ツバキは赤く腫れた目をこすりあげ、そして小さく深呼吸をした。ここで立ち止まるわけにはいかない。ヒューマがまだ前に進む事を信じているのだから、自分が諦めてはいけない。

 ――――生きるために胸を張れ。そして信じよう。絶望だけじゃない。ここには、私には希望がある。

 ゆえに、彼の名前を再び、天空を裂くように叫び呼ぶ。


「行きましょう、ヒューマァッ!!」


 その声に呼応するようにツバキの目の前にあるギアスーツが現れた。黒いギアスーツだった。右腕には大剣、ルベーノを。左腕には何も持たない、英雄機を継ぐ者。英雄の機体が、ツバキを守るように現れる。


「来たぞ、ツバキ。そして、行けるか、ツバキ?」

「えぇ。向こうは王手をかけたつもりでしょうけど、ここから先は私達の時間よ。ヒューマ、行ける?」

「あぁ、護るための戦いなら慣れているッ!!」


 ヒューマは、いやブロード・レイドはそう言って、眼前に存在するギアアーマーを見つめた。その高さの差はおよそ七メートル。最悪なる状況下、ブロード・レイドだけは諦めずに立ち向かう。


「――――いくぞッ!!」


 絶体絶命の戦況。その中で悪あがきにも近い、ホウセンカの防衛のための戦いが始まる。

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