第37話:契約―Resound―

 その警告を示す騒々しいサイレンが鳴り響いたのは昼時。ホウセンカでのレーダーに敵影が映し出されたのだ。その数はおよそ五。五隻のポルポ級戦艦が、順々とやって来たのだ。しかも、そのカラーリングはヒューマがラフレシアと形容したような毒々しい赤色であった。


「キノ! 至急、ホウセンカに厳戒態勢を敷かせろ。島に行った、博士やヒューマも呼び戻せ!」

「そうだね。こりゃ、戦闘の可能性が大きいかも」


 ホウセンカのブリッジで今日一日を過ごす予定だったキノとグレイであったが、突然の出現に慌てつつもホウセンカに警戒を敷く指令をマイクにぶつける。

 少しずつ近づいてくる敵艦を睨みつけながらキノナリはやってきたテルリに操舵やその他諸々を任せ、ギアスーツデッキに向かう。


「たっくよぉ、こっちはまともに動けないんだぞ……おい、レイ! 子供達をちゃんと見ておいてくれよ」

「解った。でも、ここにいていい?」

「……そうだな、ここにいろ。なんなら、俺の近くにいてもいいぞ」


 テルリがそう言うと子供達は黙ってテルリの操舵席の近くに寄り添った。まともに動けない現状、ホウセンカのどこにいても無事に済むとは限らない。ならばせめて、この手の近くにいてほしい。身勝手な考えだが、こうでもしないとやってられない。

 テルリは近くにいる子供達を感じながらも、刻一刻と近づいてくる戦艦を睨みつけた。


「テルリさん!」

「ニーアか! ギアスーツデッキに行っとけ! いつ戦闘になるか解らんからな」


 テルリの指示に素直に頷いたニーアであったが、一緒に来ていたマリーがニーアの服の袖を握って離さなかった。マリーの表情はあまりにも揺れていた。動き始めたこの状況に恐怖を緊張感を覚えているのだ。そして、この数日、彼女からすれば記憶を失ってから数日、一緒に行動していたニーアがどこかへ行く事に底知れぬ恐怖を覚えたのだ。夜道を一緒に歩いていたのに、彼だけが消えてしまうような気がして。

 マリーの反応はニーアにとってはとても嬉しい反応だ。たとえ記憶を失っていても、彼女は自分を必要としてくれる。でも、自分が行かないとそんな彼女が再び壊れてしまうかもしれない。一度目を瞑り、歯を強く噛みしめ、そしてマリーの手をゆっくりと引き離した。


「マリー。僕は行かないといけない。皆を守らないといけない」

「でも……」

「怖いだろうけど、我慢してほしい。大丈夫だよ、マリー。僕は帰って来るから」


 そう言うとマリーを置いてニーアは駆け出した。振り返らない。振り返ってはいけない。ここで振り返ればニーアの決意をは粉々に砕けてしまう。

 罪悪感と、しかし確かな意志を持ってニーアは警戒態勢のホウセンカを走った。



     ◇◇◇◇



 ツバキが息を荒げながらホウセンカのブリッジへ入ってくる。予想外な状況に明らかな動転を覚えつつも、同時に敵の強襲を考えていない自分の至らさに失望し、しかし現実を見定めようとする。

 現在、敵戦艦は着々とホウセンカに近づいてきていた。しかし、恐ろしいのは未だに無抵抗のホウセンカに砲撃もせず、ギアスーツを展開もしていない。まるで戦意を有耶無耶にするかのようなその行動は、ツバキの理解の範疇を超えていた。


「……テルリ。どう思う?」

「正直言うと、先手必勝の可能性は否めない。だが、本当に攻撃していいのか。あの不気味さは異常だぞ」


 テルリの意見は尤もだ。このまま砲撃していいのか、どうしても悩ましくなる。ここで攻撃してしまえば、何か取り返しのつかない事が起こってしまいそうで、ツバキはその根拠のない嫌な予感を信じ、手を出さない。

 果たして、その判断が正解であったが間違いであったか。少なくともその数分後にホウセンカのブリッジに届けられたのは、音声通信であった。


『TPA諸君。初めまして。俺が海賊のキャプテンをやっている者だ』

「博士! これって」

「……音声通信」


 ブリッジの目上にあるモニターに映し出される、SoundOnlyという文字、そしてそこから発せられる野蛮性、野性味のある声はツバキ達に更なる緊張感を強いる事となる。

 子供達がその声に委縮する中、音声通信が録音ではないかと疑問を抱くツバキは、その通信に返答するためにマイクを持った。


「……あなたが、海賊の全てを牛耳っている、方ですか?」

『そうだ。お前達からすれば、俺は敵の御大将となる』


 これが録音であれば砲撃をしていたが、そうでなければ砲撃をするわけにはいかない。敵の大将を倒してそれで終わり、とはいかない。何故ならば、あの戦艦の中に救出目標であるアカルト・バーレーン議員が乗船していたら、その砲撃の巻き添えとなるからだ。

 厄介な事になった。まともにホウセンカを動かせない中、敵の大将がやってくるとは。しかも、数は圧倒的。ツバキは最悪な状況に思わず悪態を吐きそうになるが、一度深呼吸をする。少なくとも、向こうは何かしらの思惑があってこちらに接触を図ってきたのだ。そうでなければ、この戦力差がありながらこちらに通信をするはずがない。


「何が目的?」

『正当なる契約を。正直言いますと、こっちもそちらを面倒と見ている』


 大将を名乗る男は実に面倒臭そうにハッキリとそう言った。海賊からしてもTPAは厄介だと。いや、恐ろしいのは大した会敵もしていないのに、海賊がツバキ達の組織の名前を知っているという事実だ。TPAは確かに無名、とは一概に言えない。しかし敵対をしているとしても、海賊はなぜ自分達の敵がTPAと知っているのか。ホウセンカは一般としてはTPAの物とは認識されていないはずだ。

 情報漏洩。もしくはスパイか。可能性はないわけではない。あの捕虜が何かしらの手段で海賊に伝えた可能性も否めないし、もしかしたらアルネイシアの時点で海賊の手の中で踊らされていたのかもしれない。


『ゆえに、契約を。どうですか? ここで開戦をし、無様に沈むよりはマシでしょう』

「…………」


 癪であるが、ツバキの心情はまさにそうであった。ムキになってここで戦闘をすれば、海賊の大将の言う通りの展開になろう。今のツバキは個人ではない。このホウセンカを守る艦長でもあるのだ。

 しばらくの沈黙。テルリが黙ってツバキを見つめる中、ツバキは重たい口をゆっくりと開く。


「いいわ、解りました。その交渉、受けさせてもらいましょう」


 渋々の納得。海賊の大将の顔が見えていれば、さぞかし満面の笑みか高笑いを抑えていただろう。容易に想像できる。海賊からしたら想像通りの展開になったのだから。

 だがツバキだって、ここで何もしない女ではなかった。



     ◇◇◇◇



 海賊のポルポ級戦艦がホウセンカの眼前までやって来た。五隻もの圧迫。対しホウセンカは移動もままならない状況。前回の戦いでは砲撃戦をしていないため、砲撃戦はできるがそれすらも封じられてしまった。

 追い詰められていく状況下、その男はゆっくりと甲板に現れた。


「お初にお目にかかります、ミスシナプス。どうやら、写真で見るよりもお美しいようだ」

「……それはどうも。そういうあなたは英国紳士を装った想像通りの海賊ね。えぇ、それはもう想像通り」


 海賊の大将を名乗る男の風貌は、それはもう海賊という感じのものだった。中世か、それほど昔に暴れまわったという海賊の風貌に近い。貪欲を形にしたかのようなその欲深い瞳、黒い髭はそれこそ口を隠し不気味に思える。服装は金の装飾が散りばめられている軍服で、それはもうゴリラに豪華絢爛な服を着せたかのような様相だ。

 ツバキは心底嫌そうな表情を浮かべながらも、海賊が提案する話に耳を傾ける。ヒューマも黒いコアスーツを身に纏いながらも甲板に現れた。少しでもツバキに危害を加えるならヒューマが動ける。


「我々にとって、貴女方は厄介な存在です。ですが、闇雲に貴女方と戦闘しても意味はない。ここは一つ、ご提案ですが――――」

「私達の目的はアカルト・バーレーン議員の救出と、子供達の解放よ。この二つの条件が飲めないなら、この場の交渉は無意味に等しいわ」


 ツバキは大将の発現を遮って、ハッキリとそう口にした。その対応に、大将は高笑いを浮かべた。どうやらツバキの物怖じしない態度を評価しているらしい。


「なるほど。流石、英雄を作り上げた女だ。ここまでハッキリとされると、こちらも返答はハッキリさせなければな」


 そう言って、大将は耳に取りつけていたのだろう通信機を使い、海賊の戦艦から怯えている恰幅のいい男を部下に連れてこさせた。彼がアカルト・バーレーン議員だ。よほど怖い経験をしたのか、その髪は真っ白になってしまっている。


「貴女が言う子供は、先日大量に亡くなられたはずです。なので、貴女が言う条件に見合うのはこの方だけだ」

「……下種が」

「汚らしい言葉は合いませんよ、ミスシナプス。さて、貴女の言う通りに彼を解放しましょう」


 そのすんなりと通った言葉にツバキは心底驚く。何故ならば、この交渉はほとんど無理な物だと考えていたからだ。何せ、海賊の目的はアカルト・バーレーン議員を使って立場の安定化を図る事だと考えていた。しかし、海賊の大将はそんなツバキに余裕の笑みを浮かべる。


「私達にとっては、アカルト・バーレーン議員はさして重要ではありません。重要なのは、ギアスーツの戦力単位を考えて、貴女方、TPAなのですよ」

「……議員は餌だったわけね」

「そうなりますな。過去の英雄を戦力としていた貴女を敵視するのは仕方ないのですよ。ゆえに、貴女方に願うのは我々の邪魔をしないでほしい、というものですよ」


 なるほど。ツバキは思わず納得してしまう。自賛するわけではないが、通常の傭兵団体と比べてTPAの戦力は高い。数は少ないがオリジナルと魔改造されたギアスーツを有しているし、戦艦も有している。海賊が目の敵にするのは理解できる事だ。

 だが、逆に言えばそれはこの件に手を退けと言っているのだ。このような悪の団体を見逃せと言っているのだ。正義心が強いツバキにとっては辛い話だが、しかしホウセンカを守る人間として、ここで話が終わるならば終えないとならない。


「解りました。今後はあなた方が危害を加えないのならば、我々は手を退きましょう」

「話の解る方で助かる。さて、それでは議員をそちらにお返ししましょう」


 そう言って大将は怯える議員をツバキの目の前まで歩かせる。ゆっくりと、じっくりと。状況があまりにも緊迫しており、その数歩が数時間に思えるほど長く感じた。


「――――」

「ッ!?」


 ヒューマは相棒であるルビィのその警告を聞き逃さなかった。肉体が動く。無意識か、意識か。どっちかも解らない。でも、ヒューマは次の瞬間にでもツバキを押し出していた。

 銃声が響く。波飛沫の音すら消える。その地平線まで届くような銃声が、今、目の前で。

 そして、男は笑った。盛大に。歓喜に。狂乱に。それこそ銃声を掻き消すかのように。厳かで、余裕のある、その声で。その銃を持った、アカルト・・・・バーレーン議員・・・・・・・が――――

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