黒色 和秋side

31

美雪が居なくなった部屋は、まるで彩りをなくしたみたいで、空虚感が漂っていた。


1人なんて、当たり前だし

いつも座ってるくたびれたクッションの位置も、ゲーム専用機として使ってるテレビも、何も変わらないのにさ。不思議だよね。


「共犯者……か」


同じモノを共有したくて、口にしたのはいいんだけどね……ただでさえ、辛くて泣きそうだったアナタの罪を重ねたくないから、歩みは遅くとも出来るだけリスクの少ない手段を選択した。


「オレの事、好きって言ってほしいからさ……。頑張りますよ、美雪がちゃんと振り向いてくれる様にね。連絡するから」


押して

押して

押して

引く。


ワタシなりのセオリーが活きて、美雪の中で一ノ瀬和秋の存在が、どんどん大きくなってくれると良いんだけどね。


春馬に手を取られる美雪が振り向いた時、声には出せない「またね」に頷く横顔の睫毛が空気に震えて印象的だったから、尚更忘れられないじゃない。


あのBARに、春馬と……会いたくて堪らなかった美雪が2人で来た時は、心が抉られてんじゃないかって思う程キツくて、「どーも」みたいなリアクションで精一杯よ。


だけど、オレを見た時と千夏のワードを出した時の美雪がね、明らかに動揺してたから、なんとなく察してグラグラ壊れそうな心の弱味につけこんで、強引かつ慎重にこの部屋に連れ込んだ。


後悔を、もう一度するなんてありえないじゃない。


だったら、何があっても良い、人目を気にしない、テリトリーの中でワタシはアナタを口説きたかったわけよ。


でも、結局は……あと一歩のところで美雪に手が届かなかったワケだけど?


あの栗色の艶めく髪も

透き通る様な白い肌も

長い睫毛があしらわれた二重の瞳も

口元にある小さなホクロも

桜色の柔らかい唇も……


アナタを彩る全てが、愛しくて……


人生レベルからみたら、一瞬の出来事なのは分かってるけど、かけがえのない時間を過ごせたっていう実績がね、堪らないのよ。


やっぱ

欲しいよね。

美雪が。


今回は、仕方なくすり抜けてしまったワケだけと。携帯の液晶には美雪の連絡先というアイテムが映し出されレベルアップの音が鳴り響く。


それでいいじゃない。


そう自分に言い聞かせて、腰に手を当てながら2人を見送った。


焦っても仕方ない。


ちゃんと美雪を振り向かせるなら、それなりのストーリーが必要だ、と。


うまく寝付けない夜を越えて、窓の外では太陽が朝を知らせたから、ベッドから起き上がるとマネージャーの迎えが来るまで、ソファで転がりながらゲームした。


ほらね、これよ。


こんなもんなのよ、ワタシは。


本当はね、キラキラしたアイドルなんて程遠い。家の中ではTシャツにパーカー羽織って、ハーフパンツでゴロゴロしているワケですよ。仕事に出かけるときは、下だけ膝が隠れるヤツに履き替えて、寝癖だって現場でやってもらえるからそのまんま。顔はキッチンでお湯だけで洗う始末。


オレは、あの造られた世界の商品だからこそ、人前に出るときは、それなりに形を作る。


そこにはかなりのお金が発生して動いているから、仕事として与えてもらっているから頑張るんだよ。


マネージャーの車に乗りながらも、ゲームで境界線を作る。

ゲームという世界越しに芸能界を見るのが丁度いい。


芸能界は、人を傷つけ蹴落としながら生きていくサバイバルそのものだ。だから、1枚バーチャルな世界を挟むくらいが、痛み苦しみ喜びが最小限に抑えられ、自我が少ない分、客観視が強くなり、求められているものを強く理解する。


そんなワタシをね、アナタなら優しい笑顔で受け入れてくれる気がした。


美雪の前では、色んな防具や武器を置けるんじゃないかって。


だってさ、こんなオレを

いつも美雪は目を真っ直ぐ見てくれんだよね。

人と目と目を合わせて話す事が出来るのは、才能の1つだし、偽りがない証拠だから、その綺麗な瞳に自分を映したくなる。


まったくさ、不思議なもんよ。


なんか……こう心拍の上昇を感じることさえも、通常ないワケだよ。ワタシは1枚バーチャル世界挟んでるんだから。

でも美雪だけは、雑味なくダイレクトに感じたいと思った。


初めてよ?こんな子は。

要は可愛くて仕方ないのよ。


楽屋に入ると、春馬がカフェオレを飲みながら新聞を広げてたから、ワザとその隣にリュックを下ろす。


あんでしょ?

聞きたいこと。


どーせ、春馬の事だから美雪に詳しく聞けないワケだから。


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