10

規則正しい寝息が聞こえる。

この部屋に、こんな安心する音が聞こえるのは何年振りだろう。


春馬と別れてから、心にあいた穴を色々なモノで埋めては満たされなくて空しくなって何度も1人で泣いていた。

やっと……好きな懐かしい温もりに抱かれて安心ができた。例え、それは現実逃避だよと言われても構わない。


だって、春馬は私に悲しみを齎したけどそこからちゃんと救ってくれた。

春馬は、いつも傍で見守ってくれたとても大切な人。

私ね、結婚ができないことは承知の上で付き合っていたんだよ。

だけど、そういう先回りの思考が優しい春馬を窮地に追い込んでしまったのかもしれない……


緊張感なく、ぐっすりと眠る春馬の寝顔を見て、忙しい時間の合間を縫って会いに来てくれたことが、何より嬉しい。


「春馬……好き」


まるで、確かめるように声に出すと、ぼんやりした、橙色の間接照明と部屋の暗闇に浮かんで跡形もなく消えた。


私は、下半身の違和感と甘い気怠さを感じながら、脱ぎ捨てられた服を拾い集めてバスルームに行くと、40℃のシャワーを頭から浴びて、鏡に映る身体にたくさんの春馬の残した愛のしるし見て1つ2つと指先で辿る。

身体を隅々まで洗って、髪もトリートメントもすると、丁寧にドライヤーで乾かして、そのままにしていたダイニングテーブルの上を片付けた。


きっと

春馬は朝まで寝ちゃうだろうな。


冷蔵庫の中を見て、簡単な朝食が準備できるのを確認して、500mlのミネラルウォーター持って寝室に戻った。

脱ぎ散らかっていたり、丸まった春馬の服を拾って畳むとサイドテーブルに置く。ベッドサイドの加湿器をセットして、そっと春馬が眠る、温かいダブルベッドに潜り込んで起こさないように筋肉質な背中にぴたっと身体を摺り寄せた。


「そうやって甘えられると、キリがないんだけど」


少し掠れた声がして見上げると、春馬がこっちを向いて私を見下ろしておでこにキスをする。


「ごめん、起こしちゃった?」

「んっ……先に体が反応して起きた」

「もう、春馬ったら」

「ほんとほんと。何なら触って確かめる?」

「……遠慮しておきます」

「っていうか、シャワー浴びた?良い香りがする。しかも着ちゃったんだね」

「うん、汗かいちゃったし。ずっと裸のままじゃ、はしたないでしょ?」

「ははっ、こっちは大歓迎だけどね。でもさ、汗だけだった?」

「もう……あんまり言わないで?恥ずかしいでしょ」

「わざと言ってんだけど」

「なんで?」

「可愛いから」

「苛めているだけじゃない?……それよりも水、飲む?」

「うん、もらう」


裸のままの春馬は、私からミネラルウォーターを受けとると、私の頬にキスをしてから上半身を起こし喉を鳴らしながら飲みだした。

春馬の口元から透明な水が零れ、暗闇の中、橙色の明かりを集めながら首筋を伝う。私は水が拭われるまで見守っていると、春馬と視線があってしまったから恥ずかしくて思わず逸らした。


「ったく、いちいち可愛いくなるなよ。なぁ、今日泊まっていい?」

「うん、いいよ。明日は何時なの?」

「明日オフ」


私は思わず起き上がると、ベッドの上で正座をした。


「えっ?本当に?」

「ハハッ、マジマジ。そんなにあからさまに喜んでくれるとはね」

「だって、びっくりしちゃって」

「まぁ、実は今年に入って初めての1日オフ。だから美雪に会って気持ちを伝えたかったというのもある。俺はさ、実は結構前から美雪とやり直したいって思ってた。だけど美雪の反応が読めなくて、すげぇ考えてた」

「私、全然気づかなかった……」

「だろ?計り知れないと思うよ。俺の美雪への気持ちの深さは」


一瞬、本当に良いのかな。このまま春馬に甘えてという想いがよぎる私を春馬は抱き寄せる。


「美雪、俺……これからのこともちゃんと考えるから。だから言葉にしてほしい」


「春馬……」


「若干、順序は逆で説得力に欠けるかもしれないけど……美雪の返事聞かせて」


春馬の黒い瞳がゆらゆら揺れる。

至近距離で見つめられて、込み上げたものが胸で閊えて息が切れる。


「……好き。春馬が好き」


髪を撫でられて、近付く唇に目を閉じると柔らかい感触が重なって、次第にキスが深くなって、互いの心を探るみたいに舌が絡まると、身体が火照りはじめて呼吸が乱れてしまう。


私は酸素が少なくて苦しい中、やっと出来た身体と体の隙間に手を入れて、春馬の胸を弱々しく叩く。


「んっ……、漏れちゃう」

「ん?何が?」

「……ん、こえ……」


私はゆっくり空気を吸うと、長い瞬きをしながら春馬の肩にもたれた。


「やべぇ、マジでキリがない」

「えっ?」

「今ので本格的に入った。スイッチが」

「ちょっ……春馬、きゃっ!」


春馬は、私を抱き寄せるみたいに背中に左手を滑らせると、そのまま身体に圧を与えながら押し倒す。


「あーやばい。俺だって、ずっと我慢してたから、そんなエロい声出されるとタカが外れて止まんない」


シーツの上に沈められて、着たばかりの部屋着はいとも簡単に脱がされて、また肌が露わになる。


すでに目が慣れているから、暗闇なんて存在しない。ただ、白い壁には重なる2つの影がもつれながら揺れ動いていた。

囁かれる愛の言葉と、波のように繰り返される快感と絶頂に溺れて、必死に春馬の首に両腕を回してしがみつく。




「……今更こんな事をいうのもなんだけど、ちょっと休みな。俺、シャワー浴びてくる」


まだ息が荒い私は頷いて寝室を出ていく背中を見つめた。

熱いままの身体をベッドに預けて、さっきまで春馬がいた左側に転がってみる。


「美雪、俺……今度はちゃんと考えるから。これからのこと」


きっと、春馬は私にその言葉を伝えるの……大変だったんだろうな。


いろいろ考えて、悩んで。そんな春馬の様子が想像出来て胸を締め付ける。


私だけ、逃げている。


そんなことを想いながら目を閉じると、さすがにすぐに睡魔が襲ってきて、

私は寝つきの良い子供みたいに瞼を閉じて眠りについた。

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