竜斬の理

齊藤 紅人

序章

0.物語

 貴方は光源で前方を照らしながら歩いている。

 静かな空間に貴方の足音が反響する。

 その場所は広く、天井も高い。岩盤を刳りぬいて作られた洞窟のような形状だ。けれどごつごつとした武骨な造りではなく、壁も天井も磨かれたようにつるりと丸く仕上げられている。

 床からは、漆黒の樹氷のようなものがいくつも隆起している。規則性はなく、色さえ違えば本当に冬の森に迷い込んだようにも思えることだろう。

 樹氷たちは赤い魔詳石をまるで熟れた果実のように実らせている。

 魔詳石は、知識を有する石だ。

 その小さな球体の中に、情報を凝縮し、保存することができる。マーフォークの造り出した偉大な発明のひとつだ。ここは魔詳石によって保存された知識の集積所、つまり大きな図書館ということになる。

 その向こうに、貴方は貴方とは別の光源を見つける。

 貴方はごくりと唾を飲み、歩調を早める。

 樹氷の合間をすり抜け、どんどんと近づいてゆく。

 貴方の光源が対象の全身を照らす。

 対象は、全長三メートルほどの、竜だ。

 竜はこちらを気にする様子もなく、大きな椅子に腰を下ろし、柄のついた眼鏡で手にした丸い硝子盤に映る文字を拾っている。硝子盤は鍋敷き程の大きさで、魔法の力により文字が浮かび上がる構造になっている。 

 竜の腕は四本ある。ランタンを掲げ、眼鏡を支え、残りの二本の腕で硝子盤を持ち、操作している。

 竜の表皮は何十辺もの皮膚を継ぎ合わせてある。鱗状ではあるが、所々で色も質感も違っていて雑多に継いであることが見て取れる。背中の小さな二枚の羽根も左右で形状が少し違っている。その姿は不気味さの中に、どことなくユーモラスな雰囲気を内包している。

 貴方はツギハギだらけの竜に声をかける。貴方の声に反応し、竜の髭がぴくんと動く。

 それを見て貴方は挨拶の言葉を口にする。

 竜は貴方の挨拶に対し、貴方と同じ言語で返答する。

「……ああ、お客さんか。これは失礼」

 竜の言葉は淀みなく流暢で聞き取りやすいが、時折、喉がグロロと鳴る。

「初めて見る顔だ。よく来たね。歓迎するよ」

 柄付きの眼鏡を硝子盤にそっと置き、竜は貴方に握手を求めてくる。

 右でもない左でもないその手はとても大きい。貴方は差しだされた手の六爪のうちの二爪を軽く握り、友好の意を表す。

「僕の事は知っているのかい?」

 貴方は深く頷く。

「はは、そりゃそうか。じゃなきゃこんなところまで来るわけないか」

 竜の頬が歪み、目が細くなる。どうやら笑ったようだった。合わせるように貴方も笑う。

「言葉はこれで大丈夫かい? 他にご要望があれば切り替えるよ」

 貴方は問題ないことを竜に伝え、その心遣いに感謝する。

 竜が尖った爪の先で、はにかむように鼻を軽く擦る。

「じゃあ早速、始めよう」

 竜が貴方に着席を促す。あなたはいくつかある椅子の内のひとつに、腰を下ろす。

「そうだね、最初だからね。最初の話をしよう。なあに、そんなに長い話じゃないよ。世界が大きく揺れ動く前の、ちょっとした余震のような、そんな話さ」

 さて。と、厳かな調子で竜は語り始める。

 ――物語を。

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