第11話 暗黒神様、力を制限してみる


 今、私は、ミリーナたちと共に裏町を歩いている。これからハンターズオフィスにでも顔を出して、依頼を受けてみるつもりだ。が、何故かミリーナは黒いフードをかぶり、顔が見えないようにしている。


「お前、誰かから隠れているのか?」

「ややや、リミッターが外れて、神気が漏れちゃうと大変だからね~。このフードで自分の力を制限してるんだよ」

「ああ、そう言うことか」

「うん。っていうか、フィオも少しは力を抑えた方がいいよ? それに惹かれて、強力な魔物が近付いて来ちゃうかもだし」

「いや、抑えているぞ」

「抑えきれてないよ」

「ぬぅ……そうか……?」


 自分ではしっかりと制御できているつもりなのだが……。つもりにしか過ぎない、と言うことだろうか。


「そうじゃの~。正直言うとワシも、その強烈な霊力を辿って、フィオグリフ様を見つけたんじゃ。ま、苦労はしたがのう」

「私は、何も感じないけど……?」

「それは、あなたが普通の人間だからです。我々のような存在ならば、フィオグリフ様の尋常でない力を感知するのは容易なのですよ」

「へぇ……」


 むむ、アシュリーとリアも同意見か。エルフとは言え、レラは人間だから例外のようだが。そう考えると、あまり隠す必要も無いように思える。


「ところで、ミリーナ様」

「ん、なぁに? レラちゃん、だっけ」

「はい。少々気になったのですが、“神気”とは、いったい?」

「あ~」


 先ほどちらっと口走っていた言葉だが、なるほど。人間にとってはあまり馴染みがないのか。少し意外だな。

 人差し指をフード越しに顔の横に立て、子供に物を教えるかのような優しい声色で、ミリーナが語り出す。


「勇者特有の、何て言うかな。まあ霊力みたいなもんだよ。わたしの場合“元”が付くけど、勇者になった人は全員コレを纏うようになるの。で、それを使う事で、勇者だけが修得できる“神技”って言うすっごいのを放てるんだ~。まあ、フィオには全く効かないんだけどね」

「そうなのですか。知らなかったです」

「今は呼び方が変わってるのかもね。でね、そんな神気なんだけど、良いところばっかりじゃないんだ。魔王に片足突っ込んでるぐらいの強力な魔物だと、神気をちょ~遠くに居ても感知できちゃうんだよね。それで、“なんかすごい力があるぞ! 食べてオレのモノにしてやる~!”ってな感じで、寄って来ちゃう事があるの。それじゃ困るでしょ?」

「な、なるほど」

「このフードはそれを制限するためのリミッターなんだけど、まぁナンパ除けっていう意味合いもあるんだよね~。いちいち断るの面倒だし、一石二鳥!」

「わからんでもないが、それで出歩くお主の気が知れんわ。ワシには無理じゃな」

「確かに、こんな怪しげな格好をした女に声をかける強者は、なかなかいないだろうな」

「……地味にヘコむからストレートに言うのやめよう?」


 ミリーナのくせに、案外考えて行動しているのだな。そうなると、確かに私も何らかの制限を設けるべきか……。


「どうしたものかな」

「どうなさったのです?」

「いや、今の話を聞いて、私も力をなんとか抑えるべきだと思ってな」

「このフードかぶる? お揃いだよ~」

「断る」

「即答!? って、暗黒霊術でどうにでもできるでしょ。何を悩んでるのさ」

「……!」

「お、おや? フィオグリフ様、まさか、考えていなかったのですか……?」


 確かに、その手があったな。街中でそんな怪しい格好をするのは死んでもごめんだし、どうせこの面子は全員、私の正体を知っているのだ。出し惜しみする事もないか。


「暗黒霊術とは?」

「あれ、リアちゃん知らないんだっけ?」

「暗黒、霊術?」

「神霊術のことだ、レラ。アレは本来暗黒霊術という名なのだ。私の正体を隠すため、わざと違う名前をでっち上げていたのだよ」

「ああ、そうだったのですか。教えてくださってありがとうございます」

「ん? う、うむ」

「あの、暗黒霊術とはいったい?」

「聞くより見た方が早いぞ。少なくともワシの時はそうじゃった」


 ふむ。リアはミリーナから聞かされたりはしていないようだな。詳しい説明は後でレラにさせるとして、実際に見せた方が早いだろう。


「フィオ、制限を三段階ぐらいに分けた方がいいんじゃない? 人間に合わせたレベル、魔王に合わせたレベル、邪神に合わせたレベル、みたいな感じでさ。で、それらを全て解除したら本来の力が出せるようにすればいいと思う」

「まぁフィオグリフ様なら、何があっても死なんしな。あえて人間レベルに抑えて邪神と戦い、わざと劣勢になってから本気を出してねじ伏せるのも一興じゃと思いますぞ」

「ふむ……」

「はぁ、悪趣味ね……」

「街中で何を話しているのでしょう……」


 アシュリーのくせに、面白そうな意見を出してくれたじゃないか。確かに、想像しただけで笑いがこみ上げてくるな。


 よし、採用だ。


「ミリーナ」

「ん、異空間行く?」

「ああ」

「自分で作ればいいのに……」

「面倒だからな」

「ぶぅ。甘えん坊めぇ」

「フィ、フィオグリフ様! ワシだって、異空間ぐらい作れます!」

「……何か、嫌だ」

「なぜっ!?」


 一応、人目につかない場所に移ってから、更にシャドウを使って姿を隠した上で、ミリーナに異空間への道を開いてもらった。アシュリーにやらせなかったのは、なんとなくだ。



「…………」

「ご主人様、感じはどうですか?」

「アシュリー、ちょっと来てくれ」

「はいっ!」


 三段階に渡る制限を自らにかけ終わり、力を確かめるため、アシュリーで実験してみる事にした。尚、人目があると困るので、ミリーナの異空間を使っている。


「あうっ?」

「痛いか?」

「い、いえ。全く……」

「ふむ」


 ファーストリミット、セカンドリミット、サードリミット。全ての制限をかけた状態で、力を込めて彼女の頬をビンタしてみる。痛みはないとの事なので、予定通り人間レベルの力に抑えることができていると見ていいだろう。


「きゃうっ!」

「痛いか?」

「は、はい。結構痛い、ですじゃ……」

「ふむ」


 ファーストリミットだけを解除した。これで、今の私は魔王レベルの力になっているはずだ。アシュリーにダメージが通ったので、これも上手くいったようだ。


「きゃうんっ!」

「む、吹き飛んだか」

「痛いっ! 痛いですっ!」

「見ればわかる」

「フィオ、アスガルテの扱いひどくない!?」

「いいのじゃ、ミリーナ!」

「で、でも……」


 セカンドリミットまでを解除した。これで、邪神と同じぐらいのレベルになっている、のではないだろうか。現物を見たことが無いので、現在のミリーナより少々上回る程度の力に抑えている。アシュリーが相当痛がっているので、これも成功だろう。


 では、最後だ。

 サードリミットまでを解除……つまり、全ての制限を外し、私本来の力になっているはずである。


「ちょ、お待ちくだされっ! さすがにあなたのフルパワーでビンタされたら、ワシ、死んでしまいます!」

「……む」

「む、じゃないよ!? っていうかアスガルテを実験台にするのやめたげて! 今更感ハンパないけどさっ!」

「ご、ご主人様。さすがにやりすぎかと」

「フィオグリフ様、正直ドン引きです」

「そ、そうか? すまん。ついつい夢中になってしまっていた」


 いかんいかん、一応奴も女なのだ。優しくしてやらねばな。ものすごく今更だが。まあ、結果は完璧だったし、サードリミットも問題はないだろう。

 やりすぎた事を反省し、血が出ているアシュリーに、素直に謝罪する。すると奴は、何やら腰をくねらせ、自分の身体を抱きしめ、頬を紅潮させていた。ものすごく、気持ち悪い。

 いや、そんな事より何より、リアにドン引きされたのがショックだ。何とかして挽回しなければなるまい。


 そう言えば、ミリーナとリアはハンターではないらしい。依頼を受けるのに支障はないのだろうか? かなり気になるのだが、しっかり者のリア曰く“考えがある”そうなので、まあ心配は無用だろう。

 急にできた用事も済んだことだし、さっさとオフィスへと向かうとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る