第1話-3 君の名は? SideM

「これは…思っていた以上に田舎だな…」

転送陣から現れた魔王が目にしたのは、とてもとてものどかな風景だった。

人家らしきものは、遠目に数える程度。当然、背の高い建物などはなく、人影もない。飛んでいる鳥の方が多いくらいだ。

「さて、今度の勇者はどんなかな」

普段、魔王城か戦場かのどちらかにいることがほとんどの魔王にとって、この勇者退治は唯一の息抜きになっていた。

かつては町ごと吹き飛ばしたこともあるが、ヒヨッコの駆け出し相手には全く気負う必要もなく、また、こうるさい副官のラジーもつれず1人のんびりできる機会というのは中々ないからだ。


魔王は強大な力を持っているだけに、特殊な術式スペル護符アミュレットによって力が漏れ出ないように抑えている。

抑えている、とは言っても、元が大きすぎるだけに、対魔物用の罠や結界に反応しないわけではない。

そのため、ゆっくり息抜きするために、一時的に人間へ擬態して(めちゃくちゃ怒られるのでラジーやオババには内緒で)散策をするのがここの所のやり方だ。

「さて、この誰もいない中でどうやって探したものかな」

途方に暮れつつも、いくらか楽しそうに呟いた、その時だった。

「もしもしそこの見慣れないお兄さん?何かお困りですか?」

突然背後から声をかけられた。

「うぉぁあおあうあ!」

あまりに唐突すぎて、今まで出したことのない声が出ていた。

(全く気配を感じなかった!?いくら人間に擬態しているとはいえ、これだけ見通しがよくて、ここまで近づかれるまで気づかないとは何者だ!?)

「あああ、ごめんなさい。この靴履いてるときは気をつけないといけないんだった」

勢い良く振り返った魔王の目に入ったのは、言葉とは裏腹に悪びれているようには見えない…見えない……

(なんと、可憐な…)

魔王が恋に落ちた勇者と出会った瞬間だった。


「ん?おにーさんどうしたの?なんか私の顔についてます??」

振り向いたまま固まってしまった魔王の顔を覗きこむ勇者。

「あ、あああ、いやいやいや、大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけだ」

ぐいっと近づいた顔を直視できず、顔を逸らしながら応える。

「やー、ごめんなさいねー。あんなに驚くとは思わなくってー。てか、おにーさん驚きすぎ、あはは」

派手に驚いた姿がよほど面白かったのか、笑いを隠そうともしない。

普通ならばとても失礼な態度だが、からからと笑う姿にはどこか愛嬌があり、見ている側まで釣られて笑いが出てくるほどだ。

「そんなに笑わないでくれないか。あんなに驚くことなんてなくて、少し恥ずかしいんだ」

「あはは、ごめんなさーい。

 それにしてもおにーさん。ここらじゃ見かけない顔だけど、こんな田舎に何か御用ですか?」

ひとしきり笑って満足したのか、再度同じ疑問を投げかける。

「ああ、いや。実は、この辺りに新しい勇者さまが現れたって聞いて、会いに来たんだよ」

「…おにーさん、何者?

 まさか、魔族……」

それまでニコニコしていた表情が一瞬にしてキッと引き締まり、警戒で声も強張る。が、

「…な、わけないかー。人型の魔族なんていったら、超高位だしねー。

 本物なら、あっという間に消し炭だわ私、あはは」

すぐに緩んで元の明るい笑顔に戻る。緊張の続かない娘である。

「それに、そんな高位の魔族が、あんな…あんな驚き方しないよね!ふふふ」

「……もう勘弁してくれないか…」


そう返す一方で、ある意味正解を言い当てられた魔王は、

(明るい表情も、キッと引き締まった表情もどちらもいい…。ころころと表情が変わる所も可憐だ…。

 だが、見た目だけでなく、勘が鋭い所や周りがよく見えていて状況判断ができる所も素敵だ…。いまいち判断が甘い所も可愛い……)

完全にほうけていた。

「わ、私は勇者伝説を追っている研究者でマグという者だ。噂に聞いただけで、本当かどうかもわからないんだが、気になって来てみたんだよ」

「あ、そーなんだ。なるほどねー」

数人前からこの設定で話していたが、こうもあっさり信じられたのは初めてだった。

「それで、君の名は?」

「よろしくマグおにーさん♪

 私はユリン。お探しの勇者だよ♪」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る