16

「こうやって、イチと2人で飯食いに来たのって、いつぶりだっけ?」

「そうだね、4,5年なかったんじゃないかな、こういうシチュエーション」

「龍とは行くんでしょ?」」

「2人ではないよ、さすがに。何人か共通の友達交えてだったり、たまに誘われたところに龍が居たり?あの人顔が広いから。」

「だな、それはある」

「春馬は誰と飯食いに行くの?」

「やっぱスタッフが多いよ、あとは、文化人の方とかかな。結局は仕事関係になるよね」

「さすが、Quest1のインテリ派」

「Quest1って、4人しかいねーし」


お酒を飲みながら、三十路の男の他愛もない会話は弾んで時間だけが過ぎていく。


「彼女とは来んの?こーゆー店」


だから、やっぱりこっちから切っ掛けをつくる。

知りたいしね、今の状況が。


この5年間……耳が痛くなることもあったから、ある程度の耐性はできている。


「まぁね、この店なら融通聞かせてくれるし、裏から出してもらって車の横付けもしやすいから」


春馬は、アルコールをビールから焼酎に変えるとグラスに入った氷を溶かしながら結構なピッチで飲む。


「強くなったね、酒」

「大人になったからな、俺も。気付けばもうすぐ30歳だよ」


徐々に仕掛けて


「彼女は?春馬よりいくつ下だっけ?」

「2つ、イチと同い年」

「そっか」


核心に迫ってく。


「じゃあ、世の中的には適齢期だね」

「だな。……なぁ、イチ」

「ん?」


春馬が視線を外して、グラスに残った焼酎を一気に飲み干した。


「……いつか、イチが言ってた忠告が現実になったよ」


テーブルの下で握っていた手が不自然に緩まる。

でも、オレは培った演技力を総動員させて、限りなくポーカーフェイスで静かに現状を見ることだけに神経を集中させた。


「どういうこと?」


個室には2人しか居ないのに、衣服が波動を吸収して、やけに声が小さく聞こえる。


「この前、彼女と一緒に大学の同級生の結婚式に行った時、周りの目もあるから一定の距離を保ちながら彼女を見ていたんだけど、やっぱりウェディングドレスを着た花嫁さんをすごくキラキラした目で眺めていてさ。なんかさ……それを見た瞬間実感したよ。あぁ、俺はいつになったら美雪にウェディングドレスを着せてあげられるのかなって」

「結婚ね……実際問題難しいよね」

「惚気るわけじゃないんだけど、絶対に美雪に似合うと思う。純白のウェディングドレスが」

「まぁ、そうだろうね、可愛いもんね、美雪ちゃん」


「だけど、今の俺にはウェディングドレスを着させてあげること、出来ないんだよな……」


テーブルの下で緩んでいた手が、キュッと組まれて締まる


「はい?」

「俺は、まずは仕事が大事で、そこはブレない。Questとしても軌道に乗ってきて、個人の活動も増えてきている。この波を……機会を逃すことはできない。イチもそう思うだろ?」

「確かに、今のQuestは大きくなろうとしてる、このままいけば、日本を代表アイドルグループになれるかもしれない大事な勝負時だよね」

「だから、あくまで仮定として結婚ってなると、解散?活動停止?脱退?が持ち上がる。それだけでなく、ファン離れ、最悪のシナリオはスポンサー関係も問題化。自由を求めるほどリスクが高い」


そう言い切る春馬は、徐に携帯を取り出して画面に写真を出した。


「相変わらず、可愛いね」


そこには、

初めて会った夜より……

楽屋で見た写真よりも、可愛くて、グッと綺麗になった美雪ちゃんがふんわりと笑ってこっちを見ていて、無情にも経ってしまった時間を感じざるを得なかった。


「うん、こっちがびっくりするくらい綺麗になっていくよ。おかげで、仕事でどんな女優さん見ても、全然その気にもならない。でも……」

「なに?」

「これ以上縛れない。最近は美雪が笑う度に両親が傷むんだ」


意気消沈の春馬に……オレらに現実はあまりに辛く厳しいものだと改めて実感した。


「だから1度、恋人関係をリセットして友人としてだから何かあったら力になる存在で居たい。美雪今ね、大学卒業してから大手電機通信会社でずっと受付をしていたんだけど、4月から役員秘書に異動になってから辛そうなんだあまりにも都合が良いかもしれないけど守ってやりたいんだよ」

「でも、そんな中途半端な決意表明で諦めきれるの?春馬は。もし、美雪が傍にいることを拒んだら?」

「……そうしたら、仕方ないよね。だって、まだ諦めきれないんだもん。本音はそうだよ。でも、まだ若い俺達は模索する時期があってもいいんじゃないかって……やっぱヘタレだな。俺」


頭を掻きむしった春馬は、ぼさぼさの髪で表情を隠して苦笑した。


うまくいくことばかりじゃない。


オレらだって、アイドルの前に1人の人間で男だから悩んだり失敗したりを繰り返す。

でも、今を一生懸命生きているなら、それもいいんじゃない?


「オレは、いいと思うよ?春馬と美雪ちゃんにしか分からない事もあるだろうし、未来のことなんて分からないよ。今の自分に出来る最善を尽くしていけば。春馬が総合的に考えた結果なんでしょ?それが。なら、そうするしかないじゃない。あとは、美雪ちゃんの気持ち次第だけど」


こんな春馬を差し置いて……全然ナイよね、付け入る隙なんて。


この時、強く思ったよ。


春馬は恋のライバルの前に大切な仲間だって。

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