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いつもの……
美雪との始まりのBARで強めの酒を飲む。カウンターには、まだ疎らに客はいるけど、案の定顔バレする事もなく酒ばかりがすすむ。
鮮明に覚えてる。
初めて会った時の、美雪の白いひらっひらのシフォンスカートや、桜色の唇。
偶然を装って再会した夜、BARから連れ出した時に掴んだ華奢な腕。
冷たい夜風の中、少し屈んで……重なった柔らかな温もり。
美雪が雨に濡れないように抱き寄せた身体。長い睫毛が繰り返す瞬き。
「一ノ瀬さんが好きです」
美雪の声は
確かに……オレの心に届いた。
うまくいくんじゃないかって、思ったんだけどな。
「マスター、おかわりちょうだい」
全然溶けきっていない氷を鳴らしながらグラスを突き出すと、
「いいの?明日は?」
「別に大丈夫よ、お仕事は大切ですからね」
「飲み過ぎんなよ」
「はいはい。そーね」
マスターの言葉にも首を横に振って受け流す。
「イチ、最近良い顔になってたんだけどな」
「オレ?元々イケメンよ?」
「知ってるよ、どんだけお前を見てきたと思うんだよ。そうじゃなくて、表情が優しくなってたんだよ」
「……勘違いじゃない?」
「ここに立ってると、色々見えるんだよ」
「……へぇ」
「だから、今日だけにしとけよ?」
「……何がよ」
「こんな飲み方すんなよ。キリがねぇよ?」
「……うるさいよ」
全く、何があったかも知らないで、この美容師あがりのマスターはオシャレ髭を生やしてよく言うよ。
「……でも、ありがと」
マスターは、最後の客を見送るとその足で表の看板をひっくり返して、グラスに同じ琥珀色のアルコールを注ぐと、隣に座った。
「気持ちわる、いつもの定位置じゃないだけで」
「そんなもんだろ。見る角度によって視界は変わる。その立場に立たないとわからないものだよ。だから人は変化が恐くて現状維持を努める。イチには分からないかもな」
「え?どーゆーこと?」
「イチは、かっけーもん。いつも何かを目指すステージに居てさ。ずっとそこに居る大変さは計り知れないけど、普通の一般人は出来るだけ平穏が欲しいから変化を避けるもんだよ」
この男は何を悟り、語ってるんだろ。でも、今のオレにはない考えながらも状況に当てはまるから、なんか笑った。
「一ノ瀬さんが好きです」
それが本当なら
この台詞には、よりパワーが宿ってるわけね。だって、春馬という安全地帯からオレに飛び込もうとしてくれたんだから。
「そーゆーもんかね」
「そーゆーもんだよ」
台詞の威力に舞い上がってハレーションの影響見てなかったわ。
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