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「オレは、正直言って結婚する事自体は悪くないと思う。でも、それにはリスクも生じるし、タイミングもあるのかなって。ただでさえ、結婚という環境の変化は普通じゃないし、更にみんなが祝福してくれるか分からないし、世間の声とか強めの風当たりに2人が耐えられるかっていう問題もあると思うよね」

「そうだね」

「同時に、結婚に突っ走らない春馬に大人を感じる」

「……ハハッ、大人?」

「そ、大人。なったんだよね大人に。冷静に状況判断出来てるんじゃない?って事」


オレが、もしも春馬と同じ立場なら

きっとこんな判断はできない。

欲しいものはホシくて。したいものはシタいから。


でも、きっとこんな風に春馬を大人にしたのは美雪なんだよね。

誰かを守ったり、想ったり。たくさんの出来事が重なって2人の歴史は作られて春馬を1人の男にした。


それが、より一層羨ましかった。


だから、オレなんて、手も出すこと出来ないで終えるんだから。


「あのさ、美雪ちゃんを今度のライブに呼んだら?来たことないよね1回も。別にオレらもマネージャーも付き合っていることは知っているわけだし、今まで来なかったこと自体が不自然なんだから」


オレの発言には「もう1度会いたい」が隠れてる。


別にいいでしょ?そう願うくらい。春馬が友人関係としてでも繋ぎとめたいって想うのと罪は大して変わらない気がした。


「だな。イチありがとう。これが美雪にとって最後のライブかもしれないけどちゃんと俺の今の仕事を見てもらうのも悪くないよな。誘ってみるよ。実は今までも何度か誘ってはみたんだけど、やんわり断られていたから」

「じゃ、オレ、関係者席に美雪ちゃんが居たらアピールしようかな」

「やめてよ、冗談」

「いいじゃん、Questを知ってもらう場でもあるんだから」

「いや、イチはダメ、マジやめて?」

「なんでよ、カッコつけさせてよ」

「実は美雪とさ、イチが出ているドラマを一緒に観ていたとき、感動して泣いたんだよね。初めて見たよ、美雪の涙。だから……いわゆる嫉妬?」

「本気で別れる気あります?」

「痛いトコ突くなよ。……別れるよ。美雪と」


オレはグラスに残ってた焼酎を一気に飲み干した。


「ばかだよ、ほんと、ばか」


2.5次元は曖昧な空間だ。

そこに留まるのも難しい。


だからかな。春馬の出した答えは、そんな次元を表した結論だなと思った。


春馬はそう言うと「だってしょうがないじゃん」ってちょっと笑って、ちょっとバツが悪い顔をした。どんな時もオレらはこうやって一緒に年を重ねてきた。それが気付けば三十路になっていて結婚の二文字までチラついているからね。年をとったものだよ。


春馬と一緒に店を出て、予定通りにマスターの店に行く。少し湿ったアスファルトが通り雨の足跡を残して、季節の変わり目の風が頬を掠める。


キャップを深めに被っているおかげで、俯きがちな道行く人に気付かれることもなく歩いて数分で目的地に着いた。


地下に続く階段を降りて、OPENのプレートを見ながらお店のドアを開けると、体をリズムに合わせて揺らしたくなるUKロックが流れていて、今日もまた美雪ちゃんと初めて会った夜を思い出す。


「あれ?2人で来るなんて珍しいな」


マスターはそういうとカウンターに向けて、「なぁ」と言う。

そっちの方を見ると、パンツスーツを着こなしたショートカットの千夏が1人で白ワインを煽るように飲んでいた。


「本当だ。このツーショットはメディアの中だけだと思っていたのに」

「うわぁ、面倒くさい飲んだくれが居るよ」

「だね、変えようか、場所」

「えーやだやだ、一緒に飲もうよ~いいじゃない。久しぶりに、ね?このスリーショットは本当にレアでしょ?いつもは、たまたまイチと会ってとか春馬と会ってとか単品なんだから」

「単品ってなんだよ、それ」

「もう、いいから、とりあえず座って?飲もう飲もう!」


結局、前の店である程度出来上がっていたオレらは言われた通りカウンター席について、マスターにグラスをもらうと店のプレートをCLOSEにしにいく背中を見ていた。


千夏は、元々春馬の大学の友達だ。


春馬と同じクラスでたまたま仲良くなったみたいで、仕事で行けなかった授業のノートを貸してもらったり色々と世話になっていたらしい。


そんでもって、中学からの美雪の先輩。


千夏とは、この店で春馬に紹介してもらってからの知り合いだからなんだかんだ言って付き合いは長いし、広告代理店の仕事をしているのもあってたまに現場で一緒になる。でも変に馴れ合う事もないし、丁度いい距離感で接してくれるもんだから案外重宝している。


それにね、口にはしないけど春馬の事がずっと好きだと思うよ?だってほら、さっきまでレアとか言っていたくせに、視線は常に春馬を追っているわけだから。


余ったマスターとオレは、いい歳して苦笑いするしかないじゃない。

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