25

春馬との数週間は、

あっという間に経って……

私達は順調だったと思う。


お互いの状況と立場を知っているからこそ、仕事も考え方も尊重しあえたし、


春馬はとにかく優しい。


忙しい毎日の中でもメールをくれたし、少しでも時間があれば、すぐに会いに来てくれた。いつも私を気にかけてくれて、私は居心地の良さに浸る日々を過ごした。


予定が調整出来た週末は、再び貰った合鍵を使って、春馬の家で帰りを待ち、2人で過ごす。


今夜も、仕事から帰ってきた春馬はダイニングテーブルの新聞を片付けながら、夕飯の配膳の手伝いをしてくれている。


「疲れてるでしょ、少しでもゆっくりして?」

「大丈夫だよ、これくらい。テーブルの上を片付けたりしているだけじゃん」

「でも、私と一緒にいる時は休んでて欲しいんだもん。あの日からお休みもないでしょ」

「ハハッ、相変わらずだね、美雪は。じゃあリクエスト通りゆっくりしようかな。あっ、そういえばさ、千夏から連絡ってあった?」


「ううん。最近はないかな?どうかしたの?」


だけど、春馬から千夏先輩の名前を聞いて、胸がチクッと痛みながらも何事もないみたいに返事をすると罪悪感が込み上げる。


「いや、理由は分からないけど会って話を聞いてほしいって言われたから、何かあったのかなって思ってさ。美雪に話してないってことは仕事の事かも」

「そうなんだ……いつ、会うの?」

「まだ決めてない。そんなに急いでる感じでもなかったし、美雪も一緒に行く?っていうか、ヨリを戻したこと報告した?」

「ううん、まだ……伝えてない」

「じゃあ、この機会に伝えとこっかな。色々お願いすると思うし?」

「お願いって何……?」


胸がやましい気持ちでいっぱいになって、鼓動が早くなる。


「まぁ、それはこっちの話。今すぐじゃなくても千夏には伝えておかないと、だろ?」

「そうだね。でも、もしお仕事の話だったら困るから春馬だけで言った方が良いんじゃないかな?千夏先輩と私は別の日にでも会えるから」

「そっか。まぁ、確かにそれもそうだな。じゃあ、俺たちの事はその時に伝えておくよ?」

「……うん」


あの夜、千夏先輩が伝えてくれた……真剣な表情と、春馬の事が好きという告白が頭を過る。


千夏先輩は、私たちがヨリを戻した話を聞いてどんな気持ちになるだろう。


「春馬っ!」

「おぅっ、びっくりした、急に大きな声出すから」


春馬が読んでいた新聞が、ガサッとなって、そんなに大きな声をだしていたのかと、口元を押さえた。


「あっ、ごめん。あのね……千夏先輩には私から伝えたい。会う日が分かったら教えてくれない?」

「なんだ、そんな事?あぁ、分かった。やっぱ美雪から伝えたいよな?」

「……うん。そうしたい。面倒かけてごめんね?」

「いいよ。なんか、今、なんか出張中って言ってたから来週か再来週になると思うけど」

「うん。分かった」


いつの間にか、千夏先輩への裏切りを重ねたくない気持ちが膨張して、不安がかくせなくなった私は、気が付くと春馬の横の椅子に座ってパーカーの袖をギュッと掴んで動作を止めたら


「あっ、ごめん」


パッと離してキッチンに戻るけど


「美雪、何かあった?」

「ううん。なんでもないよ」


いつもと違う様子に、春馬が首をひねりながら腕を組んで後を付いてきて


「もしかして、俺が千夏と2人で会うのを心配してる?」


私の頭に手を乗せて、ポンポンとすると顔を覗き込む。


「えっ?」

「なんか様子が変だから」

「そんなことないよ?大丈夫だから、気を使わないで?」


頭に乗った手は、そのまま髪をするすると撫でてカールのかかった毛先を指で遊ぶ。


「じゃあさ、飯食ったら、ちょっと出掛けようか、明日休みだろ?外で飲み直そう?」

「うん……本当に気にしないでいいんだよ?」

「俺が連れて行きたいの、明日、仕事午後からだし」

「わかった。じゃあ、早く食べようか」


私が分かり易い態度を取ってしまうのもあるけど、春馬はそれをちゃんと見てくれているから、もう知らないフリするもの裏切ったままでいるのも限界が近い。


でも、この気持ちは自分がこれ以上苦しまないためだから、後ろめたさは薄まることはない……。


千夏先輩を想っての事じゃない……。この、もやもやした気持ちに耐えられないから。


それに、よりを戻した前夜……

春馬と同じアイドルグループの人とキスをした真実を、唇を触って親指で2.3回擦って消そうとした。でも、消えない。


だから私は、また春馬のそばに駆け寄って腕に手を絡めて


「ん?どうした?」

「なんでもない」


その胸の中に、ぬくもりにすっぽりと包まれて、春馬の匂いを嗅いで安心に浸ると罪悪感が消えそうになるから不思議。


「春馬……」

「ん?」

「大好き。春馬と一緒にいると安心する」

「俺も美雪が好きだよ。でも、安心もするけど、まだまだドキドキするよ。そんな可愛い事ばっかするから」


私を抱きしめる両腕に、力がこもって身体がもっと寄せられる。


「美雪」


名前を呼ばれて見上げると、春馬は熱っぽい視線で真っ直ぐ私を見下ろして


「そんな、うるうるした瞳で誘惑しないでよ」


不安を拭うみたいにキスをしてくれた。


春馬は、いつも甘やかしてくれる。


短くなる呼吸の中、ほんの少しの唇の隙間で息つぎをして


「んっ……春馬に、甘えちゃう。子どもみたいって笑わない?」


わざと胸元のパーカーをギュッとする。


「笑わないよ。それに、そんな顔して……子どもなわけないじゃん。こんなに大人なキスしてるのに」


春馬は、更に腰を寄せながら

また、キスを重ねて舌を絡ませるとお互いの気持ちを繋ぐように透明の唾液が糸をひく。


ずっとこのままでいたい。


私は、薄くなる酸素の中。

甘やかされる事に慣れてしまっていた。

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