第9話 暗黒神様、真の姿(仮)を見せてみる


 ミリーナが作った異空間の中は、透き通った空気が充満し、綺麗な水が小川となって流れ、白い木々がぽつりぽつりと並ぶ、幻想的な場所になっていた。空は青く、広い。何も知らぬ者を突然ここに連れてきたら、まさかここが異空間の中だとは思わないだろう。


 ふと力を使い、今の私の姿を眺める。

 天に届かんばかりの、漆黒の巨体と、二つの赤いまなこ。その背に生える、巨大な翼。更に、腕も背から100本ほど生えており、それとは別に、人間と同様の四肢がある。

 『ハンター』としての私ではなく、『暗黒神』としての私が、今ここに立っている。勇者と戦う際は基本的にこの形態をとっているが、気分次第では目玉のついた球体とか、そういうシンプルなフォルムになることもある。


「そろそろ頃合いか」


 時間的に、そろそろ彼女たちが現れる頃だ。果たしてどんな反応をするのだろうな。


「一番問題なのは、フィリルか。あいつはどうやら暗黒神に対して、何か思うところがあるようだったからな」


 まだ誰も来ていないので返答は無いのだが、なんとなく無言で待つのは退屈で、寂しい気がしたので、1人で喋ってみる。


 ……余計にそわそわしただけに終わった。


「ん」


 不意に、空間を切り裂く音が聞こえた。

どうやら、ついに来たらしい。この巨体だと、遠くからでもすぐに見えてしまうのが難点だな。もっとこう、サプライズ的な出会いを果たしたい。まあ、それが無理な願いであることは承知しているが。



「ようこそ、人間諸君」



 空間の裂け目から現れたプルミエディアたちに、少々芝居臭く声をかけてみた。彼女たちは突き出た高台に立っており、ちょうど私の目と同じ高さにいる。ミリーナが上手いこと調整してくれたのだろう。


「な……!?」

「え……え……?」

「……!?」

「これが、あの……」

「むふ~、いつ見てもすっごい形してるなぁ」

「おおぉぉおお、格好いい~! これじゃ! やはりフィオグリフ様はこのお姿でなくては!」


 プルミエディア、フィリル、レラ。私の正体を知らない3人は、いきなり眼前に現れた巨大な怪物に驚き、言葉を失った。

 リア、ミリーナ、アシュリー。彼女たちは、割とテンションが上がっているようだった。いや、それはミリーナとアシュリーだな。リアは何というか、そうだな。歴史的建造物を目にした大人のような雰囲気を出している。


「ちょ、ちょっと待って。アシュリー、今なんて言った? これが、この化け物が、フィ、フィオグリフ……?」

「む? 化け物とは無礼な! この御方をどなたと心得もがっ!」

「ちょっと黙っててよ、アスガルテ」

「もがもがっ!」


 ああ、アシュリーが私の名を口走った事で、プルミエディアたちが気付いたようだ。元々うっすらと感じてはいたのだろうがな。そして、それに答えようとしたアシュリーの口を、ミリーナが半眼になりながら塞いでいる。

 よし。あのバカに邪魔されない内にさっさと済ませるか。


「そうだ、プルミエディア。それに、フィリル。レラ。我が名はフィオグリフ。お前たちもよく知る、あのフィオグリフであり、そして、正体はこの通りと言うわけだよ」

「……ご主人、様……?」

「うむ。信じられんのも無理は無いがな」

「やっぱり、フィオグリフ、なのね。あなた、あなたは、いったい何者なの……?」

「クックック……。お前は、お前たちは、もうその答えにたどり着いているのではないか?」

「こんな、こんな事って……。う、嘘です。嘘ですよね? 私たちを、驚かせようと悪ふざけしてるだけ、なんですよね?」


 驚愕し、悲しげな、しかし戸惑っている。

 3人の顔から伺えるのは、複雑な思いが入り交じった、ぐちゃぐちゃの感情。ならば、下手にごまかすべきではない。


「私は、暗黒神だ」


 素直に、そう明かした。


「「「えっ……!?」」」


 私の口から直接、正体を聞かされたことで、ようやく現実だと認識したのか、彼女たちは揃って震えだした。


「あ、暗黒神……!?」

「そんな……そんな……!」

「なる、ほど……。確かにそうなら、あの圧倒的な力にも頷けます……」


 プルミエディアとフィリルは、いくらかネガティブな感情になっているな。逆に、レラはそれほど動じている様子はない。ただ単に諦観しているだけなのかもしれんが。

 そんな3人を、穏やかに眺めるミリーナ。そして彼女は、すっと前に出てきた。ああ、すまんな。


「フィオ」

「ああ」


 崖際まで歩いてきたミリーナに、そっと右手を差し伸べた。彼女も、迷うことなくその手に乗り、優しく微笑んでいる。


「ミリーナさん、何を!?」

「落ち着いて。大丈夫だよ、大丈夫。わたしのよく知るフィオは、穏やかで、優しくて、そして、とっても寂しがり屋なだけだから。なんにも危ない事なんてないよ」

「肩で良いか?」

「うん、お願い」

「ああ」


 悲鳴のような叫び声を上げるフィリルに対し、そっと語りかけるミリーナ。私は、そんな彼女を、自分の肩へと運んだ。そして、しっかりと着地した事を確認し、手を離す。


「ね? 大丈夫でしょ。この人は、周りが思っているような残虐な性格なんかじゃないんだよ。むしろ、風評被害で苦しんでるの。こうして外界に出てきたのだって、きっと普通に、平穏に、過ごしたかったからだと思う。一番付き合いが長いわたしが言うんだから、間違いないよ。だから、そんなに怖がらないであげて」

「ミリーナ……」

「あなたは見た目で損してるよね」

「うるさい」

「あはっ、図星でしょ」

「……ぐぬ……」


 怯えた目をし、腰が引けている彼女たちに、一生懸命言葉を投げかけるミリーナ。見事に図星であり、私はただ黙るしかなかった。さすがに、よくわかってくれているな。


「ご主人様、教えてください」

「なんだ?」

「あなたは、何故化けてまで、我々人間の元へとやってきたのですか?」

「ミリーナが言った通りだ。私はただ静かに暮らしたいだけだというのに、何故だか勇者ども が命を狙ってくる。それどころか、お前たちのような普通の人間からも、やたらと恨まれている始末だ。私は別に何もしていないのにな」

「フィオ……」

「ご主人様……」

「だから、知りたいのだ。何故こうまで狙われるのか? 何度返り討ちにしても沸いてくる、勇者とはいったい何なのか? どうしたら私は、奴らに狙われずに済むのか? その答えを探しに、こうして外界に出てきた」

「そう、ですか……」


 私の答えを聞き、噛みしめるようにそれを反芻するレラ。そして彼女が再び口を開こうとしたが──


「ちょっと待ってください! 何もしていない!? 世界に魔物を放ったのは、あなたなんじゃないですか!? 私の家族は、そのせいで……!」


 ──少々興奮気味なフィリルの大声によって、それは遮られた。


「魔物がどうやって生まれてきたかなど、知らない。それはお前たち人間の勝手な妄想であり、都合よく私に押しつけてきただけだ。第一、そんな事をして何になる?」

「妄、想……!? そんなの──」

「信じるか信じないかはあなた次第だけど、フィオは人間に、悪の親玉っていう役を勝手に決めつけられてるだけだよ」

「ミリーナさん? 何を根拠に」

「だって、この人がそんな事をしても意味がないでしょ? その気になればこの星を丸々破壊して、全ての命を根絶やしにできるのに」

「!?」

「ああ、できるぞ。つまらなくなるし、わざわざそんなくだらないことをするのは馬鹿馬鹿しいと思っているがね」

「……じゃあ、どうして、魔物が……」

「さぁのう。大方、光神帝あたりではないか? お主ら人間はアレを善良な存在だと盲信しているようじゃが、はっきり言ってアレは自己中の極みじゃぞ」

「そ、そんなわけないじゃない! あたしは別に光神教の信者じゃないけど、グローリア様は──」

「ふん。会ったこともないのに、よく言えるのう。そういう所が盲信的だと言うんじゃ」

「そ、それは……」


 『光神帝』グローリア。ヒトをはじめとする様々な命を、この世界に芽吹かせた創造主であり、数多くいる“正なる神々”の頂点。

 人間はアレを敬い、各地に教会を建てて祈りを捧げているらしいが、奴の本質はただの我が儘な子供だ。私は実際に会ったことがあるからわかる。アシュリーも、口振りからして同様に会ったことがあるのだろう。


「フィオグリフ様、ミリーナ様。ついでにそこの魔王も。今日はこのぐらいで引いた方がいいのでは? 人間のお三方には、少し時間が必要でしょう。かなり衝撃的だと思いますし」


 最後部で黙って話を聞いていたリアが、そう提案してきた。確かに、私の正体が暗黒神だったというだけでも衝撃的だろうし、あまり長々と会話し続けるのも考え物か。


「そうだな。では、とりあえず帰るか」

「フィオ、うちに泊まる?」

「ああ、そうするよ」

「承知しました。人間の方々と同じ宿屋で、と言うのは少し難しいでしょうしね」

「じゃあワシもじゃな!」

「……まぁ、そうだな」

「仕方ないなぁ~。あ、フィオはわたしの部屋で、アスガルテは別の部屋に寝てね」

「なんじゃと!?」

「嫌なら泊めてあげないも~ん」

「おのれ卑怯な! それでも勇者かッ!」

「勇者は勇者でも、初代だし~。もう気が遠くなるぐらい昔の事だし、時効時効!」

「ぬ~っ!」


 重苦しい雰囲気を少しでも和らげるためか、あえて明るく振る舞っている様子の、ミリーナとアシュリー。リアはまぁ変わらんな。

 ふとプルミエディアたちを見てみたが、やはり深く考え込んでいるようだった。せっかく仲良くなれたのに残念だが、ここでお別れだろうな。


 ……ん、待てよ?


「レラ」

「はい、ご主人様」

「お前は私の奴隷だったな。どうする? というか、こういう場合はどうなるのだ?」


 解放する事は可能なのだろうか? 別れるなら別れるで、不自由なく生活させてやりたいのだが……。


 内心で首を傾げていると、意を決した様子で、レラが口を開いた。


「ご主人様。レラは、あなたの物です。例えあなたが何者であろうと、この命ある限り、ずっと、いつまでも、ついていきます。いえ、どうか、お傍に居させてください」

「……なんだと?」


 今度はこっちが衝撃を受ける番だった。まさか、正体を知った上で、尚も私についてくると言うとは……。


「レラちゃん……」

「レラ、ちゃん……!?」

「フィオ、慕われてるね」

「一応、奴隷の解放もできるのですが」

「これは意外じゃのう」


 他の者たちも、驚いている。だが、それがお前の願いだと言うのなら……。


「よかろう。レラ、私についてこい」

「……はいっ!」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべる、私の、私だけの奴隷。不覚にも、少しばかり感動してしまったぞ。後で、うんと褒めてやらねばな。

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