赤色 美雪side

21

白い息が浮かぶ月曜の朝。


いつもと同じように満員電車に揺られて、新宿駅で降りると足早に行き交う人の波に乗りながら会社に行く途中で、いつものコーヒーショップに寄ってホットのソイラテを買った。


自社ビルのエントランスに着くと、私が前まで座っていた受付のカウンターを横目に社員証を専用パネルに翳して社員ゲートを通るとエレベータのホールまで行って上昇するためにボタンを押す。


この時間は、まだ就業1時間前で社員も疎ら。でも、だからこそゆっくりと専務が来る前に1日の段取りが出来るから、時々はこうして朝の時間に余裕を持たせる様に心掛けていた。


私は、役員室入り口にある専用デスクのPCを立ち上げると観葉植物に水やりをして席についた。タブレットを起動させてパソコンと同期すると、スケジュールとメールと業務連絡を確認していると、デスクに置いていた携帯の画面が春馬からのメッセージを受信した。


『おはよう。水曜の夜、たまには外でご飯食べない?デートしようよ』


……デートか……


一昨日の夜から、私は、また……春馬と付き合い始めた。


別れてからも、たまに会ってくれていて友達以上恋人未満の様な関係だったけど、案外……春馬と一線を越えるのは少しの躊躇しかなく、私は受け入れた。


それは春馬の性格や考えをよく分かっていたし優しさを知っているからだけど。


『うん、分かった。デートしよう』

『こっちは、どんなに遅くても17時には仕事終わるから、美雪の会社まで迎えに行くよ』

『会社まで来てもらっても良いの?疲れない?』

『全然超余裕。むしろ美雪の会社まで行きたい気分』

『そう?分かった。バレないように気を付けてね』

『了解』


最近、男の人とこんなメッセージのやりとりしていなかったな。


もちろん、春馬と付き合っている時は男の人にご飯に誘われても2人きりで行くことはなかったし別れてからも仕事が大変だったしその気も起きなくて、ずっと断っていた。


実はこのぼんやりとしている性格が高じて、相当な恋愛ブランクがあるのかもしれない。


私は視野が狭いから1つの事にしか集中できないけど、春馬は色々なことを同時にこなして私の持っていないものを沢山持っていてすごいなと思う。


ふと、インターネットニュースのトップページを見ると一ノ瀬さんの記事が掲載されていた。もう会うこともないと思って、一ノ瀬さんとの夜の記憶を消そうとしたけど……、春馬とよりを戻したことによってもしかしたら顔を合わせることがあるのかって思ったら、冷たい風の中、重なった温かい唇の感触が鮮明に蘇る。


一ノ瀬さんの薄茶色の瞳。


少年っぽくて、あざとくて……激しいのに穏やかで。


まるでカチャカチャと音を立て組み立てて遊ぶ、ルービックキューブ的な赤、青、黄色のカラフルな世界に引き込まれてしまう感覚に陥る。


私の事を見ていないのに、実はよく観察されていて、不安定な心の隙間にねじ込まれてしまった。


きっと一ノ瀬さんはルービックキューブの攻略法を知っていて、鮮やかにピースを揃えてしまう器用さを持ち合わせている。


本能的に、キケンな男の人だと認識されるのは

こんなにも平常心を掻き乱されたからって分かっていた。


もう、仕事中に何考えているだろう、私!


ぶんぶんと頭を左右に振ってネットを切ると仕事モードに軌道修正する。


私には、とても素敵な春馬という彼氏がいる。

一ノ瀬さんとキスをしてしまった時はまだヨリを戻していなかったわけだし。


うん……大丈夫。


仕事に余裕ができると、ヘンなことを考え出してしまいそうだったから付箋にやるべきことを書いてそれに没頭した。専務の会議に同行する移動車の中でさえ、タブレットで業務連絡を確認したりして……。


早く、春馬に会いたい……


そして、早くこんな私を優しく抱きしめてほしい。



あの確かな腕の中で甘やかして欲しくて、私は小さな溜息をついた。

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