第1話-4 君の名は? SideY

「ささ、座って座って」

「ああ、すまない」

立ち話もなんだから、と、魔王マグ勇者ユリンの家に招待されていた。

質素な作りの一軒家。どうやら他には家族は住んでいないようだった。

「それにしても、ユリンさんが勇者だったとは。

 その…そんな格好をしているので、まさかそうだとは思いませんでしたよ」

「そんな格好…?

 あー、確かに勇者っぽくないですよね、これ。ふふふ」

言われて改めて、ユリンは自分の服装を見なおした。

上からTシャツにハーフパンツ、足元はニーハイとスニーカー。

なんというか、とても動きやすそうな格好ではある。ただ、武器と呼べるようなものは装備しておらず、また、防御力も皆無と思われた。

「でもこれ、実は全部勇者装備なんですよー?」

「あー…!」

「それにしても、ふざけてますよねー。「勇者のTシャツ」とか「勇者のスニーカー」とか言われてもねー。私用なんて、ヘアピンとシュシュなんですよ」

そう言って、ヘアピンを指さしながらポニーテールを揺らすユリン。いちいちしぐさが可愛らしい。

「そうだ、マグおにーさん。聞いてくださいよ。私が勇者ってわかってすぐに領主の使い、って人が来たんですけどねー。魔王討伐のためのサポート、とかいってくれたのが、『古びた銅の剣』と『旅の資金1万イェン』だけ、だったんですよー。

 完全に形だけやってみた、ですよねー。どうせ支援してもこれまでの25人と同じだろうし、ってまで言われましたよ」

「それは酷いですね」

「ですよねー。おもいっきり蹴っ飛ばしてやりましたけどっ!!」

当時を思い出したのか、話すうちに熱くなったユリンの足が鋭く動く。

なかなか腰の入ったいいケリが、危うくマグに当たりそうになる。

「わわ、ごめんなさい」

「いえいえ、大丈夫ですよ。しかし、それしか支援のない状態で、どうやって勇者装備を?いいケリでしたけど、それだけでは魔物と渡り合うには大変だったのでは?」

「ケリは関係ないですよ。というか、これは、このニーハイの特殊効果です」

「特殊効果??」

「えーっとですね~…


***


それは、領主からの使者をユリンが追い返した直後のこと。

やり場のない怒りを覚えながらも、憂鬱な気分は拭えない。

勇者になってしまったされてしまったことの不安は日に日に大きくなるばかりであった。

「はぁ…ほんと、どうしろっていうのよー。

 …おーい、神様ー?どうせ聞いてるんでしょー?というか、聞いてるわよね?ちょっと出てきなさい。ていうか、出てこい」

「お、おお……これまでにない、神使いの荒い勇者だな」

呼びかけに応えて、どこからともなく声が響く。相変わらず姿は見えない。

「ねー、神様ー。私って勇者よねー?魔王を倒さないといけないのよねー?」

「そ、そうだが…?」

「領主さんの言うこともわかるんだけど、物理的な支援が皆無とかどうしろってのよ?

というか、そもそも今の状況も全部神様のせいよね?もっとなんかないの??具体的には、武器とかお金とかないの!?」

声が聞こえた途端、ものすごい勢いで神を問い詰める勇者。もし姿を表していたら、きっと胸ぐらを掴み上げられていたことだろう。

「いや、あの、えっと、この間説明書も渡したと思うけど、特殊能力があるじゃん?」

「説明書読んだけど!なにアレ!特殊能力っていうか、もう呪いかなんかじゃないの!?」

経験の蓄積や、能力の数値化などはまだいい。何かあるごとに脳内に響く謎のナレーションも、鬱陶しいが我慢はできる。

だが、飲まず食わずでも動ける体力、一晩寝て起きれば全て治る怪我、魔王以外には殺されることのない体、など、肉体的な変化は尋常ではない。

「それに、それだけじゃ戦えないよね!?」

「キミには、ヘアピンとシュシュをあげたじゃ……」

「ヘアピンとシュシュで、どうやって戦えっていうのよーーーー!!!」

悲痛な叫びが響き渡る。周りに他の人家が少ないため、近所迷惑にはならずに済んだが、たまたま通りがかった動物が驚きの声をあげていた。

「なに言ってるのさ。

 ヘアピンは形を変えれば小型の仕込み武器になるし、シュシュは後ろからの遠距離攻撃を防ぐ特殊防具だ、って、あれ?説明書に書かなかったっけ?」

「え??」

そう答える神の声は心底不思議そうで、ユリンは記憶にある説明書の文言を思い返してみたが、その記述があったようには思えない。

取り出しテイク『勇者の説明書』」

念のため、収納庫(説明書によると亜空間らしいが、よくわからない)から取り出して見たが、やはりない。

「見なおしてみたけど、そんなことヒトコトも書いてないわよ?」

「えー、おかしいなぁ…。

 あ!そうだ!!数が多くなったから、21人目から別冊にしてたんだった!

 じゃ、じゃあ、それ読んどいてね!バイバイッ」


ボムっ


煙とともに現れる新しい説明書。表紙には『勇者装備マニュアル』とある。

「…また逃げられた」


★ユリンは特別アイテム『勇者装備マニュアル』を手に入れた。


パラパラとめくると、勇者装備とは、から始まり、歴代の勇者装備についての写真と解説が事細かに解説されていた。

最初の方こそ『勇者の武器(不定形で任意に変化するらしい)』や『勇者のバックラー』といった魔王討伐に必須と言えるようなものだったが、段々と『勇者のスニーカー』や『勇者のTシャツ』など、考えるのがめんどくさくなったとしか思えないようなシロモノばかりになっていた。

「あ、でも、ちょっと前にクロスボウがあったんだ。いいなぁ、ちょっとでも武器っぽければ、戦いようもあったのに。形を変えれば仕込み武器になる、なんてニッチすぎる…」

それでも、靴紐よりはいいか、と気を取り直してみたものの、下を見て安心してもなぁ、とそうそう前向きにはなれない。

とはいえ、何か今後のヒントになれば、と隅々まで目を通していると、ある記述が目に入った。

「あれ?これ、今どこにあるのかが書いてある。

 『勇者の武器』は、レンデヴィーク城地下宝物庫、か」

レンデヴィークとは、ユリンの住むこの村から比較的近くにある堅牢な守りで知られた大きな城だ。つい最近魔王軍に落とされた、と風の噂で聞いていたが。

「わざわざ持ってきたのかな。といっても、近ければ取りにいけるってものでもないけど」

パラパラとめくりつつ、所在地欄の確認を行う。

「うーん、さすがに簡単に取りに行けそうなのはないかー。

 …あ、これはすぐそこの洞窟じゃん。あ、これも!

 あの洞窟に何があるんだろ??

 そんなに強い魔物もいなかった気がするし、よし、ちょっと取りに行ってみようかな」


程なくして、ユリンは『勇者のニーハイソックス』『勇者のスニーカー』『勇者のTシャツ』『勇者の下着』『勇者の靴紐』を手に入れたのであった。


***


「特殊効果そのものは、使いみち次第、ってとこが多いんですけどね」

「なるほど」

聞き終えたマグは、少し難しい顔をして考えこむ。

(あれ?マグおにーさんどうしちゃったんだろう?なんか変なこといったかな)。

「なんかおかしなとこありました??」

「いやね。勇者の装備ってのは、魔王軍が管理しているみたいなことを聞いたことがあるから、大変だったろうな、とね」

「それ、実はちょっとおもしろい話があって。

 なんと、ちゃんとヘアピンが仕込み武器として役に立ったんですよ!

 ちょっと長い話になるんですけど、聞きます?」

聞く顔は、話したくて仕方がないといった様子だ。

「ほぅ。それはぜひ聞かせてほしいですね」

「よしきた!」

大喜びで話し始めようとしたユリンの目に、窓からの夕日が差し込んできた。

「あら、もうこんな時間だ。

 マグおにーさん、今日の宿とか決まってないですよね?ながーーい話もあるし、おにーさんの旅の話も聞きたいし、よかったら泊まっていってください」

「いいのかい?こんな得体のしれない男を簡単に泊めてしまって」

「あはは、おにーさん、そんな変な人じゃないですよ。って、私のカンがそう言ってます!」

宿敵である魔王なのだが、ユリンは気づく素振りもない。とは言え、当の魔王が一目惚れによって殺意も敵意も全てどこかへ落としてしまっているのだから、仕方がないとも言えるが。


――3日後。

まだ朝の早い時間、ユリンの家の前で二人は向かい合っていた。

「ありがとうユリン。とっても楽しい時間だったよ」

「こっちこそありがとうマグ兄!またどっかで会えるといいね!」

名残を惜しむ二人だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。

「そうだな、もしまたこの村を訪れることがあったら、真っ先にユリンを尋ねるよ」

「うん、待ってる!っても、もう少し装備を集めたら、旅立たないとだからいないかもだけど」

「そうか」

「うん」

しばしの沈黙。

見つめ合う二人にそれ以上の言葉はなかった。

(あ、やばい、泣きそう…)

そんなユリンの心を察したか、マグはそっとユリンの頭を撫でる。

「大丈夫、きっと会えるさ」

「うん……うん!」

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