第九章 砂漠の国の攻防戦、彼の聖剣使いに慈悲はなく 後編

 男の一人が、抜き身の剣を手に、祭理へと正面から飛びかかってきた。

 鋭い剣閃だが、受けられないほどではない。槌矛メイスのいいところは、受けの角度を気にしなくていいところだ。進路を妨害するように、とにかくかざせばいい。

 受け止めた刃が強く押し込まれる。普通の膂力ではない。

 異界人の膨大な魔力がこもった呪歌で強化されている祭理ほどではないが、かなりの力だ。

 力任せに払いのけて、今度は祭理の方から一撃。

 全力で横に振るった槌矛メイスによって、剣がはね飛ばされる。しまった、と表情に浮かべた顎に傷を持つ男に、往復の一撃を加える。手加減はしたが、頭部を野球バットなんかより遥かに大きくて重く、しかも金属で補強されている槌矛で殴られた男は、一瞬で昏倒した。

 時を同じくして。

 アイシャが短弓から放った矢が、一人の男に防がれたかに見えた直後、晶が放った火球ファイアボールが、そいつを含めた二人を弾き飛ばした。

 転げ回って、服に付いた火をなんとか消し去ろうとしている彼らには、少し同情めいた想いを抱く晶だった。

 そうして、残った敵は二人。

 エリオットとか呼ばれた少年と、自分たちと同じく日本から来た少女——亘理瞑わたりめい

 総勢十人の相手と晶たちは三人で戦うことになったのだが、敵が多かった序盤は少し苦戦したが、中盤以降は圧倒気味だった。

 そうなった原因は実にシンプル——。

 

「何をしているのか知らないけど、止めさせてもらうよ?」


 晶が、瞑とエリオットに告げる。

 エリオットはともかく、謎の魔導具を持つ瞑がいる限り戦いは厳しい。それが最初の予想だったが、実際には二人はまったく戦いに加わらなかったのである。

 彼女たちは、激しい戦闘が行われる中、少し離れた位置で地面に線を引いていたようだった。一度、妨害しようとしてみたが、無頼男たちが身を挺してそれを阻んだ。そして、そんな余計なことをしたのが良くなかったのだろう。アイシャが山賊めいた連中の一撃を食らいそうになった。

 何か深い意味があるに違いないが、先に男たちを片付けることを選択せざるを得なくなったのである。

 だがそれももう終わり。正味十分もかからなかった戦闘はあっさりけりがついた。

 街は戦場になっていたが、主戦場はこの辺りではないようで、友軍にしろ敵軍にしろ追加の兵は現れていなかった。

 後は二人をとっちめてやれば、ひとまず解決するはず——


「残念……少し、遅い。励起せよ、異界門ゲート


 だが、準備が済んだのは瞑の側も同じだった。

 本を片手に、短い呪文を唱える。

 すると、黄金色の光が、地面に引かれた線から吹き出した。


「また、知らない魔法——!」

 

 輝く線は複雑な図形を描いている。文字のようなものも多数書かれている。ゲームなんかで見る魔法陣らしいものだが、うなった晶はもちろん、祭理にもこういう魔法の知識は無い。

 ものではなかったか——。

 吹き出した風に、そこにいる全員の服がばたばたと音を立ててはためく。

 ごろごろと倒れ伏した男どもが転がっているが、陣はそんなことは意に介さず、光を中央に収斂させていく。

 直視するのが困難なほど、まばゆく輝く。

 晶も祭理もアイシャも眩しさのあまりにぐっと目を細めてしまう。

 そして一瞬後——。

 光は、消えた。

 代わりに一人の少年が立っている。黒髪に黄色系人種だが、あまり日焼けしていない白い肌。切れ長の目と通った鼻で、美形。左手にはこの世界で長剣ロングソードとして知られている剣程度のサイズで、しかし刀身も柄も真っ白なのが印象的な剣をぶら下げている。

 ただし、真っ白なのは剣のみ。色を合わせているのだろうか、白銀の金属鎧を身につけているが、そちらは返り血らしき血で薄汚れていた。

 なお、その鎧は動きやすさを重視しているのか、要所要所しか身体を覆っていないもので、実用性には乏しそうである。鎧の下は濃紺のチュニックとパンツで、これらも血に汚れているせいで、黒に見えている。

 不思議なことに顔には返り血が付いていない。

 この顔、以前に雑誌かテレビでみたような気がする、と晶は思った。


「遅かったな、瞑。……これはどういうことだ?」

「なんか運が悪くて。彼女たちも地球から来た高校生だってさ、零士。あ、あの子は違うよ」

「ふむ……なるほど。予定の地点ポイントと違うのもそのためか……」


 現れた少年——神薙零士は、すっと視線を動かして晶と祭理を観察した。

 明らかに観察だと分かるような、冷たい視線だった。

 なぜだか分からないが、急に悪寒がして晶は一歩下がる。


「敵ということなら——始末するか」

「——氷冥宮コキュートスッ!」


 撃鉄が落ちるような反応で、晶は今の自身が使える最速かつ最高威力の魔法を放った。祭理が「晶ちゃん!?」と驚きの反応を見せたが、構っていられない。

 ——こいつ、絶対やばい。

 神託にも似た確信が、今の晶を支配していた。


「ほう」


 そしてその予感は正しかった。氷雪系最高の魔法が、持ち上げられた剣によってあっさりと——。

 いかなるものでも凍り付かせるはずの氷冥宮コキュートスが、まるで低位の氷生成アイスクリエイトの魔法だったかのように、出てくる瞬間をぶった切られた。

 もちろん、晶が人を殺めないための最後の一線として狙う位置を少年より少し手前に設定していたためもある。

 だが——。

 切り裂かれた氷冥宮コキュートスは、ただ二つに分かれただけでなく、完全に霧散した。魔法を破壊されたのだ。どのような仕組みによるものかは分からないが、あの謎の剣の力であろうとは理解する。

 そして、晶は連続で動いた。


氷嵐アイスストームっ!」


 再びの詠唱破棄。高度の術を二連続して意識が一瞬飛びそうになるが、それは予想していたので強く噛んだ舌の痛みでなんとか意識をつなぎ止める。

 地面に向かって叩きつけた氷嵐アイスストームは攻撃的な目くらましになった。


「アイシャ、祭理、一度逃げるよっ!」

 

 近くにいたアイシャの腕を掴んで走る。最初は素直に手を引かれたものの、家族をおいていくことへの反発で、アイシャが抵抗を始める。が、すぐに追いついてきた祭理が、まだ続いていた呪歌の効果を利用して彼女を樽のように抱え上げて運ぶ。

 足をばたばたさせるアイシャに、晶が近寄って囁く。


「大丈夫、アイツはきっとボクたちを追いかけてくる……もしアイツがそうしなくても、こちらから挑発して引きつければいい!」


 その言葉に、暴れていたアイシャがおとなしくなり。

 こくん、と頷きを返した。

 その顔を見て安心した晶が、まだ五十メートルも離れていない背後に振り向いて叫ぶ。


「やーいやーいばーか、ほんとあんたらって——うぇぇ?」


 白い剣——そうか、あれが将人とかいう二色頭が言ってた聖剣か——を携えた少年は、少し前に自分が同じように目くらましを喰わせることで、あっさり逃走に成功した将人とは根本的に違っていた。

 彼は、自分から氷嵐アイスストームの魔法が作り出した氷の嵐に突っ込んだのだ。

 そう考えないと道理が通らない速度で、まだ肌を切り裂く程度に冷たい暴風の渦巻く中を突っ切ってこちら側に姿を現していた。


「やばい、いや、うまくいったかもっ! とにかくダッシュっ!」

「どちらへ行きますか〜」

「そんなんどっちでもっ、あっでもッ、こっちにしようっ!」


 直角に角度を変えて、路地に飛び込む。身体強化をしている祭理はアイシャを軽々と担いだまま、余裕をもってその方向転換に追従した。

 晶が走りながら祭理を手で呼ぶ。

 気づいた祭理が足下の礫を弾き飛ばす一足で近づいて、晶の口元に耳を近づける。


「あの壊れた建物、を目指そう。もしはぐれてっ、もそこで合流」

「分かりましたが〜危険なことはしないでくださいね〜」

「もうめっちゃ危険だよっ」


 先ほどの戦闘からずっと身体を動かし続けている。しかも今はほぼ全力で走っているのだから、荒い呼気に汗が弾ける。

 なんだかちょっと楽しくなってきたけどこれやばいよね、と晶は思った。


火球ファイアボールっ!」


 振り向きざまの一撃。

 命中どころか、剣で切り裂かれることもなく、追いすがる少年——たしか零士とかいったか——からはかなり外れたところに当たって爆裂する。

 だが、十分なメリットがあった。

 ちょうど零士がこちらに白い剣の剣先を向けているのに気づけたのだ。まるでスターウォーズのライトセーバーを数本まとめたかのように剣が輝いて。


「避けてッ」


 ビシュンッ。

 という感じに光条が飛んでくる。実際には飛来してくる光に音は伴っていなかったが。

 光は素早く反応してくれた祭理と、身をかわした晶の間を駆け抜けて、その先にあった罪のない一軒家に突き刺さる。

 壁が爆裂。


「CGかっ」


 魔法を覚えて炎の珠や氷の嵐を出現させることのできる晶が、自分の立場を忘れてそうツッコんだ。


「いちおう〜、魔力の反応はあるっぽいです〜」

「うんごめん、ボクもそれは気づいてる」


 どうやら、光の攻撃を連続で放つことはできないようで、再び剣をぶら下げて走り始めた零士に少しほっとしながら、祭理と晶は会話を交わす。荷物のように扱われているアイシャは半分目を回しているようだった。

 

「次は左っ」

「は〜い」


 晶が進行方向を指示して、祭理は、ちょうどいいところに立てかけられていたはしごを片手で引き倒して障害物にしながら応える。

 ほとんど効果はないだろうが、何もやらないよりはマシだった。

 晶の頭の中は、どうやって距離を稼いで、最終的にアイツを撒くか——に集中し始めた。下水道とかあるだろうか。いや、どう見てもなさそう。適当な家屋をぶち破ってなんとかするとか……人がいたらどうしよう。まだアイツに見せてない魔法のレパートリーで、何かできるだろうか……うん、逃げるだけなら、多分なんとかなる。

 そして、こっそり元に戻ってアイシャの家族を助けるチャンスを見つけなきゃ。

 そう考え始めていたとき。


「晶ちゃん、あれ見てください〜」

「? えっ、あれって……?」


 思わず足が止まりそうになった。

 晶たちは、破壊される前までは大きな鐘が吊されていた尖塔——つまり、鐘楼ってやつかな——の向こうの空に、かつて見たことのあるものが近づいてきているのに気づいたのだ。


「あれって、レイちんの、飛行機なんじゃ——」  

 

 一年前に見たそれとはいくつかの点が異なっていた。翼は以前よりずっと長く。木製だった骨組みが黒い金属製らしいパーツにすげ変わっていて、そして以前は見当たらなかった尾翼に、なんとプロペラまでも付いていた。


「飛行機——だと?」


 風に乗って、背後から抑え気味の声が確かに耳元に届く。

 やばい、忘れてたと思って背後を振り向いたが、零士はその場に足を止めていた。剣を持たない右手を耳元にぎゅっと当てて——だが意識は晶たちと同じように空に向いている。

 チャンス、と思って晶は祭理の袖を引いた。

 この隙に、路地から別の路地に移動して身を隠せば——。


「晶ちゃん〜。です〜」

「しっ、静かに……って、え、何がなの? ——って、かぁぁぁぁぁ」


 隠密行動だとかそういう意識を一瞬で吹っ飛ばして、晶が叫んだ。

 例によって例のごとく——飛行機はナイスなきりもみ状態。速度は全速全開。なんでそうなるのか全く理解できないが、ホーミング機能でも付いてるかのように狙いは

 そして、降ってくる懐かしい声の叫び——。


「避けてくれぇぇぇぇぇぇぇっ」


 胸が高鳴ったのは、どちらが原因だっただろうか。

 その判別をするより前に、ロスマン師謹製の異世界製飛行機は、再び大地に激突した。今回は、幾つかの建物もついでに犠牲にしたのが前回との唯一の違いだった。

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