第十章 平凡と非凡の決戦、そしてすべてが動き出す 前編

 墜落した飛行機から、一人の少年が飛び出す。

 彼の名は志度雨緒——この一年間、ずっと眠っていた少年。そして、晶や祭理が、目覚めさせようと努力を積み重ねた人物でもある。

 雨緒はよく見知った二人とその肩に担がれた見知らぬ女子の——ちょっと下着見えてるけどこれは不可抗力ってやつだよな——姿を視界にいれ、まずは晶に向かって、ここにくるまでずっと胸の内で温めてきた、大切な一言を告げる。

 偶然なのか必然なのか、まったく同時に晶も口を開く。


「晶お前、なんだよ金髪をずっと維持する魔法って!? ふざけんなどうしてくれるこの頭っ!」

「なんで勝手に目覚めてんだよこの唐変木っ、しかもその飛行機に乗ってきて案の定墜落するとか、ボクたちを殺す気なのっ!?」

「「目を覚ましたことの何が良いじゃん別に金髪くらい悪いってんだこっちの世界じゃその色のそれより戦争だって聞いてほうが普通だってそんなことよりなんで飛行機急いで飛んできたっていうのになんか使うんだよそれミサイルその言いぐさなんだからねはよ」」


 ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ。

 雨緒も、晶も、相手の言葉をまったく聞く気のない一方的な文句を言いつのるものだから、二人の会話が完全に混ざってしまった。


「喧嘩するほど仲が良いっていいますよねえ〜」


 のほほんとした表情で祭理がそう言うと、


「「仲が(仲なんて)良いわけない(良くない)!!」」


 完全にハモってしまう二人だった。

 流石に、なんだか恥ずかしくなってきた雨緒が視線を外すと、晶も同じように思ったのかこれまた視線をそらす。そして、少し経って雨緒は仕切り直すように二人に話しかけた。


「……二人とも、元気だったみたいだな? 戦争だって聞いたから慌てて飛んできたんだぜ」

「ええまあ、なんとかかんとか無事でした〜」

「雨緒が来てくれたって、別にどうにもなんないじゃん」


 のんびりした祭理と、まだ膨れたままの晶。

 目を覚ましたら、一年経っていたというのに、二人はほとんど変わっていなかった。違いはといえば……。


「なんかコスプレみたいな格好だなあ。祭理のそれはローブってやつか」

「砂漠だと結構暑いんですよねえ〜。日差しが直接当たらないので日焼け対策にはいいんですけど〜」

「で、晶は……なんかアフリカに観光にでも行ったのかって感じだな。魔法使いになったって聞いたけど、それっぽいのは杖だけかよ」

「別に、魔法使いだからって、マントじゃないといけないとかないし」

「……って、お前、ずいぶん髪伸びたな。だいぶ女の子っぽく見えるぞ」

「え、あ……うん、ま、まあそうかな? それより雨緒、それ、やっぱ手から離れないの?」


 晶が指さしたのは、雨緒が握る黒剣——エンヘリアルだった。


「いや、そんなことないぞ、ほら」

「ちょ、やめてよ」


 エンヘリアルの柄を逆手に握り直して、柄を差し出すが晶は触れようともしない。


 ——なあ、こういう反応は少し辛いものがあるんだが。

 ——うるせえ、黙ってろ。

 ——いいのか? 俺が手を貸さないとお前一人では奴には勝てんと思うがな。

 ——奴? って誰だ?


「やれやれ、次から次へと日本人だな……貴様も俺の邪魔をしに来たのか?」


 墜落して建物をぶち抜いている飛行機の尾翼の向こうから、一人の少年が姿を現した。


「誰だお前……って、あ、あんときの奴じゃん」

「え、なんで雨緒がこいつ知ってるの?」

「いや、何言ってるんだ晶……ほら、こないだの修学旅行で、外人に道案内してくれたやつだろ。イケメンイケメンって言ってたのお前じゃん」

「修学、旅行——?」


 目を閉じて記憶を辿るそぶりを始めた晶を見て、雨緒は隣の祭理に視線を移した。が、彼女も特に記憶はしていないようで、小首を傾げていた。


「……あ、そうか。一年経ってんのか」

「——ああ、あの人! そっかそっか、そういや同じバスだったっけ」


 晶や祭理の反応から雨緒がその理由にたどり着いたのと、晶が記憶を蘇らせたのはほぼ同時だった。


「そういうこと。……と、悪いな、こっちの話ばっかで。俺は特に邪魔しにきたつもりはないんだけどさ……っていうか、お前らどういう関係なんだ、このイケメンと?」

「さっきまで戦ってたんだよね」

「そうです〜」

「……へ? なんでまた?」

「それはこのアイシャさんが……あれ?」


 祭理は肩に担いだアイシャの顔を見て、再び首を傾げた。


「おい、よく見たら泡ふいてんぞ、その子……」

「あらら。って、さっきの飛行機激突のせいでしょ、雨緒のせいだよ」

「何でだよ……って、言い訳だけどさ……操縦方法が魔力で操作するしかないんだよあれ、これまで使ったことないし、どんな無理ゲーだよ。完全に壊しちまったなあ……ってか、壊した家、中に人がいたりしないよな?」

「とにかく、アイシャさんには回復魔法をかけておきましょう〜」


 祭理が二言三言囁くと、淡い緑の光が褐色肌の巨乳少女を包んだ。祭理に抱えられているからか、立派な双丘がまるで下向きのロケットのように突き出ているのを雨緒は見逃さなかった。そこに晶の咳払い。


「うぉっほん。で、さっきの話なんだけど」

「あー、そうだった。こいつとなんで戦ってたんだっけ? っていうか戦いってマジバトル? ガチな奴?」

「そうだよ——」

「——おい、そこの馬鹿ども」


 割って入った声に、雨緒は視線を動かした。

 その先では、左手に白い剣をぶら下げた少年が、しかめっ面でため息を吐いていた。そんな表情でも十分に美形の哀愁的なオーラが漂う辺り、なんともいけすかないやつだと感じる。


「あ? 馬鹿ってのは俺たちのことか?」

「語るまでもないだろう、愚鈍」


 滑らかな罵倒が端正な口元から紡ぎ出されて、雨緒も渋面になる。


「なんだこいつ、こんな顔して中二病なのか?」

「中二病——だと?」


 ぎしり、と空気がきしんだ。

 もちろんそれは錯覚だが、少年が発した空気に晶と祭理は緊張する。


「ちょっ、雨緒、見知らぬ他人にそういうこと言うのはさ」

「うん、まあそうか……つっか、お前、名前はなんていうんだっけ? 俺は雨緒だけど。志度雨緒」

「貴様に名乗る名などない……と言いたいが、先に名乗る程度の礼儀はあるようだな。俺がローデシア聖王国の聖剣の勇者、神薙零士だ」

って」


 雨緒のメンタリティは、一年間眠り続けていたせいもあって、晶や祭理とは違うものだった。この世界の常識が分からないのである。現代日本人の感覚で、高校生が自分を「聖剣の勇者」などと名乗る滑稽さに頬が引きつった。

 思わず吹き出しそうになりつつも、なんとか堪える雨緒。

 だが、唇をぐにぐにとアヒル口のようにしながら、ぷるぷる肩を震わせていたのでは誤魔化しにはなっておらず。

 傍目には笑っていることが見え見えだったようで、零士が硬い声で言った。


「何がおかしい……脳天気な痴れ者め」

「ぷはっ」


 雨緒はとうとう吹き出した。

 

 なんだこいつの話し方は。これでも現代の高校生なのだろうか。


「痴れ者って、時代劇の人かよ?」

「もういい殺す」

 

 雨緒と零士の間の距離はほんの十数メートル。

 日本の常識でなら、突然頭のネジが吹き飛んだことを言い出した零士に、雨緒はついていけなかった。

 脳裏にはてなマークを浮かべている間に、地を滑るように駆ける零士が長い距離を一瞬で詰めてきた。


 ——おい、ぼけっとしている場合か。やられるぞ。


 エンヘリアルが脳内に直接伝達してくる情報に、雨緒は剣を持った拳を顔より上に跳ね上げた。身体の前に下向きにかざされた刀身が、零士が振り下ろした白剣を受け止める。弾ける火花。


 ——聖剣という名で、もしやそうではないかと思っていたが、やはりそうなのか。

「やっべ」


 独りごちるようなエンヘリアルの反応に対して、雨緒は明らかに動揺していた。

 まさかこんなにキレやすい奴だとは。

 目の前で絡み合う刀身が、零士の膂力で押し込まれてこちらに近づくにつれて、背中を流れる冷や汗の量が増える気がする。


「こなくそっ」


 奥歯を噛んで、全力で弾き返すと、二人の剣と剣が離れて距離を取る。

 が、そんな時間は長くは続かない。再び切り下ろされた聖剣を、雨緒は黒剣——エンヘリアルを振るって弾く。

 薙ぎ払いを防ぎ、袈裟斬りを捌き、小手打ちを回避する。


「おお? 戦えてるな俺? でもまじ怖えんだけっ、ど」

 ——この一年で脳に剣技の類は一通り叩き込んであるし、筋肉や神経といった身体組成も一通りは作り替えてある。雨緒、今のお前ならこの国一番の剣士と戦っても引けは取らないはずだ。


 火花の舞い散る剣技の応酬を続けながら、雨緒はエンヘリアルの声を聞く。

 巻き打ちを絡め落とし、地面の近くから舞い戻ってきた跳ね上げの剣閃にも、素早く対応する。


「マジかよ俺強え」

 ——だが、油断は禁物だ。あれがこちらの思っている通りの、我々の世界の兵器だとしたら——来るようだぞ。まずは近寄らずに観察しろ。


 後ろに短く飛んで距離を取った零士。雨緒もエンヘリアルの指示に従って距離を取る。

 位置取りは、祭理と晶とは少し距離を置いたところ。当然だ。

 するとすぐに、零士の携えている聖剣が光り始めているのに気づく。色のない真っ白な輝きが刀身から溢れて、徐々に強くなっていく。


「なんだあれ」

 ——周囲の魔素因子マナファクターに干渉して、エネルギーを増幅・収束して撃ち出すタイプだな。ありきたりだ。問題ない。

「何言ってんのかさっぱり分かんねえよ、なんだっけ、論理魔導理論だっけ」

 ——なんだその新聞紙みたいな名前は。理論上可能な魔素因子を用いた導力送出と変換に関する論考、のことか。妙な省略はするな。

「覚えられねえって、長すぎるんだよ」

 ——素直に、魔法を科学的に実現する方法だと思っておけと言っただろう。そろそろ来るぞ。やつが撃ち出す放出波が来たら、俺を前にかざすんだ。それだけでいい。驚いて取り落としたりするなよ。


 なんてこともないと主張するエンヘリアルに宿った主の言うことを信じて、へいへい、と頷きながら——それでも背中は恐怖で汗びっしょりだったが——雨緒はタイミングを見計らう。

 ため息を吐くと無駄に弛緩してしまう、と雨緒が短い呼気を繰り返していると。

 零士が、溢れる光で直視することすら難しくなった白剣を持ち上げる。

 黒剣を正眼に構えて待ち構えている雨緒に、嘲笑めいた笑いを見せて、零士が剣を振り下ろした。距離は十メートルほどはあるので、当然その剣閃は雨緒には届かない。

 だが、溢れ出した光は違った。

 それ自体が巨大な剣だとでも言うように、雨緒の胴体と同じ程度の幅がある光束が、大きな弧を描いて雨緒に襲い掛かる——!


 ——切り裂けっ、出来る!

「ひえぇぇっ」


 やばいと思って避けようとした雨緒にエンヘリアルからの声が届いて、恐怖に身震いしながらも雨緒は光束に向かって黒剣を振り下ろした。

 。 

 剣の届かなかった上下の光条が、上はどこかの建物の屋根を吹き飛ばし、下は地面をバターのように切り裂いて見えなくなるまで大地に埋もれていったが、肝心の雨緒には傷一つ無い。

 

「へっ、見たかっ!」

「……あの〜、さっきの悲鳴がまだ耳に残っているんですが〜」

「雨緒らしくて安心したね」


 ふんぞり返る雨緒に、同級生の女子たちからのツッコミが入る。

 だが、自信を持って放った一撃を防がれた当の零士は、目を瞠って雨緒の剣をじっと見つめていた。


「貴様、その剣は一体——?」


 ——黙っとけよ、雨緒。まだ俺のことは秘密にしておきたい。奴の剣の出所が気にはなるがな……単にニーナ辺りが残したものの一つかもしれんが、しかし……。

「別に、その辺で拾ったやつだよ」


 エンヘリアルがそう告げてきたので、雨緒は適当に言葉を濁すことにした。しかし。


「えっ、雨緒のその剣って、アカデミーの地下の倉庫にあったやつだよね?」

「ちょっ、晶。お前余計なこというなって」

「えっ……あっ」


 ようやく事情を推測したのか、まずった、という顔をした晶。

 ため息を吐いた雨緒に、少し経ってエンヘリアルが同じようにため息の気配を雨緒の意識に直接飛ばしつつ、揶揄を始める。


 ——まあ、それぐらいなら別に構わんだろう。……しかしお前ら、とにかく緊張感に欠けるよなあ。お前らの世界のやつはみんなそうなのか? んん?

 ……いや、みんなってことはないけどさ。まあでも高校生なんてこんなもんだろ、普通。

 ——やれやれ、なんとも平和な世界で育ったんだな。まったく。


 そしてエンヘリアルは、呆れたと言わんばかりのうなり声を、律儀にも念話テレパシーで伝えてきたのだった。

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