8

「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」


2人でダイニングテーブルを挟んで向かい合って座わると、つい反応を確かめたくて春馬が食べている姿を見つめてしまう。


「あぁーうまい。相変わらず美雪は料理上手だよな。肉じゃがの味付けも俺好みだし、バランス良い食事なんて久々だよ」


春馬は何度も「うまい、うまい」と言ってくれるから、作り甲斐がある。



「料理が好きなだけだよ。でも、そう言ってもらえると嬉しい、ありがとう」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。そういえば、最近はどう?仕事は?」

「やっと少しずつだけど慣れてきたよ。専務も優しいし周りの人に恵まれているおかげだと思う」

「ハハッ、確かに。秘書課に異動になった時は、美雪半泣きだったもんな」

「もう、笑わないで。だって、英語も出来ないのに異動の辞令が出たから困っていたんだもん。その点、春馬は英語が出来て羨ましい」

「いやいや、美雪だって俺と同じ大学でしかも文学部出身だから、その気になれば出来るだろ?もっと自信持てば良いのに」

「まぁ……学生時代を思い出しながら勉強をしてちょっとずつ分かるようになったよ。春馬のおかげで。」

「俺の?なんで?」

「テレビを点けたら頑張っている春馬に会えるから、頑張ろうって気持ちになるの。春馬が努力しているのは知っているから」

「美雪はいつもずるいんだよな」

「え?ずるい?」

「だって、俺も美雪を見たいもん」


いつかの光景に似た台詞が聞こえる。

暫くすると、食事を終えた春馬がお箸を置いて私をまっすぐ見ていた。


「あっ……、ビールもう無いね。今持ってくる」


春馬を忘れられないない。

忘れたくても、こうやって会いに来てくれて、私の他愛ない話も聞いてくれて楽しい時間を共有できるから、いつも私は甘えてしまう。



ダメだ、春馬を必要以上に意識してしまう。


だから深呼吸をして戻るけど、

春馬は立ち上がって自然と私の横に来ると

缶ビールを持つ私の手に触れて……そのまま包み込むように握られる。


「ビール、開けるよ?爪が割れちゃ大変だから」

「あ、う……うん、ありがとう」


春馬はそのまま缶を受け取ってプルタブを開けてテーブルに置くと、フローリングに映る影が近付いて、背後からフワッと懐かしい温もりに包まれた。


「美雪」


抱きしめられる腕を解くことが出来ないまま、春馬に耳元で名前を呼ばれて、鼓動が速く……うるさくなる。


「春馬、どうしたの?急に……」

「俺、今も美雪を好きなのは変わらない」

「……えっ?」


予想外の出来事に、平然を装うのが精いっぱいでうまく言葉にできない。


「美雪に触れられない分どんどん好きっていう気持ちが大きくなっていく。好きだから一緒にいたい。最近はそんな自分を抑えきれなくて、いつも美雪の事を考えているんだ」


こんなことを話したこともなかったけど、春馬にフラれてから、1度も彼氏を作れなかったしそんな気持ちになれなかったから……もしかしたら、責任を感じてるのかな……と気になっていた。


「……もう、気にしなくていいんだよ。私なら1人でやっていけるから」


だから、やっとの思いで春馬の両腕に触れて解こうとするけど


「違うよ。俺が美雪を好きで気になってしょうがないんだ。だから相談を持ちかけられたり頼ってくれると嬉しかったけど、足りないんだよ。それだけじゃ。

好きなんだ。勝手なのは承知してるけど……もう一度、付き合ってほしい」


更にきつく抱きしめられて、離れられない。


「付き合う?それなら……どうして、あの時別れた方が良いなんて言ったの?」


昔を引き合いに出して、駄々っ子みたいで恥ずかしい。

でも、私にとって春馬との別れは脈絡もなく突然やってきた。


「春馬、言ったじゃない。他に好きな人見つけた方が良いって」

「それは、たまたまここでお見合い写真を見て……美雪がご両親にお勧められてるのを知ってたから。それにひきかえ、当時の俺はやっと仕事が軌道にのった所で、結婚まで考えられない。だから……幸せにってもらいたかったんだよ」

「あれは……父が仕事関係の人に私を紹介してほしいと頼まれてしまうだけで、深い意味なんてない。どうして今になってそんな事を言うの?」

「諦められなかった。今も美雪が好きだから」


視界が滲む。混乱して零れる涙の意味を単純には把握できない。

だって、私なりに春馬を恋人と思わないように、これ以上好きにならないように気持ちにセーブをかけて、一緒に居るこの時間だけを大切にしていたのに。


「もう……やめて」

「美雪なら他の良い人と結婚して幸せな家庭を築くことができるのに、俺の仕事の都合のせいで結婚することだって難しい……だから……」

「だから逃げたの?私から。もしも同じように春馬が現実に耐えられなくなって、また私に別れるって言うかもしれないじゃない」

「それを超越するくらい美雪が好きなんだよ。今は美雪との将来を考えたいと思ってる」


でも……私はこの腕を振りほどけない。

でも、抱きしめかえすこともできなくて私の両手はだらしなく垂れたまま

ただ、ひたすらに春馬の懐かしい胸に抱かれて呼吸音と声の振動感じていた。

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