第10話 暗黒神様、衝撃を受ける


「なんだこれは……」


 ひとまずプルミエディアとフィリルとは別行動することになり、ミリーナの隠れ家へと戻ってきた私たち。そして、着くや否やすぐに寝室に案内されたのだが、そこで衝撃を受けた。

 ちなみに、当然だが私は人間形態に戻っている。あのままだとデカすぎて入れないからな。


「ん、わたしのベッドだよ? リアちゃんが何でも買ってくれるって言うから、思い切ってねだってみたんだ~」

「……お前、本当にあの子の先祖か? 子孫をいいようにこき使ってどうする。情けないとは思わないのか」

「ちょ、ちょっとは思ってるよ? でもほら、あの子ってしっかりしてるじゃん? だからこう、つい甘えちゃうんだよね的な?」

「…………」


 宿屋に置いてある物とは全くレベルが違う、豪華な装飾が施され、天蓋がついたゴツい見た目の、それでいて嘘のようにふかふかな、恐らくは相当な高級品だろう。隠れ家だというのに、そんなベッドがデーンと置いてあるのだ。


「レラに当てられた部屋も、まさかこんな感じなのではないだろうな」

「ん、ここが特別なだけで、他はごくごく普通のベッドだよ? リアちゃんの部屋は何故か床に布団を敷いてあるだけなんだけどね」

「……ダメ人間、ここに極まる」

「な、なにがっ!?」

「お前……」


 涙を禁じ得ない。つまりリアは、自らの寝床には極力金をかけず、自分は節制し、湯水のように金を使いまくるミリーナダメ人間の我が儘に答えてやっている、と言うことなのだろう。

 おまけに、ミリーナ本人は金を浪費している自覚が無いらしいという事実が、殊更涙を誘う。このバカにはきちんと説教しておく必要がありそうだ。


「ミリーナ」

「なぁに?」

「お前、仕事はしているのか?」

「……鍛錬が仕事だよっ!」

「要するに働いていないのだな」

「…………」

「目を逸らすな、ゴミめ」

「そこまで言うっ!?」

「当たり前だ! 貴様、働きもしていないくせにこんなに高そうな物を買わせたのか!? ゴミ以外の何者でもないぞ!」

「ベッドはゴミじゃないよっ!」

「そっちではなく、貴様がゴミだと言っているのだ、大馬鹿者がっ!」

「えぇ!? ひどくない!?」

「どの口が言うか! 貴様の我が儘に付き合わされているあの小さな娘が、どれほど苦労しているのか、考えたことはあるか!?」

「……返す言葉もございません。でも」

「でもじゃない! せめて働け! 貴様ならハンター業でいくらでも稼げるだろう!」

「わたしだってまだ生き返ってから数ヶ月しか経ってないんだよ!? ちょっとぐらい好き放題してもいいじゃんかぁ!」

「だからと言って、子孫に苦労をさせるとは何事だ! このダメ勇者が!」

「ぐ、ぐぅ……」

「それにお前、リアの言うことを全く聞き入れないそうではないか。あの子が嘆いていたぞ」

「だってさ、だってさ! しばらく死んでる間に、信じられないぐらい進化してたんだよ!? この世界が! 欲しいものが次から次へと出てくるのも仕方ないでしょ?」

「わからんでもない」

「でしょっ!?」

「だが、それとこれとは話が別だ! そんなに欲しい物があるなら、自分で稼いで自力で買え! 一応貴様も大人だろうが」

「一応って何さ!?」

「貴様があまりにもダメ人間だからだ!」

「ぐ、ぐぬぬ……!」


 ミリーナのダメっぷりを改善すべく、延々と説教を続ける。が、事もあろうにこのバカ、途中で寝おった。さては、反省していないな?


「……やはりコイツには私がついていなければならんな。まったく、世話が焼ける……」


 だらしない顔で寝ている彼女を起こさぬように、ゆっくりと抱き上げ、無駄に豪華なふかふかのベッドにおろした。耳を澄ましてみると何やら寝言をぶつぶつと呟いており、とても幸せそうだ。


「フィオ……」

「ん?」

「……おにくたべたい……」

「…………」


 起きてはいない。寝言だ。


 なんか、昔よりダメ人間っぷりが悪化していないか……? リアが甘やかしすぎなのだろうか。

 というか今気付いたが。

……私はどこで寝ればいいのだ?


「ミリーナ」


 軽く肩を叩き、寝ぼけた目を開いた彼女に聞いてみる。

 

「ふぇ……?」

「私の寝床はどこだ?」

「ん……ここ……」

「……う、うむ」


 どうやら、同じベッドで寝ろと言いたいらしい。場所を端にずらし、隣を叩いてから、再び夢の中へと落ちていってしまった。


「コイツに警戒心と言う物はないのか……」


 一応、今の身体は男。そして、ミリーナは女だ。いちいち言うまでもないかもしれないが、いくら私相手とは言え、せめてベッドぐらいは別々にするものではないか……?




「フィ~オ~! おっはよ~!」

「ぐふあっ!」

「あはは、起きた起きた!」


 翌朝。何をとち狂ったのか、気持ちよく寝ていたところに、いきなりベアハッグを決められた。あはは、じゃないぞ!


「何をする……」

「あ、ごめんて。殺気を当てないでよ。ほら、朝ご飯用意してあるから、一緒に食べよ?」

「ほう?」


 殺気を浴び、慌てて飛び退くミリーナ。苛つきながらもベッドから脱出し、部屋を見回すと、確かに食事が2人分用意してあった。


「お前が作ったのか?」

「まさか! リアちゃんだよ~」

「……お前は、本当に……」

「な、なにさ?」

「あの子に頼りすぎだぞ」

「うっ、それは、そうだけど……」


 案の定、料理人はリアだった。どれだけ苦労しているんだ、あの子は。いつ爆発してもおかしくないぞ。

 頼りなさ過ぎる友人にため息を吐きつつ、私はありがたく手料理を頂いた。美味かった。だが、やはりプルミエディアには及ばないな。


 そして食後、どうにも気になっていた事を聞いてみた。


「ミリーナ」

「なぁに?」

「やはりお前も、オーバーデッドなのか?」

「ん、ちょっと違うよ~」

「何?」


 返ってきたのは、意外な答えだった。てっきりコイツもオーバーデッドになったものだとばかり思っていたのだが、違うのか。いや、“ちょっと違う”とはどういう事だ?


「魔王って知ってるよね?」

「当たり前だ。アシュリーの事だろう」

「んーん、そうじゃなくて。なんて言うのかな 、“魔王ってどういう存在”か、わかる?」

「む?」


 どういう、存在か? なんだ、謎かけか? たしか、魔王とは……。


「魔王っていうのは、生まれたときから魔王っていうわけじゃないの。そもそも、“魔王という種族”は存在しないからね」

「ああ、そうだったな。幾多の戦いを経て、膨大な経験を積んだ個体が、最終的に行き着く先。それが魔王というモノ、だったか」

「そそ。だから、極端な話、そこらへんを歩いてるゴブリンでも、勝ち続けさえすれば、最終的には魔王になるんだよね」

「ゴブリン程度では途中で死ぬのが関の山だがな」

「大半はね。たま~に、やけに強い個体がいたりするんだよ。そういうのが、ジェネラルゴブリンだったりキングゴブリンだったりに進化するわけだね」

「アシュリーは確か、元々はアークデーモンなのだったか」

「あ~、だから人間とほとんど姿が変わらないんだね」

「うむ。で、それがどうした?」


 わざとらしく、声を大きくして会話をする私たち。扉の向こうで、レラが聞き耳を立てているのがわかっているからだ。別にそんな事をせずとも、部屋に入ってくればいいのにな。


「フィオ、わたしね」

「うむ」

「オーバーデッドから更に進化した、魔王なの」

「……うむ?」

「……えへ」


 ああ、ちょっと違うとはそういう意味か。大方、蘇生した際に呪いの影響でオーバーデッド として転生し、そのまま鍛錬と言う名の魔物狩りを続けていたら、うっかり魔王に進化してしまった、と言ったところだろう。


「初代勇者様が、今は魔王か」

「って言っても、魔族の王になるつもりはないけどね~。退屈そうだし」

「ややこしいな」

「魔王は複数居るもんね。アスガルテ以外にも、何人か。噂で聞いただけで、まだ会ったことはないけど」

「そういえばそうだったな。ちょうどいい、近場の魔王でも狩って、名を上げるか」

「軽く言うね……。っていうか、そもそもフィオって、目的はあるの? 人里で暮らしてる意味は、だいたい察したけど」


 ややこしいが、魔族の王と魔王と言うのは、少々意味合いが違う。“魔族”は、アークデーモンをはじめとした“デーモン種”の軍団で、“魔王軍”を名乗っているのは世界でコイツらだけ、のはずだ。

 それに対して“魔王”と言うのは、ミリーナも言っていたとおり、複数存在する。魔王というモノ自体が、魔物が最終的に行き着く先を示す言葉だからだ。まあ、そこから更に幻魔の宝玉ゲート・オブ・デモンで進化できるのだが、それは置いておく。

 魔王となった者の例を挙げると、“龍王ヴィシャス”や、“不死王メビウス”などがいる。しばらく会っていないが、恐らくまだ生きているだろう。


 おっと、今はミリーナと話しているのだったな。意識を元に戻さねば。えーと、私の目的だったか? さて、どう返ってくるかな。

 

「目的か。あるぞ」

「ほんと?」

「ああ。何故私はこうも勇者たちに狙われるのか、それを知り、対処するために、私自身が勇者になってみようと思っている」

「……それだけ?」

「うむ? まあ、そうだ」


 もっと驚かれるかと思ったのだが、意外にもミリーナの反応は薄かった。自分で言っていてなんだが、暗黒神が勇者になりたがっているのだぞ? 普通に考えておかしいだろう。何故にスルーされたのだ?


「やけにあっさりしているな」

「え? だって。フィオならすぐに勇者になれるでしょ。優しいし、強いし。ひとっ飛びして魔王の1人でも倒してきて、それが世間に認知されたらあっと言う間に勇者様だよ~。

……わたしなんかでも勇者になれたぐらいだしね……」


 簡単に言ってくれるが、それはあまりにも人外過ぎやしないだろうか? 確かにやろうと思えばちょっと遊びに行くぐらいの感覚で、適当な魔王を仕留めて帰っては来れるが、それを実行したら間違いなく化け物扱いだと思うぞ。


 最後の小さな呟きは、よく聞こえなかった。少し暗い表情になっていたが、大丈夫だろうか。いつも明るい奴なだけに、こういう時は異常に心配になってしまう。

 そう言えば、忘れがちだが、一応この阿呆が初代勇者なのだったな。だがコイツは、勇者と言うモノの成り立ちについて、何故だか話したがらない。一番聞きたいところなのだが。


「さてさて、あんまり待たせちゃ悪いし、そろそろ部屋から出よっか」

「む、そうだな。レラ! そこに居るのはわかっているぞ」


 私の呼び声に反応し、扉の向こうでガタガタと物音が聞こえた。それから少し経ってから、静かに、軽く、二回ノックの音が響く。


「おはようございます、ご主人様。ミリーナ様。お邪魔しても、よろしいでしょうか?」

「いいぞ」

「ここわたしの部屋なんだけど? まあ、別にいいんだけどさ」


 さて、今日は何をするかな。


 プルミエディアとフィリルは、今頃どうしているだろうか。食事はきちんと取っているかな? さすがにまだこの街には居るのだろうし、もしかしたらバッタリ出会したりするかもしれんな。

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