第1話-2 勇者システム SideY

気が付くと、真っ暗な所に立っていた。

いや、これは本当に立っているのだろうか?

なにしろ真っ暗で何も見えないので、もしかしたら落ちているのかもしれないし、寝ているのかもしれない。

ああでも、背中に何も感じないので寝ているのではないかな。

落ちている風でも…そういえば落ちたことないから、感覚がわからない。


「…リン……ユリン……」

(さて…この状況は、夢、かな?)

あまりにも現実離れしすぎていたせいか、元来の図太い神経によるものか。

完全な闇の中にいながら、ユリンは至って冷静だった。

「ユリン……ユリン……」

(うーん、きっとこの何故か私の名前を呼ぶ声に答えないと進まない気がするなー。やだなー、相手したくないなー…)

「…ちょっとー?もしもーし?気づいてるよね?絶対気づいてるよね??その上で無視とかやめてくれないかな?ボク泣いちゃうよ?」

あまりにユリンの反応がないためか、神秘的な雰囲気で語りかけていた声は一転、情けない響きへと変わっていった。

「はいはい、聞こえてますから、なんですか?なんか用ですか?私の夢なんだから用がなければ大人しく出ていって欲しいんですけど」

「あ、はい。すいません。いや、そうじゃなくて!

 あれ~?おかしい、今までこんな反応した子いなかったんだけどなー」

「というか、そもそもあなた誰?誰の許可で人の夢に出てきてるんですか?」

「うわ、怖いよ、この子怖いよ!」

ユリンとしては、普段から「清楚で優しい」をウリにしているだけに、この反応は不本意であり、不愉快であった。

それゆえ、さらに険しい声になっていたのだが、当の本人は全く気づくことはなかった。

「で、用がなければ、とっとと帰ってくれませんか?私、夢見てる暇があったら、ゆっくり寝たいんですけど」

「わわわ、用はあるよ!あるから来たんだよ!

 …んおっほん。えっと、気を取り直して。

 ユリン、キミはこの世界の危機を…」

「あ、すいません。初対面でいきなり呼び捨てとかやめてもらえませんか?

 そもそもあなた誰ですか?まずは名乗るのが常識じゃないんですか?」

なんとか威厳を保とうと、気持ちを新たにした謎の声だったが、あっさりと遮られてしまう。

「…おかしい、これまでの25人はこんな反応じゃなかった…ボク、神様なのに!」

「25人?神??

 げ、もしかして私勇者に選ばれたですか?」

「そう!その通り!ユリン…さん、話が早くて助かるよ」

「お断りさせていただきます」

「そっかー、お断りかー、そうだよねぇ、最初はびっく…ええ!?!?お断り!?

 なんで?勇者だよ!特別な力を手に入れられるんだよ!?」

25人の勇者、と言えば、この世界で知らない者はいない。もちろん、その末路も含めて。

「なんで、って言われましても。これまでの25人がどうなったかを考えたら、なんにもいいことがないじゃないですか。

 特別な力を得た所でお金が稼げるわけじゃないし、魔王軍に狙われる生活なんてごめんですよ」


それもこれも一番最初の勇者バカが悪い、というのが世間の認識だ。

しっかりと記録を紐解いてみれば、初代勇者は王国騎士団に所属し、将来を嘱望されるほどの能力を持っていた、らしい。

加えて、魔王討伐においても、言われているような「勲功に逸った勇者の単独先行」ではなく「王国騎士団による総攻撃だった」というのだから、彼のせいだけではないはずなのだが…。

世間にとって最も重要なのは、真実かどうか、ではなく、責任を押し付けられるかどうか、なのだ。


「そんなこと言われても、もう決めちゃったし、この決定は変えられないから。

 じゃ、そゆことでよろしく!」

「ちょ、ちょっとちょっと!なにその丸投げ!

 『変えられないから』って、勝手にきめんな―!」


ちゅんちゅん…


次の瞬間、暗闇が晴れたと同時に、ユリンは自室で目を覚ました。

「…ううぅ、変な夢みた」

「夢じゃないよー。ユリン…さんのための特別アイテムと勇者の能力についての説明書置いといたから読んどいてね♪」

「…あー、聞こえない聞こえない…」

思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られながら、ゆっくりと体を起こす。

果たして、神の言う特別アイテムと説明書は枕元においてあった。

眠たい目をこすりつつ、そのアイテムを手に取る。


★ユリンは特別アイテム【勇者のヘアピンとシュシュ】を手に入れた


その瞬間、脳裏に謎のファンファーレと共にそんな言葉が聞こえてきた。

(…気のせい、だといいなぁ…)

そう思いつつ、続いて説明書を手に取る。


★ユリンは特別アイテム【勇者の説明書】を手に入れた


気のせいではなかった。

「……神殺し、って、どうやったらできるんだろう…」

ヘアピンとシュシュを見つめながら、思わず物騒なことをつぶやくのだった。


「しかし…」

勇者の、と名がついているものの、一体このヘアピンとシュシュに何を期待すればいいのだろうか。

とても特別な力が宿っているとは思えないし…宿っていた所で、役に立つとも思えない。

(そういえば、一つ前の勇者は【靴紐】だったんだっけ。

 それと比べれば、多少はマシに思えて…こないなぁ。はぁ…)

ため息ひとつ。ふたつ。みっつ…。

肺の中の空気を全部吐き出すのでは?と思われる長い長いため息。

一瞬の間をおいて、顔を上げたユリンの表情は、心なしかすっきりしたように見えた。この切替の速さも、ユリンの取り柄の一つと言えるだろう。

「しょうがない、とりあえず説明書だけでも読むかな、っと!」

そう言って勢い良くベッドから降りると、机に説明書を投げ置く。


【勇者の説明書】

●勇者の能力1:経験を【力】に変えることができる。

 経験を積めば積むほどに【力】が蓄積していく。一度蓄積したものは、特別なことがない限り失われることはない。

●勇者の能力2:魔王以外の魔物からの攻撃で死ぬことはない。

 魔王を倒す事ができるのは勇者でしかないのと同時に、勇者を倒すことができるのも魔王のみである。他の魔物からの攻撃でいかな大怪我を負おうとも、決して死ぬことはない。

●勇者の能力3:勇者専用アイテムを装備することができる

 自身が神より得たアイテムでなくても、過去の勇者が与えられたものも装備可能

●勇者の…


「……神殺しって、どうやるんだろう……」

そっと説明書を閉じ、先ほどと同じ呟きを漏らすのであった。

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