俺にふさわしい世界がどこかにあるはずだ
@minamizaki
はじまり
俺は普通の高校2年生だった。
もちろん平均よりちょっとはマシな顔をしてるはずだ! とか、服のセンスはそれほどないとか、試験で1、2科目ほど赤点を取りそうになったとか、いくらでもそういうことはあるけれども、そういうのは全部普通の中に入れていいことだと思う。
全部が全部平均的な人間なんていたらそれこそ普通じゃない。
そんな俺でも普通といえないところがある。
異世界モノをこよなく愛していることだ。異世界モノには夢がある!
ロマンがある! 他にも色々ある!!
そういう俺なので、街に行った帰りの電車の中でスマホをいじって、ネットオークションで「異世界」と検索して、何かいいものがないか見ていても不思議ではないはずだ。
ただ、そのリストの中に文字化けして読めないものがあり、それを普通にタップして見てみようとしたのはどうかしていたと言わざるをえなかった。
スマホの画面を見つめていても、トンネルに入ればトンネルに入ったなと気付くように、あきらかに自分が電車の中じゃない場所に来たことに気付いて、俺は慌てて周りを見回した。そこに床の感触はあるけれど床は見えなかった。同じように壁や天井も見えなかった。遥か彼方に星雲のようなものがたくさん見えるけど、普通に考えて星雲がそんなポスター写真のように大きく見えるはずがない。俺は不安と共に少しだけ期待を持ってその場所に立っていた。
「ようこそ、勇敢なる旅人よ」
声のした方へ振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
かなりのイケメンの青年で、その恰好はまるでルネサンスの絵から飛び出たようで、背中に羽が生えていても不思議ではない雰囲気を持っていた。
声もやわらかく、やさしかった。
「あなたはあなたの望むどんな世界にでも行くことができるのですよ。さぁ、どんな世界に行きたいのか、おっしゃってください」
よく考えたら、いきなりこんなことを言われたんだから、怪しんだりするべきだったかもしれない。だけど突然やってきたビッグチャンスを、余計なことを言ってふいにしたくはなかった。それに異世界モノというのは、これくらい唐突な始まり方をすることだってあるだろう、という思い込みもあった。そこで俺は普段から思ってたことを、つい口走ってしまったのだ。
「俺TUEEEEEEEな世界に行きたい!!!」
「うけたまわりました。それではどうぞ楽しんできてください」
そんな簡単でいいのか? と思う間もなく周りは見る間に変わっていった。
そして俺の異世界を巡る旅がはじまった。
そこは草原が広がっていた。草原というよりは野生化した芝生という感じだった。ところどころに木が生えていた。茶色に見えるのは土が出ている場所だろう。他に何かないか首を振ってみると、遠くで何かが動いているのが見えた。
それはこちらに近づいてきていた。だんだん大きくなっていき、それがどういうものかわかった時、俺は急いで逃げるために走り出していた。それは大型肉食恐竜だった。
ただ俺の知ってるようなのと違ってたのは、全体に赤く、頭にとさかのような羽があることだった。
走り出してすぐに気付いた。俺の走るスピードがありえないほど速くなっていた。
まるで車のように速いと思った。このスピードで転ばないように走るのは大変だったが、それでも少し余裕が出てきたところで後ろを振り返って見てみた。
だが、あいつをそれほど引き離せてはいなかった。昔図鑑で見た野生動物のスピードランキングを思い出した。あいつは恐竜だけど、一歩がでかい上に野生だ。車くらいのスピードがあってもおかしくない。あいつを振り切れないまま走り続けないといけないのか。
でも待てよ。走るのがこれだけ速くなったってことは俺は全体的に強くなってるってことじゃないのか。確かめなければ。でも、さすがに恐竜相手にいきなり殴りかかるというのは怖すぎる。あいつの並んだ尖った歯で噛まれたら確実に死んでしまう。
そうだ! 石をぶつけてみよう。遠距離攻撃で様子を見てやる。
走りながら手ごろな石を見つけて拾い、覚悟を決めて立ち止まり、振り返って石を思い切り投げた。石はスピードを落とすことなく恐竜の体に埋まった。少し走るスピードが落ちた気がした。これは効いてるかもしれない。また走って石を拾って投げる。これを繰り返す内に恐竜の足は完全に止まった。
ここでやっと少し考える余裕ができた。この世界はやばい! これからどうしたらいいんだ! とりあえず、あいつはどうするのがいい? 正直こんな怖いものとはもう離れたいけど、また追いかけて来たらどうする。その時俺が寝ていたら……。それにこんな場所で何か食べ物が見つかるだろうか。嫌だけど、とどめを刺すしかないのか。生で食べたくはないから火も用意しないと。
そこで木のそばへと走っていった。振り向いて見たらあいつは倒れていた。少なくともこの世界で俺は間違いなく強いようだ。これならひょっとして……。俺は手刀で木を切り倒した。そして木を持って戻った。恐竜のそばまで行くと尻尾を振ってなぎ払おうとしてきた。俺は木で応戦した。葉っぱをまき散らし枝を折りながら打撃を叩き込んでいった。
ようやく恐竜を倒した俺は食事の準備をはじめた。さっきまで武器だった木を手刀で薪に変える。尻尾のよさそうな部分を手刀で切り分ける。木と木をこすり合わせて火を起こすのも今の力なら一瞬だった。焼きあがるのを待つ間、俺は水と寝る場所のことを考えずにはいられなかった。
食事を終わらせた俺は、このあたりで一番高い丘の上に登ってみることにした。周りの地形を把握して、これからのことを決めるつもりだった。
走れば速いし疲れないので、すぐ着いた。近くには池もあったし、遠くには川と森があるのが見えた。川の近くなら人が住んでるかもしれない。
俺は川を下流に向かって進むことを決めた。
明日から出発することにして、今日どこで寝るのがいいのか、俺は考えた。恐竜が火を怖がるのなら、池のそばでたき火でもして寝てもいいかと思ったが、そんな情報は見たことがなかった。木の上で寝るというのも、自信がない上に恐竜より大きそうな木が見当たらなかった。隠れることができそうなものは森しかなかったが、森の中がどうなっているのか今から確かめるのも嫌だった。結局思いついたのは穴を掘って隠れて寝ることだった。今の力なら簡単に大きな穴を掘ることができた。こうして土まみれの気持ち悪さを感じながら、冬眠する熊のように俺は眠りについた。
目覚めた俺は川に向かって出発した。川に沿って続いてる森はジャングルだった。歩きやすい獣道を選んで歩いていたが、なかなか川にたどり着けない。迷った俺は木に登って川の位置を確認することにした。上の方まで登っても他の木が邪魔でよくわからない。そこで一度降りて、周りの木をぐるっと倒していった。もう一度登って川のある方向を確認した俺は、迷わないようにさっき倒した木をその方向に合わせて置いた。そしてその先を切り開き、木をつないで目印の道を作っていった。
やっと川にたどり着いた。大きな川だった。川岸にまで木が生えていて、川沿いを歩くのは面倒そうだった。そこで丸太にまたがって川を下ることにした。そろそろ食事のことを考えないといけなかった。
この川に魚はいるだろうか? いるとして、どう捕まえればいい?
釣り、網、素潜り、どれも難しそうだった。考えながら川を下っていくと、木になってる果物を猿が食べているところに遭遇した。俺は岸に上陸して、その見たことない果物を食べた。甘かった。これを持っていこうと決めた。そのためには入れ物といかだくらいは必要だと思った。
木と丈夫そうなツルでいかだを組み、泥を探して土器を作ってみた。
いかだの周りに柵として木をぐるっと突き刺して、いかだの上でその日は眠った。
こうしてようやく、この世界での生活のパターンがつかめてきた俺は、森の恵みをいただきながら、町か村、せめて家か人間が見つからないかと、川を何日もかけて下って行った。
何日たったのか日付の概念がなくなっていった。髭だけはその長さで、嫌でも時間が流れていってることを思い出させた。いかだの上でぼーっと周りを見つめても、食料になるようなものしか見つけることはなかった。
ついに誰にも会うことなく、海にたどり着いた。浜辺に上陸した俺は、これからのことを考えた。この地に人がいる可能性を信じて、海岸沿いを歩いて行くべきか、ここには誰もいないと判断して、海に向かって行くべきか。その時、頭の中に声が響いた。
「このまま旅を続けますか?」
俺はあたりを見回した。だが、誰の姿も見えなかった。
「このまま旅を続けますか?」
また声がした。俺はこの声を聞いたことがあることに気付いた。
そうだ! 俺をこんなところに連れてきた男だ!
ずっと使わなかったせいで、すっかり出し方がぎこちなくなった声を振り絞って、俺は言った。
「もういい。戻してくれ」
周りの景色が段々変わっていった。あの宇宙の部屋になっていくのを見て、俺は野生の脅威から解放されたことにホッとして、緊張が抜けていくのを感じた。そして今まで押さえつけていた感情が爆発しそうなほど膨らんでいき、目の前に再び現れたこの男に何を言ってやろうかと、頭の中はひさしぶりに色んな言葉で渦巻いていた。
「お気に召しませんでしたか?」
「当たり前だ! なんだあの世界は!」
「お望みの俺TUEEEEEEEな世界ですが」
「いや、確かに俺強かったけど、俺しか人いないじゃないか! 他の人とくらべて俺TUEEEEEじゃないと意味ないだろうが!」
「それでは人がいて俺TUEEEEEな世界ならよろしいのですね?」
「ああ」
「うけたまわりました。それではどうぞ楽しんできてください」
「えっ⁉ ちょっ」
俺の周りの景色はまた変わっていった。
俺にふさわしい世界がどこかにあるはずだ @minamizaki
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