13

今日は、新曲のPV撮影が朝から入ってて、いつもと同じ4人のメンバーが決められた時間に合わせてQuest様とマジックで書かれた楽屋に入ってくる。オレは、用意された衣装に手早く着替えてソファーに座るとゲームを取り出して、それ越しに他の3人のメンバーの様子を見ていた。


「イチ、今日早いじゃん?」


そう言って、肌蹴たシャツの胸元からキスマークをチラつかせた陣川龍がもたれかかってくる。


「まーね。龍と違ってオレはヤルことないからね」

「マジ言ってる?俺から言わせると、最近のお前わざと女の子を避けている様にも見えるけど?」

「そ?気のせいじゃないですかね?」


龍の言っていることは的を得てるよ。

でも、だからと言って手の打ち明けるわけないじゃない。


だってさ、オレの心の中にいる女の子はまだまだ幻想に近い。

手の届く範囲にいないわけ。


それに、心のどこかで葛藤してる。

もし、もしもだよ?美雪ちゃんとまた出会えて、その彼氏を追い抜くことができるとしてこの手に入れることができたとするじゃない?そしたら、どうよ。手に入れるという目的を達したら、継続という難関が待っていている。それに、オレらアイドルよ?この芸能界という2.5次元世界で生きる人間が、3次元に手を出して、ましてや美雪ちゃんに本気になっちゃったらどうなんのよ。この時点では、こんな妄想を抱けるくらい強気でいた。


お気楽にも、もう一度会えるとさえ思っていたし、その時には何かしら仕掛けようと思ってたからね。


だから何となく?ほかの女の子じゃ物足りなくて、連絡が来ても忙しいって言い訳を繰り返した。


今日もゲーム越しに見える景色はいつもと変わらない。


ただ、この人の動向と表情は気にはなっていたけどね?


オレらはあえて踏み込んで聞いたりはしなかった。でもね、この人は違うのよ。


「ねぇねぇ、春馬。コレなぁーに?」


そうあどけなく言うのはメンバーの成瀬元気。オレも龍も気になってはいたけど、誰も何も突っ込んでなかったところに言ってくれるよね。


新聞の上に置かれたクリアファイル。


その中には賃貸物件の資料が入っているわけだけど、明らかに春馬が住むじゃないことだけはわかる。だって、賃料とか立地が違うからね。それにオレらが住みところはある程度事務所が決めてくれるわけだから。


「あぁ、これ?大学卒業したら1人暮らしするんだよ、彼女が」


それは、あまりにあっさりとした告白だったもんだから、オレらは一瞬「あぁそうなんだ」と流しそうになるけど、春馬の言葉には色々と驚いた。


「えっ!?彼女?春馬彼女いるの?」


そう、そうなのよ。

元気だけじゃなく、龍が驚くのも無理はない。彼女がいることはよくあることだけど、それをマネージャーもいるこの楽屋で堂々と言うわけでしょ?オレは堪らず春馬のマネージャーに目をやるけど、交際の事実を把握していからか特に表情を変えず撮影の段取りの確認をしていた。


「いるよ」


いやいや、いるよじゃないでしょーが。


「ねぇ、それって一般の子なの?」


龍はシャツのボタンを閉め終ると、体ごと春馬の方を向いた。


「まぁ、一般の子」

「ねぇねぇ、どこで知り合ったの?付き合ってどのくらい?」

「大学の後輩。付き合ってもうすぐ2年かな」

「2年も!?全然知らなかったよ……」

「いや、聞かれなかったからね。こういうのって自ら率先していう事でもないだろうし?」


それだけじゃないだろって、何となく思う。

だって、彼女の事を話す春馬の顔がね、嬉しそうながらも真剣だから突っ込みどころを無くして、会話に耳を傾け続けた。


「それにしても2年って相当長いね」

「まぁね。気付けば2年経ってたって感じかな」

「あのさ、彼女はオレらの仕事の事どう思ってんの?芸能界でしかもアイドルなんて制約ばっかでじゃん?同業者ならともかく一般の子って、そこんとこクリアになってんの?って、ごめん深入りし過ぎだよな。ちょっと気になったから」


龍はオレらの一番聞きたかったことシンプルに問う。結局、商品は売っている以上需要がないとやっていけない。しかも、その商品が自分自身で人間の三大欲求備わっているから、管理するのが簡単なようで難しい。だからさ、暗黙の了解でスキャンダルになった時に対応してく入れる事務所があるっていう理由で同業者を選んだり、一般の子でも本気にならない距離を保って遊んでた。

だから、ましてや自分のテリトリーになんて入れない。

特にオレはね。春馬もそのタイプの人間だと思ったんだけどな。


「彼女からは1度も言われたことないんだよ、どっか行きたいとか。むしろ外で会うことも求められないから俺が大丈夫だって言って連れ出すくらいだよ」


「だから、タイミングをみてオレらに報告をしたかったと」


オレは、ゲームをセーブして閉じるとカバンに突っ込んでやっと会話の輪に入った。


「さすが、イチは鋭いな。ま、そんなトコ」


それだけ本気なんですと、言いたいワケね?

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