20
だから感動したよね。
このキャップを目深に被りながら眺める景色には。
ちょうど一週間前に千夏から春馬に告白するって教えてもらって、こっちから1つだけアドバイスした。
「それなら、先に美雪に伝えたら?今も付き合っていたりしたら厄介でしょ?」
オレが確かめたかっただけですけど。
曲がったことが嫌いで後ろめたさを感じている千夏の心理を利用して、このタイミングにオレがいてもおかしく無い様にアシストする。
緊張しながら……美雪を待つ千夏には悪いけど、「大丈夫」って責任のない励ましでその場を和ませながら、一緒に待ってたら入り口でドアの開閉のベルが鳴って、白いコートを着た女の子が入ってきた。
すぐに美雪だって分かったよ。
美雪は肩まである栗色の髪をふわっとさせながら、カウンターに座る千夏を見つけると優しく柔らかく笑って、それだけで、この時間や空気を一瞬として変えるからオレの鼓動が早くなる。
この感じ。
あの夜と
何も変わっちゃいない。
千夏の前でさえ春馬の事を控えめに佐木先輩と呼ぶ横顔を見て、今すぐ駆け寄りたい衝動を抑えて冷静を装うけど、なかなか本題を切り出せないでいる千夏にイラついて、あたかも背中を押す様に必然を偶然と思わせた。
「だから、頑張ってください。私、応援……していますから」
その言葉を聞くと体は勝手に動く。
「じゃ、いこーか?」
強引にその指がきれいな手を見ながら華奢な腕を引くとそのまま美雪をこの店から連れ去る。
「あの、離してください。私、あなたの事知らないし、どこにも行きませんから!」
ちょっと待ってよ、美雪……まだオレが誰だかわかってないわけ?
あー……イライラする。
多分それはオレの勝手で美雪は何も悪くない。
だって、訳が分からない男に腕を引かれて、行き先もわからないまま。
でも、オレはそんな美雪をよそに色々と余裕がなかったから、手っ取り早く名乗って、この物理的距離をさらに縮める。
二重のぱっちりとした黒めがちの潤んだ瞳が、白く滑らかな肌に映えて、相変わらず桜色の唇がオレを誘う。
「いつまで無理して笑うの?」
そんな顔も可愛いんだけどね。
美雪と一緒にいるシチュエーション。
それだけで、オレの心に火をつけて、理性がグラッグラに揺さぶられた。
まるで磁力があるみたいに自然と傾く体は徐々に理性を壊して、一瞬……警戒して張りつめていた美雪の力が緩んだ隙に、見えないきっかけを手繰り寄せる。
「店、もうすぐだから」
「え?」
でも、1度はね?美雪と向かい合って、この距離がどうにかならないか模索しながらもちゃんと耐えたでしょ?
なのにさ、だめだよ?
春馬とオレを比べて「……2人とも優しいです」なんて。そーじゃないよって、相違点を示してこっち向かせたくなっちゃうでしょーが。
そんな仕草が、オレの男の本能を直に欲望へと突き動かすと、白いコートの美雪を身体ごと強めに抱き寄せて、その唇に吸い寄せられるかのように自分の唇を重ねた。
全身の感度が唇に温かさと柔らかさを捉えて、深さを求めようとする本能が身震いをする感覚にも似てヤバい。
なんとか、理性を総動員させて唇を離すけど、想像以上に揺さぶられて、持ってかれそうになった。
何とか、頭を冷やして……キスをした事実がこれからのオレらにうまく影響する様にうまく取り繕い、タクシーで大人しく美雪をマンションまで送る。
遠慮がちにお辞儀をしながらマンションに吸い込まれていく美雪を見送って、春馬と決めたであろう経堂のマンションを見上げた。暫くすると5階の一室に灯りが点いたのを確かめると複雑な気持ちと余韻を味わう前にタクシーを走らせた。
次に会う約束なんてない。
だけどさ、今までの状況から考えると驚くべき進展でしょ?これって。まさか、キスまでするとは……ねぇ?
本当は、まだ……キスするつもりなかったんだけど、仕方ないじゃない。
だって大好物が目の前にあったら食いたくなっちゃうでしょーが。送り狼にならなかっただけでも褒めてほしいくらいだよ。ワンナイトで満足できるなら、もうとっくに手を出して抱いてるけどね。
一筋縄でいかないなら、アイテム全部使い切ってでも攻略してやろーじゃないの。
出来れば、
唯一のライバルで大切なメンバーの春馬が動き出さないうちに。
翻弄されているくらいがちょうどいいっていう哲学で分かりやすく、そう簡単に。そして強引に攫ってやろーじゃないの。
この細い透明で見えない糸を手繰り寄せた執念は称賛されるべきだよ。
オレと美雪はまだ始まったばかりなんだから。
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