第九章 砂漠の国の攻防戦、彼の聖剣使いに慈悲はなく 前編

 アイシャを先頭に晶と祭理で三角形になって街の中を駆けていく。

 すでにローデシア聖王国の敵兵が入りこんでいるようで、時折、剣戟を遠目に見かけた。攻め込んできた側とは反対側から市街に突入したため、今の時点では敵兵とは遭遇していない。小隊で配置されていた守備隊とは巡り会ったが、アイシャの風貌のおかげで敵と見られることはなかった。

 むしろ、女子供が外に出るなと頭ごなしに叱られて、晶なんかはぷっくり頬を膨らましていたが。

 

「あれは?」


 街路を駆け抜けながら祭理が空を指さす。ちらりと視線を投げた晶の目に、ワイン樽よりも遥かに大きい、自分の背丈ぐらいはありそうな太い光条が映った。その光の束は、目で追うことが困難な速度で、街の中心部にあるひときわ高い建物に突き刺さる。

 光の突き刺さった建物は、積み上げられた焼き煉瓦を周囲に飛び散らせた。映画のワンシーンのようで、現実感が少ない。しかし轟いた轟音と吹き上がった白煙がそれが作り物ではないと晶に理解させる。


「わっかんないけど、なんかヤバそう。急ごう、アイちん!」


 言いながらも、晶は別のことを考えていた。

 アイシャの家族が市内にいるとは限らない。だが、足を悪くしている彼女の母親は避難していない可能性が高いという。

 それでも、乗合馬車などを使って避難した可能性はあるのだが、費用を考えるとそういう判断をしたかどうかは怪しいところだとアイシャはいった。

 戦争なのに……と晶は思うが、テレビもラジオもないこの世界ではそもそも情報が届くまでに時間を要する。正確性については、誤報なども多い日本とそう変わらないのかもしれないが、よくてもどっこいどっこいだろう。

 その結果、逃げ遅れてしまうことがあるのは当然と言えた。

 ——もし、アイシャちゃんの家族がいるとして……どうやったら逃げられるのかな?

 それが一番の問題だった。

 認めたくないけど、状況は詰みに近い。

 街の中にまで敵兵を侵入させているし、先ほどの建物の一発での破壊を考えると戦力差は大きそう。さっきのツートン男——なんだっけ、将人とかいった奴——の話だと他にも日本からきた異界人がいて、敵の仲間になっていると思われるから、多分あの一撃はそいつらの仕業。


 ——今のお前の実力は、一級冒険者マスタークラスと同じぐらいだよ。


 脳裏によみがえるのは、パイプに詰めた葉に魔法で火を点して吸い込みながら言う、師匠の言葉。晶がこの一年師事した、かつてだったと自称する姉御だ。

 師匠って呼ばずに姉御なんて呼んだら怒られるけど。

 超一流といえば一級冒険者マスタークラスよりもさらに上、特級冒険者レジェンダリーの部類に入るわけだから、その彼女の見立ては正しいはず。つまりそれは、パーティで連携する前提なら、その辺の正規兵だったら大隊規模ぐらいまでは相手にできるということ。

 だが。


 ——でも勘違いするんじゃないよ、同時にあんたもあの子もだからね。


 そうも言われていたのだった。

 何が問題かと言えば、たとえば次のシンプルな事実。

 晶も祭理も人を殺めたことが、ない。

 この世界には常備軍は少ないので、兵士であっても人を殺めた経験を持たない人間はいくらでもいるが、職業軍人である傭兵や常備軍正規兵の一部はもちろん、冒険者だって山賊退治やらなんやらで人を殺めた経験を持つことのほうが多い。

 そういう連中と比べれば、完全に覚悟が違う。

 命を懸けて戦う場面で、殺さないように手加減する、という発想が先に立つ晶たち日本人はいくら実力が一級冒険者と同等といっても、実際にはそこまでの活躍はできない。

 だから——。

 アイシャの家族と巡り会ったとして、敵を倒しながらこの街を出て行くのは難しいかも。

 仮にこの街が軍隊に占領されるとしても、戦闘中の混乱さえ乗り切れば、占領した軍隊が街を統治するだろう。そこまでアイシャの家族と一緒に家の中にじっと隠れて、彼らを守ることに全力を尽くしたほうがいいかもしれない——。

 という夢想はしかし、アイシャの家のすぐ側、次の角を曲がればというところまでたどり着いたときに聞こえてきた悲鳴で、打ち砕かれる。


「や、やめテくださイっ!」


 高い声の悲鳴は、アイシャと同じ独特のイントネーションで、この国の人間だと分かる。晶と祭理にはそこまでしか分からなかったが、アイシャは違った。


「ノンナ姉さン! アなたタチ、その手をドケなさイ!」


 取り出した短弓で、狙いを付けたアイシャが叫んだ。

 狙いの先には、他の家々に並んで建っている、ちょっとした囲いに覆われた白い家の庭先で、あろうことか妙齢の女性——彼女がアイシャの姉のノンナだろう、同じようなアッシュブロンドの銀髪に褐色の肌だった——の服の胸元を引き裂いて破り取った、ひげ面の男がいた。

 男はそいつ一人ではなかった。

 七、八人の集団で、それ以外に子供が二人。

 一人は浅黒く日焼けして、手足をむき出しにした軽量そうな革鎧を着ている、ずるがしこそうな少年だ。もう一人は、肌を見せない長袖長ズボン。上着には日光を防ぐフードが付いていて、それを深く被っているから顔が見えないが、くすんだ赤い髪が覗いている。

 そして、建物のドアを少しだけ開けてはらはらとノンナを見ている子供の顔が縦に三つ並んでいる。男女ともにいる三人もきっとアイシャの家族だろうな、と晶は見て取る。


「祭理ん……やれる? ボクが氷の魔法使ってもいいけど……」

「ええ、任せてください〜」

「よっし。そこのおっさんどもっ! これ以上、ヘンなことを続けるってんなら、ボクたちに痛い目見せられることになるよっ!」


 言葉を濁したのは、やはりやり過ぎてしまうことを恐れてのもの。

 女性の服を破くようなやつらとはいえど、誤って殺してしまうかもと思うとどうしても気後れする。

 魔法は砲台のようなものだから、調整して撃つのは難しいが、祭理のフィジカルアップ系のエンチャントならそういう心配が少ない。

 祭理に先行してもらって、晶は後ろから普通程度にしか使える火炎術で牽制と攻撃をする。

 地中庭園でも途中までは実行していた、そういう分担に基づいて、戦いを始めようとしたところ。


「……ん。二人はもしかして日本人なの?」


 こちらを侮っているのか、にやにやと笑うばかりの男どもを制して、フードの人物が進み出てきた。手をかけてフードを脱ぐ。と、零れ出たのはくすんだ赤い髪の、無表情だが目鼻立ちの整った綺麗な女の子だった。年代的には晶や祭理と同じぐらいだろう。

 なんか、見覚えがあるような気が……。

 晶はそう思ったが、それよりももっと気になることを彼女は口にしていた。


「まさか、あんたもあの——なんとか将人ってやつの仲間なのっ?」

飽浦あくら、ね。……うーん、なにげに印象薄いのかな、あいつ。お馬鹿が先走るタイプなのにね」

「なかなかひどいこと言いますね〜。私も同感ですけど〜。……で、お察しの通り私たちは日本人ですけど、そういう貴方はどこのどなたなんですか〜?」


 詰問した晶に、関心なさそうにどうでもいいことを喋り出す少女、そしてふわふわとした空気を漂わせながらそれに乗っかった祭理。

 アイシャが眉をひそめ、ノンナと彼女の服を掴んだ髭男から毒気が抜けるぐらいには空気に一致しない会話だった。


「……ん。アタシは、亘理瞑わたりめい。二人は?」

「ボクは楠木晶で、こっちが垂枝祭理だよ。高校生なの?」

「です〜」

「ああ、あたし? まあ、高校生だけど。今頃は停学か休学になってるんじゃない」

 

 晶の最後の一言は、瞑に向けての質問。それに遅れて頷いた祭理は、自分の名前の紹介に反応しただけで、回答した瞑はそれは理解していたので祭理の反応はスルーした。

 リズムがそろわない面子であった。


「あー、そうだよね……きっと大騒ぎになってるよねえ。思い出しちゃった」

「元に戻ったら、もう一度同じ学年だったりすると嫌って話、よくしましたよねえ〜」

「そうそう! ダブりとかだとなんかこう距離感ありそうだよね、ボクそういうのやだなあ。ねえ、そう思わない?」

「あたしは元々帰国子女で一歳上だから……特にはないかな。あまりベタベタされるのもなんか鬱陶しいし……」

「へー、クールだね」

「ん。そうでもないと思うけど……ところで」


 ふう、と一息吐いてから瞑は続ける。


「こんな話してる場合じゃないはずね? どうしてこうなったのかしら」

「……あ」

「学校の話、つい懐かしくて、すっかり気を取られてしまいましたね〜」


 短杖ロッドを握りなおした晶が、反省して、弛緩していた空気を引き締めるように冷たい声をだした。


「ここの人たちに変なことをするの、すぐに止めてもらえるかな?」

「……ん、それは出来ない」


 気勢のこもった声に、平然と無表情のまま応じる瞑に、晶は眉をつり上げた。


「どうしてさ?」

「……理由を説明する必要はないわ。貴方たちこそ引き下がりなさい」

「アイちんの家族に手を出さないって保証してくれない限り、それは無理なお願いだね」


 高圧的に出た晶に、少しだけ不愉快そうに目を据わらせる瞑。


「……ここであたしたちを止めても、どうせ別の兵士が襲うわ。街の人はだもの」


 ぎりっ。

 晶の奥歯が鳴った。

 腹が立つ。彼女——瞑はこの世界の人間じゃなくて、自分たちと同じ日本からやってきた現代人だ。なのにこんな言いぐさがあるだろうか。

 冷静な思考がどこかに行きそうになるのを感じる。


「どーしても?」

「どうしてもってほどではないけれど。私たちはここでやらなきゃいけないことがあるの。つまらない正義感で邪魔しないでくれる」

——?」

「そうでしょう? 今この街は戦禍に襲われている。あなたたちがここにいる女の人を助けたからといって、全体には大きな違いはないわ。もし、これから始まる状況を改善したいのなら、もっと大局的に見ないとだめ。分からない?」


 言い返そうとした晶より早く、瞑の隣に立っている少年が彼女に向かって口を開いた。


「瞑姉ちゃん、どうして——」

「エリオットは黙ってなさい。あたしはこの、戦争が日常になっている異世界にやってきてまで平和ぼけを続けている子たちに話をしているの」


 少年——エリオットの口を閉ざさせた瞑が、懐から何かを取り出した。それは本だ。根源のマニュアルと呼ばれる神器じんぎ。本の周囲に僅かに漂う青い光が、それが魔法の力を込めた何らかの特別な道具だということを晶と祭理に伝えた。


「巡る力の輪廻、踊る精神の高揚、走る俊足の狩人——」


 ページを捲って読み上げ始めた瞑に、晶が素早く対抗魔法を詠唱キャストする。詠唱で使われている呪文自体は、同じ魔法であれば同じ詠唱になる——とは限らない、のがこの世界の魔法だ。習う流派や師事する導師の真似になることが多いのだが、実のところ詠唱者本人が一番魔法をコントロールしやすいものであればなんだって構わない。

 決まった詠唱で決まったパターンに持ち込むことで、反射的に魔法を構築できるようにするのが詠唱の目的の一つである。なので、詠唱自体すっ飛ばしてもイメージが揺らいで効果が弱まる問題が出る程度。

 だから。


「不可視の盾、平和の守護者、ああもうっ」

「英雄ニ捧グ叙情詩ベオウルフ

魔力盾シールド——っ?」


 先頭にいたアイシャの前に広がった青い光で出来た六角錐は、晶が使った魔力盾の魔法の効果だ。どういう魔法だか分からなかったので、晶はまず守ることを選んだ。

 一方、会話に加わらずにこちらを取り巻いていた男たち——最初見たときは七人か八人か分からなかったが、今は正確な人数が八人だと分かっている——に降り注いだ赤い光は、瞑の使った魔法によるものだった。

 つまり、瞑が用いたのは仲間の戦力を増強する類の増強魔法バフマジックで、晶が詠唱を省略して作り上げた、防御の魔法は必要ではなかったのだ。

 とはいえそんなことは結果論。


「へっへっへ、嬢ちゃんたち、可愛がってやるぜぇ」


 ノンナからようやく手を離したひげ面の男が、腰に下げた剣を抜いて、下品な舌なめずりをしてくる。自信に満ちた態度なのは、彼を覆う赤い光にも原因があるに違いない。

 英雄ニ捧グ叙情詩ベオウルフとかいってたけど……知らない魔法だし不安だなあ。

 あの本みたいな道具がなんなのかはよく分からないが、たぶん色んな魔法を使ってくるんだろう。最悪、ページの数だけ使える魔法があっても不思議じゃない……。ページをめくる姿を記憶している晶は、そう思った。

 アイシャには後ろに下がるように指示を出した後、祭理と一瞬視線を交わして、頷きあう。

 門の付近での戦い同様、気の抜けない戦いになるだろう——。

 そんな確信があった。

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