19

「美雪と話し合って決めたことだから」


春馬はゲームの向こう側で、新聞を畳んで大きく息をつくとカフェオレを飲んだ。


「えっ?どういうこと?美雪ちゃんと、うまくいってたんじゃないの?この前、初めて友達と一緒にライブ来てくれたじゃん?何が原因?俺ら全然分からないよ。楽しんでくれていたよねぇ?」


元気がソファーを飛び越えて、春馬の横に座ると両肩をがっしり掴んでユッサユサ揺らしまくった。


「おいおい、酔う、酔うから止めろよ」

「あっ、つい力が。ごめんごめん、でもちゃんと説明してくれないと納得できないじゃん!」

「ハハッ、なんで元気が俺以上に落ち込むの?」

「だって、俺は2人の交際を見守っていたから!うまくいってほしいって思っていたから!」

「元気がそう言うのも分かるよ。確かにいちいち彼女とうまくいっていないとは思えなかったし、こっちは、もしかしたら結婚したいって、いつ言いだすのか思っていた」


龍は、相変わらず胸元のキスマークをコンシーラーで隠してシャツを着ると、ブラックダイヤのシルバーアクセをジャらっとつけた。


「鋭いな、龍。結婚、正直……全く考えてなかったわけじゃないよ。でも、だから別れたんだ」


「なんで?」


春馬はメンバーの注目を浴びながら、カフェオレを戻すと天井を仰いだ。


「美雪には、幸せになってほしいと思った」


その言葉の意味を把握できない元気がそれを聞いて更に前のめりになって首を傾げる。


「それのどこが別れるになっちゃうの?確かに俺たちは一般の人たちよりも結婚のハードルは高いと思うけど……もっとちゃんと分るように説明してよ!」


「いつかは恋人という関係にピリオドを打ってやらないといけないとは思っていたよ。それは、結婚するか別れる。でも、だからっていつまでもこっちの事情で縛れないだろう?……ご両親に大切に育てられてきた一人娘の美雪を。」


きっと、2人にしかわからない空気感もあると思うけど、その中でシーソーゲームみたいな頭脳戦をしあっていたのかと思うと、結局想いあっているのに、この次元の狭間にはかなりの距離を感じざるを得ない。


「やっぱり、難しいのかな。俺達が結婚したり家庭を持つのって」


「そりゃそうだろ?俺達はそういう選択をしない代わりに色々なモノ得ているから。でもちょっと期待したけどな、春馬と彼女、それなりに長かったし羨ましいとさえ思っていたから」


「アイドルにとっては、結婚はリスクが大きすぎるか……」


「だけど、恋人が友人になっただけで、会えないわけじゃないから。お互い嫌いで別れたわけじゃないし?」

「じゃあ、何?そこはシンプルに俺のこと忘れて、他にいい人見つけろよ、でいいんじゃね?」

「知ってる。だよな。でも、こんなこと言うのも筋違いだけど、まだ諦めきれないの、俺。それに、やっぱり付き合いが長かったから色々相談とかも受けてるじゃん?だから、そういう立場で支えてやりたいな……と」

「は?意味わかんねぇ」

「美雪さ、今仕事が大変なんだよ。だから、落ち着くまで傍にいて励ましてやりたい。別れてもまだ好きだし、大切な人には変わりないから」


春馬がチラッと俺を見て、龍に視線を戻すと下唇を噛みながら頭を掻く。


「それで彼女は納得したの?」

「私の為に、ありがとう。いつも頼ってばかりでごめんねって」

「もしかして、そこもツボだったりする?」

「まぁーね。他の人には大丈夫って言って、俺にはこうやって、時々頼ってくれるのは、やっぱり嬉しいよね」


このオレにとっての吉報には、まだ手が出せない2人の関係が隠れている。


だけど、恋人ではない状態なら隙だらけなのも事実。


ズルくてもいい。


実際に、春馬と美雪が別れたと聞いた途端オレの心は動いた。


それならさ、少しでも権利が与えられた今……使えるものは全部使って、自然とオレと美雪に関係性が生まれるタイミングを窺ってもいいよね?


きっと、この調子なら春馬は美雪に復縁を迫るのは目に見えてる。

その為にあえて、美雪を中途半端な安全地帯に置いて、近寄ってくる男どもを牽制する気なんでしょ?


嘘は真実の中に隠すと上手く誤魔化される。


微かな綻びから出来た溝というチャンス。


オレは、この店に通ってマスターと千夏に状況確認をしながら、わざと千夏にこの事を伝えずに自然と知る時まで待って、この2人に何かアクションが起きないか見ていた。


度を越えているなんてとっくに思っているよ。


だけどさ、賭けてみたいじゃん?


誰にでも平等に与えられた一度きりの人生だからね。

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