22
水曜日はノー残業日ということもあって、定時になると同じの部署の森さんは、パーテンションの向こうで帰りの支度を始めた。
「実は、今日合コンなのでお先に失礼しますね!」
「水曜日に?」
「相手が医者みたいで、飲み会は金曜日の夜っているセオリーがないみたいなの。よかったら、今度有澤さんも一緒に行きませんか?良いメンツ集めますよ。予め、好みの業界の人とか言ってくれれば、ある程度揃えられると思いますから」
森さんは黒のジャケットの代わりにビジューの付いた白のカーディガンを羽織った。
「私、合コンとか苦手なんです」
「もったいないですよ!行きましょう!有澤さん綺麗だから、すごく人気が出ていい人もすぐ見つかりますよ。私が行っている合コンは結構レベル高いから安心してください」
「……でも」
「もしかして、付き合っている人います?でも、それだけで合コンにさえも行かないのは、可能性を狭めているだけですよ。良い人脈作りにもなりますから!その気になったら言ってくださいね」
アップにした後れ毛を揺らしながら急いで合コンに向かう後ろ姿を見ていると、携帯が震えたからタップした。
『仕事の状況どう?』
定時に合わせてメッセージをくれる春馬の律義さにちょっと笑いながらすぐに返信する。
『もう終わったよ?春馬は?』
『実は、美雪の会社前に居るよ』
『そうなの?今すぐ行くね、どこに向かえばいい?』
『会社を背にして、右側のエントランスの階段辺りに居るよ』
『そんな目立つところに居るの?大丈夫?今すぐに行くね』
『大丈夫、案外平気だから安心して?了解、焦らないでいいからね。待ってる』
今日はずっと内勤だったから、シュシュで束ねていた髪を解いてパソコンをシャットダウンすると、同僚に「お先に失礼します」と伝えてオフィスを後にした。
エレベーターは重力に逆らいながら最上階のフロアから1Fへと下降するけど、時々、他のフロアから社員が乗ってきてあっという間に満員になる。
やっぱり、この時間は仕事終わりの社員が多いから、大丈夫かな、春馬……。
出来るだけ早めに出てきたけれど、やっぱり周りにバレたりしないか心配になる。自動ドアが開いて冷たい空気がすっと通ると、すぐに街灯の下の階段でキャップを被ってマスクをしている春馬を見つけて駆け寄った。
「ごめんね?外で待っていて寒かったでしょ?」
私の気づいた春馬は、マスクをしていても見下ろす視線がいつも通り優しくて、それだけで満たされてしまって思わず春馬の冷たくなった両手を包みこんだけど、ここが公衆の面前という事に気が付いて、すぐに離してさっと手を引いたのに
「大して待ってないよ。あれ?美雪の手は?」
「ここじゃ、目立っちゃう」
「それは、美雪が会社の人に彼氏といるところを見られたら困るってこと?」
「違うよっ!私は構わないけど……」
「じゃあ、いいじゃん?行こう」
春馬は、私の心配や春馬自身の事情を把握しながらも右手を引いて歩き出したから、今までと違う振る舞いに首を傾げた。
「春馬?どうしたの?」
「何が?」
「だって、手を繋いで歩くことなんてなかったのに」
「今まではね?でもこれからは少しくらいこういうことしてもいいだろ?美雪が嫌ならやめるけど?」
春馬は私だけを見て、繋いでいる右手をギュッギュッて握った。
「嫌じゃないよ?でも、ちょっとだけ恥ずかしい」
「じゃあ、これからはもっとしようかな?」
「えっ!?」
「だって、照れている美雪可愛いから」
春馬は、そう言って私をからかうと指を絡めて恋人繋ぎに握り替えて私の反応を楽しみながらに確かめたから、わざとパッと手を離した。
「やっぱりだめ」
「なんで?」
「だって、春馬が私で遊ぶから。それにバレたら大変でしょう?やっぱり、表に出ている人が、秩序を乱しちゃいけません」
「と、いうことはだよ?2人っきりになったら乱れてくれる?ベッドでもキッチンでもリビングでも」
「もっとダメ!」
「じゃあ、今日は手を繋ごうよ。せっかくだから」
何がせっかくなのか分からないけど、断る理由もなくて素直に繋ぎ直された手を握り返したら、斜め上の表情が嬉しそうにしているから、私も自然と笑顔になった。
「こうやって、新宿を春馬と歩くなって思わなかったな」
「西新宿だからできることだよ、さすがに歌舞伎町とか2丁目は恐いよ」
なんて話をしながらブラブラと歩いて、いつのまにか都庁を超えると、春馬は高級ホテルの高層階にある、夜景が一望できるお落ち着いた半個室のフレンチレストランに連れて来てくれた。
「たまにはこういうところでご飯食べるのもいいだろ。コースでいい?」
「うん、お任せします」
「了解」
店員さんと、ワインリストを広げてスマートにオーダーしてくれた料理とワインはどれもおいしい。窓から見える新宿の景色はキラキラと輝いているし、会話も楽しいしすごく幸せ。
「前菜もお肉のグリルもワインも全部美味しい!連れて来てくれてありがとう。すごく嬉しかったよ」
「お姫様には、それにふさわしいエスコートしたいからね」
「じゃあ、春馬は王子様だね」
「美雪だけのね」
「……そっか」
私はお姫様なんかじゃないよ……それに、本当はみんなの王子様でしょ?
なんて気持ちを無視して、
今夜は春馬に委ねて雰囲気に酔いしれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます