第18話:出港―Goodbye―

 昼頃。ニーア達は四人でファストフードショップで昼食をとっていた。カエデはサンドイッチを、キノナリとマスタードたっぷりのホットドッグを、スミスはピクルス混じりのハンバーガー、ニーアはハンバーガーのピクルス抜きの物を食べていた。

 ニーアにとってそれは初めての味である。パンは朝食で食べていたが、ケチャップと加工された肉が重なるだけでこんなに美味しいなんて。ピクルスは少し口に含んで美味しくなかったので、大好きだというスミスに上げた。

 ハンバーガーをモグモグさせながら、ニーアはスミスの職種の話をしていた。


「へぇ。スミスはギアスーツの技術者なんだ」

「まぁ、オレは見習いだけどな。ツバキ博士に色々教えてもらってんだ」

「スミスは僕のギアスーツも補修してくれている。ちんちくりんだけど腕は確かだよ」

「キノさんにだけはそれは言われたくない」


 お互いさして身長が変わらないのだから、確かにキノナリの言い分は筋違いだ。だが、どうやらこの二人は仲が良いようで、二人はこのこのーという感じで相手の事を弄っている。

 スミスはどうやら誰にでも基本的にこのような口調らしい。少し強めのその口調は怖くはあるが、親近感を覚える。


「んで、ニーアはギアスーツ乗りなんだよな? 今後は基本的にオレが面倒見るつもりだから、よろしくな!」

「うん。よろしく」


 スミスはそう言ってニーアに握手を求める。だが、あっと言ってすぐに手を引っ込める。

 嫌われた、と一瞬思ったニーアであったが、どうやら自分の手に付着したケチャップを口で舐め取ったらしい。そしてティッシュで拭いた後に、再びニーアに手を伸ばした。

 常人から見ればあまり良いマナーではない。実際、キノナリは酷く呆れた表情を浮かべたが、どうやらこれ以上は何も言わないようで黙った。ニーアはマナーの事なんてあまり詳しくないので、特に嫌がるわけでもなく、その握手に応じる。

 一通り食べ終えた一行は、重い荷物をニーアとスミスが受け持って新しい家である戦艦の元へ向かう。


「あ、キノ」

「あ、ツバキ、ヒューマ。終わったの?」

「まぁね」


 途中でキノナリが示し合わせたのか、市長との挨拶を終えたヒューマとツバキと合流した一行は、戦艦のある東の港へ向かう。

 その道を進みながら、ヒューマはニーアに優しい笑みを浮かべて聞く。


「どうだった?」

「キノナリさんが……はしゃいでいました……ははは」

「まぁ、あいつは何だかんだで買い物が好きだからな」


 渇いた笑みを浮かべたニーアに同情するヒューマも苦笑いを浮かべた。彼にも覚えがあるのだ。

 だがそんな笑みも、次にニーアと視線が合うと消えていた。


「もしかしたら、この幸せな時間もこれからはないかもしれない」

「え……」


 ヒューマのその声音は酷く冷静で、でも確かに温情がある言い方だった。それは同時に傭兵として、戦士としての最後の警告でもある。


「俺達はこれから戦う。お前もその選択をした。だから、せめてお前に平和の光景を知ってほしかった」


 ヒューマは傭兵だ。でも、最初から血も感じない傭兵であったわけではない。彼は平和を知っていた。人々が住む街を知っていた。争いのない空間を知っていた。


「いつか、戦いの中で自分を失いかけた時、平和だと感じた時の光景を思い出してほしい。それさえあれば、人は死ぬ気で戦える」

「そうなんでしょうか?」

「そういうものだ。俺だってカエデやツバキ、仲間達と触れ合った日々のために戦っているんだからな」


 その言葉に、ニーアは半信半疑で頷いた。まだその確証はないし、ヒューマを信じていてもその言葉を信じる事は出来ない。でも、戦士としては先輩であるヒューマがそう言うのだったら、そうかもしれないと思った。

 だからこの光景を目に刻んでおく。行き交う街の人々、活気な店の人々、新たな仲間達と食べたご飯。何もかもが、ニーアにとっては新しい経験で、ヒューマはそれを平和と言った。

 平和。ニーアにとってはその意味も確かじゃない言葉だ。でも、それが戦いには関係のない、美しい物なんだとニーアは信じる事にした。

 人工島アルネイシアの街を抜けていく。そして、彼らは新たな住居へ辿り着いた。



     ◇◇◇◇



『えーと、戦艦、ホウセンカに乗艦しているクルー諸君。ちょっと予定より時間がおしているので、作業しながらこの放送を聴いてね』


 ツバキの声がフローロ級戦艦、ホウセンカの中で響き渡る。ツバキの言う通り、夕方にアルネイシアから離れる予定だったホウセンカは急ピッチで出港準備をしていた。現在は夕方前。後一時間もすれば出港しなければならないのだが、思いの外にホウセンカの掃除が長引いていたので、ツバキは予定であった仲間との引き合わせを明日に繰上げし、放送だけでも出港の士気を上げようとしていた。


『私達は大海原に出る。これはTPAにとっては初めての事。だからみんな、ドキドキ、ワクワクしていると思う。うん、それはいい。子供心は捨てちゃ駄目だからね』


 でも、とツバキはそこでいつもの元気で子供らしい声音を潜めて、真面目な声音で放送を続ける。


『同時に、戦いの日々が始まる。だからこれから辛い事もいっぱいあるだろうし、仲間が死ぬなんて普通にあり得てしまう』


 それは危惧であった。怖い想像であったが、十分に現実になり得る話だ。だから、ツバキはあえてそれをここへ言ったのだ。夢ばかりは見ていられない。現実を突き付けて、受け止めて出港するのだ。


『だから、笑って前に進みましょう。私達は如何にどんな壁にぶち当たっても、前に進む。だから、皆も笑っていこうね』


 ツバキなりの優しさに溢れる言葉は、確かにニーアにも聞こえてきた。


『では、ホウセンカ艦長、ツバキ・シナプスの出港前の宣誓を終えます。はーい、仕事に戻った戻ったー!』

「聞こえたか?」

「うん。前に進む、か」


 現在、特に仕事に割り振られていないスミスとニーアはホウセンカの甲板で黄昏の光に当てられるアルネイシアを見ていた。そんな時にツバキの放送が聞こえてきたのだから、二人は驚いていたが、その内容に二人は共感を覚えていた。


「お互い頑張ろうぜ! 俺は修理で」

「僕は戦う、か。うん、頑張ろう」


 そう言ってもう一回握手をする。そして再びアルネイシアを見た。プォォォオオオオ、という音が聞こえた。どうやら夕方までには間に合ったらしい。

 出港の合図が流れる中、ニーアはただその平和に戻った街を見た。そう思うと、たった数日間しかいなかったあの街が、何かとても懐かしいものに思えてくる。


「……ねぇ」

「何だ?」

「街への別れの言葉って、何だと思う?」

「ん? んー……バイバイとかが普通なんだろうけど、そこはまぁ、さようなら、じゃないかな」

「さようなら、か」


 ニーアはそう呟いて、そして郷愁深く、


「さようなら、アルネイシア」


 と言葉を漏らした。彼にとっては生まれの故郷でも、育ちの故郷でもない。でも、彼に平和を教えた故郷だとするならば、彼の思いは間違いなんかじゃないはずなのだから。

 ホウセンカはアルネイシアを去り航海を始める。ニーアはただ、その光景が消えるまでそこにいた。

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