7

いつもより1時間遅く起きるのは予定のない休日の証拠。


ベッドの上で微睡みの中、カーテンの隙間から日が差して私の顔を照らすから半ば強制的に起きると伸びをする。

枕元に置いていた携帯に手を伸ばすと、画面にメールが表示されていて、私はそれが春馬からだと分かると胸まである髪をかき上げながら続きのメッセージを読んだ。


『おはよう。突然ですが今日か明日の夜空いていますか?先日、仕事で海外に行ったのでお土産を買ってきました。連絡待っています。』


春馬と別れてから、もう2年。


だけど、春馬は何かあればすぐに連絡をくれて、今でも友達として関係は続いていた。特に海外に行ったときはこうやって私にお土産を買ってきてくれては、私の家へやってくる。もちろん、外で会うこともある。でも、付き合っているときから、春馬の仕事上なるべく外で会わないようにしていたから、その延長線上で今もスタイルは変わらない。

それでも、付き合っているときに何度か週刊誌に追われたこともあったし、撮られたこともあったけど、いつも春馬が機転を利かせてくれていたから、決定的な写真を撮られることはなかった。


そう、外で並んで歩いて、手をつなぐとか、まして……キスなんて、絶対にありえない行為。


そっと唇に指を当てる。


まだ、覚えている。

一ノ瀬さんが屈んで顔が右に傾いた……

狭くなった視界の中で重なり合った唇の感触がリアルに蘇って、私はそれを払拭するかのように首を横に振ると、洗面所に行って顔を洗った。


もう、忘れなきゃ。

だって、何でもないんだから。


リビングに戻って、携帯を手にすると春馬に返信する。


『おはよう。いつもありがとう。今日の夜なら空いています。よかったら夕飯作って待っているけど、何時くらいになりそう?』

本当は、休日の予定なんてない。

だけど早く一ノ瀬さんの余韻を消したくて今夜を指定したから、春馬から19時には行けるとの返信が来て、ちょっとだけホッとした。そして、時間差で罪悪感が襲ってくる。だけどこれも期間限定だからと自分に言い聞かせて都合に良い言い訳を並べて、平常心を取り戻そうとしていた。


春馬と約束している19時が近づく。春馬は律儀にあと5分くらいで着くとメールをくれるから、私はサラダを作って冷蔵庫に入れると鍋の火を止めて、だし巻き卵を盛り付けると大葉と大根おろしを添えた。白いタートルのニットを着ているから、高い位置で1つに束ねたままの髪。でも、今から髪を巻き直す時間もなくてデニムのミニスカートだけ履き替えようかとも思ったけど、ちょうど春馬の到着を知らせるチャイムが鳴ったから、モニター越しに返事をしてオートロックを開けた。


「ヤッベ、すげえ寒いよ、外」

「いらっしゃい。リビング暖かいから、早く入って?」

「お邪魔しまーす。」


春馬はそういうと、マスクを黒のショートコートのポケットにしまいながら私の後についてリビングに入ると、いつもと同じようにソファーにバックを放ってそのまま体を預けた。


「やっぱ、この部屋来ると帰ってきたって実感するな」

「そう?じゃあ、おかえりなさい」

「ハハッ、そうそうこの感じ。美雪ただいま。これ、お土産。どこにでもあるドライフルーツみたいだけど、日本に着いて気付いた」

「嬉しい!私ね、ドライフルーツ大好き。あ、マンゴーだね。ありがとう」

「よかった。どういたしまして」


春馬はコートを脱いでグレーのニットの裾を直すと、私にコートを手渡すからそれを受け取るとハンガーにかけた。


「今日の夕飯何?」

「肉じゃがと、きんぴらごぼうと、だし巻き卵。帰国したばかりみたいだったから、日本食が良いのかなって思って。」

「いいねぇ、もう出来てんの?」

「うん」

「じゃあ、食おうよ。あんまり昼も食えなかったから結構腹減ってる」

「分かった、じゃあ準備するから待っててね。」


キッチンに戻ると、お気に入りの花柄のエプロンをして早速準備に取り掛かって、

おかずを盛り付けて始めると、カウンター越しにこちらを見ている春馬と目が合った。


「ん?何?」

「別に?」

「もう、どうしたの?」

「いや……本当、なんもねぇよ、ただ美雪は変わらないなって思ってさ。」

「それって、成長してないってこと?」

「成長はしているだろ。時が経つにつれてさ」

「じゃあ、どういうこと?」

「良い意味で、ってこと。」

「春馬だって、変わらないけど成長しているじゃない。仕事の幅だってどんどん広がっていて、いつもすごいなって思っているよ。」

「そういうところだよ」

「ん?何が?」

「変わらないところ」


春馬の言葉がなんだか甘い気がして少し恥ずかしくなった私は、ダイニングテーブルにマットを引くと料理を並べて最後に冷蔵庫からビールとグラスを取り出すと、それに合わせて春馬も移動してきて、私からそれを受け取るとプルタブを開けてビールを注いでくれる。


やっぱり春馬は優しいな。

さりげない気遣いが嬉しくて、表情が柔らかくなる。

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