42

春馬はリビングに入ると、ソファに座り荷物を置いた。


いつもと変わらない動作。

だけど表情は固く、辛うじて下がる目尻に心が苦しい。


私は、ミネラルウォーターの入ったグラスをテーブルに置くと


「カフェラテ淹れようか?」


アルコールを勧めず、そう聞いて


「……いや、いいよ。とりあえず、座って?」


春馬の返事と要望に頷いて隣に座る。


「話せる?」

「……え?」

「何があったのか、とか。美雪が不安になってる気持ち」

「うん。話せるよ」

「そっか。なら聞くよ、ゆっくりでいいし、言葉を選ばなくても良いから」


春馬は前のめりに座り直す。


「……ねぇ、春馬」

「ん?」

「どうしていつもそんなに優しいの?」


私、今から春馬を傷つけるんだよ?


「優しいかなー。そうでもないと思うよ?」

「優しいよ。いつも」

「でも、美雪以外には優しくないと思うよ?」

「そうなの?」

「そりゃ、人付き合い的には優しく対応するけど、俺の中のそれ以外の優しさは全部美雪の為にしか使ってない。それだけ大切なんだよ。美雪だけが。すごい自分本位だろ?」

「自分本位?」

「そう。こうやって美雪を逃さないようにしてるの。たくさん優しくして、頼り甲斐あるフリをして、他のオトコに取られないように、俺と一緒にいることが居心地いいって思ってもらえるように、そうやって不安を消して、美雪を愛する権利を手放さない為に、必死。これが本当の俺だよ……だから、かなりムカついてんだよね」


春馬は私の腰に手を回し、ぐっと引き寄せると、


「本当は、このまま美雪を押し倒して無理矢理でも抱きたいんだよ。美雪が嫌がって泣いても、拒否しても、力で制して欲を吐き出して、俺が傷付けたいんだよ。……あの夜だってそうだ。こんな俺、カッコ悪いだろ?引くだろ、普通。だから、乱さないでくれよ……」


そのまま、力無く……トン、と春馬のおでこが私の左肩に下りて、そのまま胸に顔を埋めた。


「……美雪、どこにも行くなよ」


春馬は今まで、こんな気持ちを内に秘めていたなんて知らなかった。



ずっと、世間の注目を浴びて走り続けて、私を愛してくれて……あんなに2人で居たのに、どれだけ春馬を孤独にしていたんだろう。


全然気づいてあげられなかった。



「春馬は優しいよ。どんな理由があったとしても優しい」


私は、春馬にたくさん抱きしめてもらっていたのに……


ゆっくりと両手で春馬を抱きとめて、短い髪に指を通す様に撫でた。


春馬は私よりも、ずっと前を歩いていて大人だと思っていた。だから精一杯背伸びしていたけど……歩調を合わせるのって、難しい。




「……ありがとう。本当の気持ちを言ってくれて」



どこにも行けない。




人は弱い。

だから、自分の為だけに頑張りながら生きていくには限界がある。


和は、私が居なくても生きていける。でも……



「春馬……私を抱いてくれる?」

「……え?」

「私ね、一ノ瀬さんとキスしたの。心が揺れて、惹かれて、私の意思でキスしたの。それでも、春馬は私を受け止めてくれますか?」




春馬を1人になんて、出来ない。





裏切った、私を

春馬が許してくれるなら……




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