第2話-2 魔王城事変 SideY

正確にはいつの頃からかはわからないが。

気がついた時には、付近の魔物の種類が変わっていた。

「どうも、魔王軍の中で何かが起こっているっぽいなー」


魔王との邂逅より既に半年。

ユリンも経験を積み、ある程度の魔物であれば軽くいなせるほどになっていた。

脳内に響く謎のナレーションによると、どうやらレベル25、という強さらしい。

装備も一新しており、いまではあのTシャツ短パン姿ではなく、軽いが防御力の高い軽鎧ライトアーマーを身に着け、手には細身のロングソードが握られている。若干勇者らしくなっていると言えるだろう。


「何か、とは?」

ユリンの背後より襲いかからんとしていた敵を、手にした大型の戦斧バトルアックスで一刀両断に討ち滅ぼし、戦士スライクが問い返す。

「あ、スライク、ありがと」

「ふん、考え事もいいが、油断しすぎだ」

「えへへ、ごめーん」

強くなったとは言え、この辺の軽いノリは相変わらずだ。

「そういうあんたさんも、気を抜いたらあきませんえ?」


氷結弾フリーズブリッド!!!


声が聞こえたと思った次の瞬間には、氷の塊がスライクのすぐ脇を高速で通り抜ける。

その先には、断末魔の声を上げる間すらなく、弓を構えたままの魔物が氷ついていた。

「あっっぶないな、カキツバタ。お前、今俺ごと狙っただろ!!??」

「いややわぁ、そないなことあるわけないやないの。今にも矢が放たれそうやったから、慌てて手元がくるうてしまっただけよ?」

からからと笑うのは、魔法使いのカキツバタ。余計な肉のついていない、長身ですらりとした彼女は、黒のワンピースと黒の帽子、と全身黒ずくめだった。

本人曰く、魔女の正装、とのことだが、夏の暑い日にも同じ格好を貫く当たりは相当のこだわりっぷりだった。


「ふぅ、とりあえずは片付いたかな?」

ロングソードを鞘に戻しながら、ユリンが周りを見渡す。

「だな。やっと飯にありつけそうだ」

「そやなぁ。半径1km内に、危険な魔物の気配はあらしまへんよ」

「そか、ありがと。じゃあご飯にしよー!」


現在、ユリン一行は勇者の武器があるというレンデヴィーク城を目指し、道中の森の中にいた。

表街道は魔王軍の襲撃の恐れがあるため、わざわざ迂回路を選んだのだが、結局は魔物と遭遇するハメになってしまったのだった。

「んで、何か、ってのはなんだ?」

干し肉をかじりながらスライクが聞く。

「へ?何か??」

固い干し肉をなんとか手で割こうと格闘していたユリンは、一瞬何の話かわからず、首を傾げる。

「魔王軍に何かあったんじゃ、って言ってたじゃねーか」

「あー、うんうん…

 ちょ、ちょっと待ってね」

結局、手で割くことを諦め、腰から小さな調理用のナイフを取り出し、干し肉を解体し始めた。

「よし」

「何の話です??」

言われて振り向くと、いつの間にか干し肉を平らげたカキツバタがいた。

「…ねぇ、いつも思うんだけど、カキツバタって食べるの早すぎない?この干し肉、めっちゃ固いのに!」

「ふふふ、ひ・み・つ」

「ぶー。固い干し肉を食べるコツを教えて~~~」

「気が向いたら考えておきますわ。

 それで、何の話なんどす?」

「ああ、そうそう。

 前にね。私、この森来たことあるんだ。まだまだ弱い頃だったけど、勇者の武器があればかなり強くなれると思ってね。

 でもね。森に入ってすぐに見かけた魔物がさ、もうとんでもなく強かったのよ」

そう話しながら、ユリンは無意識に左肩を手で押さえていた。

その時に負った古傷をかばうかのように。

「やー、さすがに無謀だったねー。危うく死ぬ所だったよ」

「ふむ、それで?

 それだけだと、ただ強い魔物がいた、ってだけだよな?」

「うん?

 ああ、そうか。ごめん、私の言い方が悪かった。

 いわゆるボスクラスの大物がいた、ってんじゃなくてね。その辺にわんさといる雑魚クラス、って思った魔物が強かったんよ。

 あの頃より少しは強くなった今の私でも、もしかしたらまだ勝てないんじゃないか?って思うほどにね」


当時、この森はレンデヴィークへ続いていることもあり、魔王軍の中でも高位の魔物が配置されていた。万が一にも「勇者の武器」を奪われることのないように、だ。

レベルで言うなれば、40相当と言える強さの魔物たち。

まだレベル10にも満たないユリンには、全く歯の立たない相手であったのだ。


「それがさ。いざ気合を入れてきてみたら、あんなにいっぱいいた魔物が違う魔物に変わってて、しかも今の私でも勝てる強さになってて。

 それだけじゃなく、ここに向かってくる途中の魔物も、なーんか種類が変わってる気がするんだよね~」

「確かに、何かあった、といえなくもなさそうやなぁ」

「そんなに強かったのか?そいつら」

「そうだねー。まぁスライクとカキツバタだったら問題ないとは思うけど、私じゃキツイかなー?ってとこ」

「一度お目にかかってみたいもんだな」

ガチャ、と戦斧バトルアックスの柄を握りながら、スライクは笑みを浮かべる。

「ああ、いややいやや。これだから戦闘狂の野蛮人は」

それを見て、すかさずカキツバタが茶々を入れる。

「んだとぉ?強いもんと戦いたい、ってのは、戦士としては当然のことだろが」

「そうなー、そういうことにしときましょ」

「…ケンカ、売ってるよな?ん?」

「あら、脳みそまで筋肉が詰まっているとそんなこともわからへんのやな~」

「オーケー、食後の運動といこうじゃ…」

「はいはーい、ストップストップ。今はそんな話してないからねー?」

スライクは戦斧バトルアックスを両手で握り直し、カキツバタが杖を構えようとしたところで、ユリンが止めに入る。

「ていうか、人が話してる横でケンカとか、ケンカ売ってる?」


このパーティで、一番気が短いのは実はユリンだった。

魔王軍再編に伴い、ユリン一行の旅は、順調に進むのであった。

…日課のように、ケンカじゃれあいをしながら。

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