一ノ瀬さんの言葉には破壊力がある。


無意識的に発しているのか、意識的なのか把握はできないけれど、私はそれに耐えかぬて、精一杯、視線を逸らした。

もっと強気で反抗しようと思ったのに、先制されると何も出来なくて、それを見越している一ノ瀬さんには、到底敵わない気がする。


「忘れてって、言われると思っていました。」

「なんで?」

「捉え方が私と一ノ瀬さんでは違う気がしたので」

「まぁ、人それぞれって言葉があるくらいだからね。確かに仕事でキスをしなさいって言われればするし、こんな感じでお願いしますってリクエストまで受けるよ。だってお仕事ですから」

「……そうですか……でも、私は一ノ瀬さんと違って、ただの一般人なのであのゆうことされると、すごく困ります。」

「嫌だったってこと?」

「あの……嫌とかじゃなくて、困るんです。」

「嫌じゃないんだね。今はそれで充分よ。それは、恋人同士じゃないからってことでしょ?オレのこと、よく知らないしってことでしょ?だから、つまりは知りたいと。」

「……よく、分からないですけど恋人同士がすることを、一ノ瀬さんは初対面の私にしたじゃないですか。やっぱり、そういう人なのかなって思っています。」

「そういう人か……、そっか、ごめん。ついね、あまりにも美雪が可愛かったからさ。じゃあ、これからは聞くよ。キスしていい?って。ちなみに、今は?」

「絶対ダメです。」

「はい、こんな感じね?了解」


そう言うと、一ノ瀬さんはまた白ワインのグラスを私に傾けるから、ついそれに従って、2つのグラスの重なる音が響かせた。


「じゃあ、教えてよ、連絡先。」

「一ノ瀬さんって軽い人なんですね。」

「美雪はガードが固い人なんですね。」

「そう思ってくれていいです。」

「だからだよね、攻略したくなる。」

「あの……、聞いてもいいですか?」

「ん?何?」

「なんで、私をここに連れてきてくれたんですか?」

「知りたい?」

「はい」

「じゃあ、教える代わりに連絡先教えて」

「一ノ瀬さんって、本当に強引ですね。」

「いつもこうじゃないよ?」


まだ、外したままの視線を手繰り寄せるように

すっと、私の右側に熱が近づく。


「いつまで、目合わせない気?もしかして意識してる?」

「してませんっ!」


思考回路が狭められた私は、いとも簡単に一ノ瀬さんの挑発にのってしまって

薄茶色の瞳と視線がぶつかる。

少年っぽい顔立ち、身長だって多分私と5㎝くらいしか変わらない。


だからこそ際立つ仕草、声、視線。

気を抜くと引き込まれてしまう。


まるで、光と影が同居するような両面を持ち合わせた一ノ瀬さんに、私は飲まれないように必死で留まる。


「やっぱ、可愛い」


もう、なんだか分からない。


「だから、やめてください」

「知りたいんでしょ?なんで俺が今日あのBARにいて、美雪を知っていて、今ここに美雪を連れてきて口説いているのか」

「口説いていたんですか?」

「とーぜん、いくら何でも誰にでもこんな対応するわけがないでしょう?必死よ?これでもオレ、次に繋げようとさ、だって……」


一ノ瀬さんは、そういうと私の手に自分の手を合わせて、キュッと握る。

手……温かくて、なんだか柔らかな優しさが伝わってくる気がした。


「やっと、この距離になったんだから」

「……やっと?」

「そ、やっと、俺にしてはかなり慎重に回り道をしながらも、どうにかならないかなこの距離って考えたりして。徐々に詰めましたよ。そりゃあ、もう。これでも。だから離したくない。それくらいね、あるんですよ。熱量が、こっちは。」

「どうして、私なの?」


知りたい。

どうして、私のことをそう思ってくれているのか。口説き文句なのか、気まぐれなのかは分からないけど、それ以上にそう思ったから、そのままを伝えた。


「美雪の目の中にオレを映して欲しいって思っていたからだよ。ずっと、ずっと前から。春馬じゃなくて、オレを、一ノ瀬和秋をね。」

「ずっと前から?」

「そ、美雪には春馬しか見えてなかったと思うよ?むしろなかったんだよ、オレなんて眼中に。あのたった1度来てくれたライブの時も、歓声とスポットライトの中に、居たんだよねオレ。でも、美雪はまっすぐ春馬を見てた。なのに、全然主張しようともしないのね、彼女だって。羨ましかった。そんな美雪を独り占め出来る春馬が」


繋がれた右手に少しずつ力が加えられていく。


「やっと、ここまで来れた。だからさ、美雪。オレを好きになってよ」

「一ノ瀬さん……」

「オレは、離したりしない。」


一ノ瀬さんの目にはっきりと私が映る位近づいて、互いの熱が分かる。


「キス、していい?」

「ダメです」


絶対に……。

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