37
マネージャーに、春馬が指定した店まで送ってもらって、車から降りるとひんやりとした冬の風が吹いて、オレを更に猫背にした。
指定された個室に入ってビールを頼んだけど、ソレが運ばれてくるまでの沈黙が色んな意味での今の状況をあらわしている。
仕方ないよね。
春馬からしたら、横槍入れてんのは俺なわけだから。まぁ、コッチからしたら一応お膳立て期間設けたつもりなんだけど。
「メシ、なんか頼む?」
「適当でいいよ、弁当食ってるし」
やっぱり、続かない会話。
ま、だからといってお互いどうかしようと努力をするわけじゃないけど。やっとビールを口にするときには、すっかり沈黙は完成されて、これじゃあ埒があかないし、誘われた身としても話すきっかけは、オレでも悪くない。
「美雪の事でしょ?この席のお題は」
春馬は、その言葉に眉毛を動かして目を閉じると正面を向いて
「それしかないでしょ。むしろ。だからといって美雪とどこまでいってるの?とか聞きたいとも思わない。確かに、美雪とは一度別れて……色々あったから」
静かに話し出す。
「そ?ま、話すつもりもなかったけど」
「選ぶのは美雪だから」
「どうしたのよ、やけに冷静じゃない」
「冷静ではない。こうでもしないと話にならないだろ?」
優位に立つ。
美雪の件でオレがそうなるのは難しい事くらい分かってる。だけど予感という胸騒ぎは間違いなく浮遊する……
春馬はネクタイを緩め、外す。
「美雪を奪えるなら、奪えばいい」
たまにするんだよね、
こーゆーブレない目で見てきてさ。
でも、そういう時の春馬は自信がある証拠で、且つ揺るぎない姿勢の表れだ。
あーあ、ヤダヤダ。
正面きってさ、お前も優等生丸出しじゃない。
「じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうよ。でも、奪うとかって違う気がするな。オレが言える立場じゃないかもしれないけど。だって事実付き合っているカップルに割り込もうとしてますから。だけどね、プレゼンして選ばれるって感じに近いんじゃないかって思うのよ。だから構えないでよ、そんなんじゃ、普通に仕事も出来なくなるじゃない」
人を好きになるのは自由でしょ。でも、行動をすると、そうとは言い切れないのは知ってる。
偽善者なのかもしれないね、結局、オレは。
春馬を試すみたいな本意を隠す言葉を並べて、揺さぶる。重ねた月日に太刀打ちできない代わりに隙を作って……なんてズルい思考でいたのにさ、
「俺は、そんな気持ちになれない。選ばれるかどうかなのかもしれないけど、足掻くよ、多分カッコ悪いくらい。きっと……イチにはこの気持ちは分からないよ」
「え?」
「本気で好きなんだ。正直、美雪がオレと一緒にいない未来が想像できない。……だから、すげーダサいけど、恐いよ」
春馬が弱みを見せるなんて意外過ぎで暫し話の経緯をみなおすけど、
春馬はそういうと辛そうに笑って
「イチが本気なのは分かった。先、帰るわ。今日はありがとう」
席を立とうとするから止める。
「ちょっと待ってて」
「ん?なに?」
「キャラ変わってない?春馬らしくない」
「……俺らしいって何?」
「真面目で努力家で完璧主義」
咄嗟に掴んだ春馬の腕を離して、春馬らしさの答えを伝える。
「もし、そう見えるなら、それ全部美雪に似合う男になりたかったからだよ。カッコイイところ見せて、美雪に好きでいてもらいたかったから」
別に、オレが美雪を好きな気持ちが負けてるなんて思わない。
今だって、どっちが選ばれる?っていう根本は同じ。
だけど、2人には絆がある。
家路につきながら、ぼんやりと考えちゃうよね。考えても仕方ないことは、ただのエネルギーの消費だからしない主義だったけど、今は、その余計なことが出来る人種が羨ましくて笑えた。
で、さ……
声が聞きたい。
そんなわがまま……
言ってみたくなった。
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