18
白ワインのボトルが空いたころ、一緒に飲んでたマスターが新しいボトルを持ってきたところで、春馬がそれを制止する。
「あ、俺そろそろ帰るわ」
「えーなんで?まだいいじゃない」
「明日、早いの?」
「いや、美雪と会う約束してるから」
「こんな時間から?」
「こんな時間だからでしょ?」
「まぁ、ね」
千夏、あからさまにシュンってしてんじゃないよ。ここにも、もう1人いるでしょーが、スーパーアイドルが。
「マスター、早くソレちょうだいよ」
オレは煙草の火を消すと、空気を変えるかのようにマスターに催促した。
「イチ、飲み過ぎんなよ。ついでも千夏も送ってってやって?そうだ、今度のライブさ美雪と一緒に千夏も来てよ。パスは美雪に渡しておくから、な?」
そう言って、頷く千夏を横目にテーブルに諭吉を何枚か置くけど、それを掴んで「いらないいらない」って言った。
「さっき出してもらったばっかりでしょーが。ここは出しておくから。千夏の事は分かってるからもう行きなさいよ。待ってるんでしょ?愛しの彼女が」
「ハハッ、なんか悪いな。イチ、今日はありがとう、あとはよろしく」
春馬は、諭吉を悪いねって受け取ると財布にしまって千夏の頭に手をおく。
「千夏も、あんまり飲み過ぎんなよ?じゃ、またな」
「またね。美雪ちゃんによろしく」
「了解」
春馬は、オレと違ってたくさん資料が入っているであろうカバンを持ってマスターに「じゃ」と言って去ってった。それを目で追っている千夏に何年も気付いてないんだろな。だって千夏の気持ちを知ってたら、こんな風に接する奴じゃないしね?
「罪な男だよね。春馬も」
「イチ……やっぱり、気付いていた?」
「当たり前、あからさまだから、オレからみたら、ねぇ、マスター」
「まぁ、俺は話聞いているからね、学生の時から」
「ながっ、想像はしてたけど具体的に言われると結構くるもんだね」
「ね?ライブの件だって本音は私に美雪を連れてきて欲しいって意味合いが含まれているだろうけど」
「あれだけの会話でそこまで分かるの?すごいね、お前。あんじゃない?エスパーの素質」
「そういうものなのかもね、恋ってものは」
マスターは、また白ワインをグラスに注ぐと遠い目をしてぼやいた。
「なんだよ、それ」
「いや、こうやって六本木界隈で店をやっているとね、色々見るからさ人の色恋を。千夏みたいに一途に思い続ける子もいれば、イチみたいに華麗な経歴を持つヤツもいるからね」
「本当にそうなのかな……」
「えっ?何?オレが?」
「何となく、私と同じ雰囲気がしていたけど」
「千夏も色んな男とヤッてるってこと?」
「そうやっていつもはぐらかすんだから」
「こーゆー人間なもんで」
本当の事なんて、別に生きていくうえで必要ないじゃない?
だから、常にカモフラージュして自分を偽って求められている虚像を作り上げて、それが商品として成り立つわけだからいいじゃない。
「彼氏は?」
外見は問題ないよ?むしろ、すっと整った顔でキレイな部類に入るよ?こんな扱いにくいオレともこうやって話が出来るほど性格も良いんだから。
「居たよ、でも全然続かない。私も好きになろうと努力したけどね、うまくいかない」
「それで、毎晩ここにきて呑んだくれていると」
「そうよ。それであっという間に三十路になって……きっとこのまま独身で寂しい老後を送っても良いように1人で生きていく為に最後を終える施設に入るためのお金を貯めているの」
「フハッ、すごいね、そこまで考え飛躍する?」
「するよ、結構真剣にね」
千夏はそういうと両腕を高く上げて伸びをして、大きな溜息をついた。
未来なんて誰にも分からない。
でも、未来は今を生きていないと作られないって考えているからこそ、そーゆーところに行き着くのかと何となく思った。
「美雪は?元気?」
気を許した瞬間、自分の口から美雪というフレーズが出て焦った。
あくまでも、ちゃん付けをしない呼び方は、心の中だけだったから。
「美雪?あっちもこっちも美雪だらけ」
千夏がこっちを向いてきて、オレの顔色を窺ってきたから、タバコの煙に目を細めるふりして、持ち前の演技力が光る表情作りでその場を濁すようにやり過ごそうとした。
「会ったこと、あるんだ?」
「なんで?」
「美雪なんていうから。私、そんなに話題に出したことないから」
「いやいや、メンバーに1番話題に出す人いるでしょう」
「……ま、そうだよね。美雪は元気なんじゃないかな。この前会ったよ、相変わらず憎たらしいくらい可愛かったよ。春馬が離したくないのも分かるわ、私も男なら付き合いたいもん。でもね…イチ」
「ん?」
「私が本当にエスパーなら、もうとっくに春馬と付き合えていると思うよ、だってこんなに春馬の事が好きだから。超能力でも魔法でも使えるものは何でも使ってね」
「すごいね、その情熱どこからくるのよ」
「でも、私はエスパーじゃないし、美雪の事も大好きなの」
「いいやつだね、お前も」
「も?……うん、知ってる」
結局、3人であっという間にワインを空けると、さすがに明日の事を考えて家まで送るって言ってんのに、マスターと帰るって拒否られる。
まぁ、広告代理店の社員が芸能人のオレに送ってもらちゃ悪いと思って遠慮しているのは明白だから、会計に色を付けてマスターに「頼んだよ」とだけ言って店をあとにした。
この夜から数日後。
春馬から聞いた。
「美雪と別れた」ってね。
だから、思ったよ。
やっぱ、お前エスパーじゃんってね。
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