34
玄関で、抱きしめたくなる衝動に耐えながら美雪に案内されるまま部屋の奥に入って、
「上着かけておきますね」
「あ、うん、どーも」
細い指先が、肩に触れてするりと上着を脱がすもんだから、良からぬ想像ばかりが先走る。
とりあえず深めに息を吸って吐いて、そばにあるソファに座って辺りを見渡すと、落ち着いた雰囲気の中にも薄いピンクとラベンダーみたいな色が女の子を象徴してた。
「何か飲みますか?」
「じゃあ、ビールある?家に車置いてきたから」
「はい、ありますよ。適当にゆっくりしててくださいね」
美雪はそう言うと、ポニーテールの髪を揺らしながらカウンターキッチンに入って冷蔵庫を開けた。
今までとは、大分違う会話とか距離が嬉しくないわけじゃない。だけどそう思えば思う程に自分だけのものにしたいなーと欲張りになる。浮気されるくらいならいーんだけどね。そう、むしろ割り切ってくれるなら構わないのにな。
美雪がそういうタイプの子じゃないから、久々に考えますよ、そりゃあ。
「おまたせしました。はい、どうぞ。お仕事お疲れさま」
だってね、
ほら……優しい笑顔で冷えたグラスにビールを注いでくれてさ。こんな可愛い子に、あんまりいばらの道は用意したくないじゃない。ワタシも人並みに幸せにしてやりたいって思いたくもなるよ?
テーブルには、モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼと、生ハムの盛り合わせが運ばれて、ちょうど良いよね、このレパートリーも。まぁ、部屋着と髪型だけでもノックダウンされてますけど。
「ありがとう。ほら、美雪も飲もうよ、グラス持っておいで?」
「うん。じゃあちょっと待ってて」
自分の家でちゃんともてなしてくれる点とかさ、控えめ具合も良くてポイント加算され過ぎて、逆にこわいわ。
自分のグラスを手に戻る美雪は、ソファじゃなくて、斜め横のラグの上にちょこんと座って、自らビールを注ごうとするから、それを半ば奪う形で受け取る。
「自分で注ぐんじゃないよ、ほら」
「いいの?なんか嬉しいありがとう」
「あー今日もしたね、仕事」
「んふふ、うん。したね」
「もう一度会いたいってメールもらって、吹っ飛んだけどね、疲れは」
「……うまいですね、いつも」
「ん?何が?」
「その、一ノ瀬さん……嬉しくなるような言葉ばかりくれるから」
「思った事を言っているだけだよ。でも、それで美雪が嬉しいなら本望かな。だってさ、イヤじゃないんでしょ?」
「……イヤじゃない、です。でも……」
「ん」
「私は春馬の彼女だから、一ノ瀬さんとは友達としてしか付き合えないです」
「んふふ、そっか」
「ごめんなさい」
「美雪」
「はい」
「好きだよ」
そんなアナタだから、好きになったのよ。
美雪だけを真っ直ぐ見つめて、ただ気持ちを伝えた。
「……そんなに見つめないで下さい」
「無理だよ、見たいんだから」
「私は……どうしたらいいのか分からなくなる」
「美雪はさ、選択する事が恐いんじゃない?」
「え?」
「オレのこと、嫌い?」
「……嫌いなわけないよ」
「じゃあ、好き?」
「……言えない」
「アナタも頑固だね。素直になればいいのに」
美雪のふわふわな部屋着の腕を触って、そのまま引き寄せると抵抗なくオレの腕の中に収まるもんだから、愛しさが込み上げて抱きしめる。
鼻腔をくすぐる、甘く柔らかい女の子の匂いが状況を無視して、男を昂らせるから厄介なわけだけど。
「……美雪がさ、オレの事を嫌いなら諦めるよ。辛いけどね、もうこーゆー事はしない。無理矢理奪うつもりさえないから、でも好きなら選んでよ、オレを。ただ、それだけ」
「一ノ瀬さん……」
「……ん?」
「……難しいですね、素直になる事も、選択する事も」
「そうかもね。でも、生きていくには両方とも必要だよね」
「……それに、私の選択で春馬か一ノ瀬さんが傷付くんですよね」
「辛い?」
「……はい」
「……困らせてごめん」
「一ノ瀬さん?」
「オレもね、好きな子をこんな感じで困らせたくないのよ、でも、理屈じゃない。だから、もう少しゆっくりで良いから答え出してくれないかな」
諦めが悪くて申し訳ないけどさ、
あと少し
もう少しなわけよ……アナタの心に手が届くのは。
だから、足掻くよ、この際かっこ悪くてもいーや。
オレも、曝け出すからさ。
付いて来い、って念じが通じる。
「私、分からないんです。春馬のいない生活が」
「……ん」
「ずっとそばで、励ましてくれて助けてくれた。そんな春馬にいつも憧れて、甘えてたから……ごめんなさい、こんな事聞きたくないですよね」
「いや?むしろ聞きたいよ。分かってるから春馬の良さとか2人の歴史の長さは」
「……だから」
「だから、これからもずっと一緒に居るの?一度、別れたのに?」
意地悪だったよね。でもさ、オレもね美雪を思う気持ちと歴史はワタシも負けてないんですよ。
「オレは、美雪を離したりしない」
目には見えなくてもね。
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