第1話 魔王みーつ勇者

第1話-1 勇者システム SideM

10年前。

それは、まだ勇者ユリンが勇者と呼ばれる前のこと。

それは、まだ魔王が世界の全てを手に入れる前のこと。


王都グランベルグの中心に位置する、ヴァッシュファイン城。

千年の平和を築いた聖王国の象徴であった城は、ゆえに魔王軍によって最初に落とされた。

白く輝いていたその姿は見る影もなく、闇を凝縮したような深い黒に沈んでいた。


「これは…”勇者”のシルシ…」

玉座の間に、しわがれた声が響く。

魔王軍に古くから仕える、運命とき詠みの占い師の声だ。本当の名前はすでに誰も知らず、誰からもオババと呼ばれている重鎮である。

「魔王さま!!ここより遥か東方へ離れた地にて、”勇者”が現れたようですじゃ!」

「はぁ、勇者ねぇ」

「なーにを呆けた声を出しておりますか。このオババが言うのです、間違いなく魔王さまを脅かす勇者の出現ですぞ!?」

玉座に腰掛けたまま気の抜けた返事をする魔王に、オババが吠える。

「あーいや、オババの言うことが信じられないというのではなくな。

 …なぁ、ラジー。これで何人目だ?」

魔王は気のない雰囲気はそのままに、脇に控えた副官へ話を振る。

「そうですね。

 確か、26人目ではなかったかと」

「はぁ…もう、そんなになるのか」

「だーからといって!放っておいていいという話ではありますまい!!」

オババはこの気怠げな会話が気に入らないらしく、さらに声を荒げて吠え立てる。

「わかってるわかってる。ちゃんと対処はするさ。

 あー、えっと。そう、そうだな。対策考えるから、オババは外してくれるか?」

「ちゃんとなされませよ!!まったく、いつになったら先代に…」

まだ何か言い足りないという顔で、最後にもう一吠えしてから玉座の間からオババが退出した。

「オババからしたら、俺はいつまでも子供なのだな」

「あれで魔王さまのことを、誰よりもよく見ていらっしゃいます」

「わかっているさ。

 しかし。あの、勇者システムというのはどうにかならんものか」

「勇者の”シルシ”、ですか?」


魔王が人間界を侵略し始めてから、定期的に”勇者”と呼ばれる人間が現れるようになった。具体的な仕組みは全くわかっていないが、魔王を倒すことのできる唯一の人間、という話だ。

ただ、魔王を倒せる、というだけで「必ず倒せる」というわけではない。力が足りなければ、絶大な力を持つ魔王の前にはひとたまりもない。

魔王にとって幸運だったのは、それを勘違いした初代勇者が、勇者の力をよく理解しないまま挑んできたからだ。勇者という存在を知らなかった頃だけに、あやうく倒されていた可能性もあった。

「やれやれ、危なかった。まさかそんな人間があらわれるとは」とホッとしたのも束の間、新しい勇者が現れた。まさかふたり目が出てくるなんて、と、難なく2代目を退けたが。

しばらくすると、3代目を名乗る次の勇者が。

その勇者を倒すとまた次、またまた次…そして、ついに26人目となったのである。


新たな勇者が目覚めると同時に、勇者にのみ装備をゆるされた特殊な装備が現れることがわかった。

魔王軍では、いつしかその装備を”シルシ”と呼び、一連の仕組みを”勇者システム”と呼ぶようになっていた。


「そう、それだそれ。

 最初の頃は、剣とか鎧とかそれなりの装備だったから、倒すついでに奪っておいてたが。最近のはなんなんだ?」

「確か、一番最近のが……靴紐、でしたな」

「…それのせいで、足鎧がつけられずにスニーカー履きだったな、あの勇者」

「念のため、倒したあとに奪っておいてますが」

「何故か何をやっても壊れないしな。だからといって次代勇者の手に渡すわけにもいかんし。

 ガラクタコレクションになりつつあるよな、あれ」

「ですな」

ふぅ、思わず漏らした二人のため息が、玉座の間に響くのであった。


「さて、オババがうるさいからちょっと行ってくるかな」

「わざわざ魔王さまが行かなければならないのも、ご面倒ですな」

「勇者にしか魔王は倒せないが、逆に、魔王にしか勇者が倒せない、だからな。

 …ほんと、あの勇者システムってのは、どうにかならんものか」

「近場の者を向かわせて、瀕死までしておきましょうか?」

「いや、どうせ駆け出しのヒヨッコだ。すぐに終わる」

「かしこまりました。では、転送陣を用意いたしますので少々お待ち下さい」

魔王軍にとって、勇者システムはすでに崩壊しているシステムだ。

最初の頃こそよくわからずに苦労することもあったが、ここ最近はオババの予言に従って出現がわかるようになり、力を付ける前に速攻で倒すようになっていた。まるでモグラたたきである。

それでも飽きずに新しい勇者が現れてくるのだから、このシステムを作った何者かは相当頭が悪いと思われる。

「魔王さま、準備が整いました」

「では、行ってくる」

青く輝く巨大な魔法陣の中心から、勇者が現れたと言われている地へ。

まばゆい光とともに魔王は消えていった。

「いってらっしゃいませ」

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