30

私達はこのキスの続きを知らない。


だけど、お互いに離れがたくて唇の次はおでこを擦り寄せて浅く呼吸をした。


この瞬間に私は気づき、強く思った。

一ノ瀬さんに堕ちてしまったと……


いつから?

なんて愚問にはうまく答えられない……。


でも、あの街灯に見届けられた、一方的なキスから、確かに心は揺れて動いて、今となってはどうしようもできない域まで駆け上がってしまった。


私の素直になれない性格を乗せて悪戯に運命の歯車は回りだし……


一ノ瀬さんの側にいる。


1番、近くにいる。


「……キス、しちゃいましたね」

「ん、したからったから。むしろ、まだ足りない」

「……私も、足りないのかもしれない……」

「そ?じゃーなら、もう1回しよーよ」


一ノ瀬さんが、私の顎をクイッとして上を向かせたけど


「違います!足りないのは……自覚と時間です!だって、ほら……私は

……」


目と目が合った瞬間恥ずかしさが込み上げて、さっきまでのムードを払拭するように、キレイにたたみかけると、タイミングを計ったみたいに、部屋のインターフォンが鳴り出す。


一ノ瀬さんは、仕方なさそうにこのインターフォンの原因を確かめる為にモニター画面に向かうと、


「確かに……今日のところはリミットかもね」


首に手を当てながら、私に「いい?」とだけ聞いてくれたから、なんとなく空気を読んで頷いた。


『イチ?夜遅くにごめん。あのさ、美雪のことなんだけど……』


春馬のモニター越しの声に、スカートを握る手がギュッてなる。


『ビンゴ。……来てるよ。ここに』

『そっか……とりあえず、居場所を探し回ったから居てくれて良かった』

『そ?なら良かったんじゃない?』

『てゆーかさ、開けてよ。悪いんだけど、うちの姫がお邪魔してるんでしょ?』


一ノ瀬さんは、春馬の問いかけにオートロックの開閉ボタンを押してモニターを切ると私を見て笑顔を作って、こっちに来て、また隣に腰を落とした。


「……オレが連れてきた」

「え?」

「オレが美雪を連れてきたんだよ」

「共犯者になってくれるんじゃないんですか?」

「だってさ、オレはね、もっと美雪と一緒にいたいからさ。まだ早いんじゃない?罪を認めるには」

「……でも、キス……」

「こんなんじゃ満足なんて出来ないのよ、オトナなんだから。だから、今はオレの言う通りにしてよ」


一ノ瀬さんがくれる優しい眼差しを受けながら、私のバッグを持ってくれる春馬の手に引かれてタクシーに乗った。


外は雨が止んでいて、雲間から月が見える。窓に残る水滴が蒸発するのを待っているみたいだ。


「……き、……美雪?」


春馬が私の肩に手を置いて、やっと上の空だった事に気づく。


「あ……ごめん。ぼーっとしてて」

「いや、俺の方こそごめんな。何も分かってあげてなかった。美雪、知ってたんだってな、千夏の気持ち。辛い思いさせてたな」

「ううん。私が言えなかっただけだから。春馬にも千夏先輩にも」

「……出来れば、これからは言ってほしいな。ちゃんと美雪を受け止めるから」

「……うん。ありがとう。春馬」


……あと

ごめんね……。


私はどうしたいんだろう。


ただ、春馬に肩を抱かれながら、

優しさにもたれた。


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