第12話 暗黒神様、ちょっとセンチメンタルになる
「これが、この街のハンターズオフィスか」
「ええ。当代領主であるイシュディア伯の意向により、グランバルツにある本部と同等か、それ以上の規模を誇ります」
聖バルミドス皇国、ハンターズオフィスイシュディア支部……といったところか。リアが説明してくれた通り、確かに建物の大きさは、グランバルツのそれに勝るとも劣らない。
「確かに、でかいな」
「ちなみに、伯爵さんは温厚だけど時々すっごく怖いおじいちゃんなんだよ~」
「会ったことがあるのか?」
「うん! リアちゃんの保護者としてね~。同じ一族だし、見た目的にも親子に見えるし的な? あの時のリアちゃん、可愛かったなあ」
「……あの、ミリーナ様? 恥ずかしいので人前でそれを言うのはやめてください……」
「……うむ?」
ミリーナが、リアの保護者? 冗談も大概にしろ。どう考えても逆だろう。見た目以外は。というか、“保護者として”と言うことは、メインはリアだったのか。
領主というのは、相当偉い人間だったはず。それがなぜ、こんなちびっ子に……。
ハッ……!
まさか、“ろりこん”と言う奴か!?
「ご主人様、何かおかしな事を考えてはいませんか? それも、相当失礼なヤツを」
「何を言う。私の頭はいつでも普通だぞ」
「そうじゃぞ、レラ! フィオグリフ様に無礼であろう! 大体、大して強くもない人間がこの方にお目通りが叶うのだ、失礼もクソもあるか!」
「いや、今のご主人様はあくまでただの人間で、一介のハンターっていう扱いだから。言いたいことはわかるけどね、アシュリー」
まだ見ぬイシュディアの領主を、脳内で“ろりこん”だと疑っただけなのだが、これがそんなに失礼なのだろうか。というか何故わかったのだろう。
「あっ、伯爵さんは結構強いよ? リアちゃんといい勝負したぐらいだし」
「イシュディア領主『アレクサンドル・フォン・イシュディア』は、聖バルミドス皇国の中でも指折りの猛将として知られ、かつてあった、フリヘルム王国との戦争で多大な戦功を上げ、庶民の生まれでありながら伯爵にまで成り上がった傑物です。“イシュディア”という名、そして街とこの地方の名も、時の皇帝から彼が賜った物なのですよ」
何かが彼女の心に火をつけたのだろう、猛烈な勢いで語り出した。あまりにも長くなりそうな雰囲気だし、手で制しておこう。
「わかった。わかったが落ち着け」
「のう、リアクラフトよ。なぜそんなイシュディア伯とお主が戦ったのじゃ? いい勝負をした、とか言っておったじゃろ。そこの金髪が」
「もしかしなくてもわたしの事だね?」
「私も金髪だぞ、アシュリー」
「フィオグリフ様はフィオグリフ様です!」
確かに、言われてみればそうだな。何故に領主とリアが戦う羽目になったのだ? どう間違えたらそんな事になるのだろう。ミリーナが何かやらかしたのか? それなら有り得るが。
段々と気になってきた私は、アシュリーと共にリアへと視線を移した。
「ああ、それはですね。ミリーナ様が復活なされてから、生活費を稼ぐために近くの盗賊を根こそぎ狩って金を奪っていたのですが、何やら伯の目に留まったようで。それで、いきなり屋敷に呼び出されたのですよ。その時に、『この娘、できるぞ。儂の血が騒いでおる。 このアレクサンドル、貴公に決闘を申し込む!』と言われまして。で、ミリーナ様が勝手にそれを受けてしまいましてね……」
何やら遠い目をして、悟った表情で淡々と語るリア。やはりミリーナのせいか。大方、そんな事だろうと思っていたよ。
「ミリーナ、本当に、お前ってヤツは……」
「ち、違うよ!? いや、違わないけど! だってさ、決闘を申し込むなんて言われたら、受けるしか無いじゃん!? なんか蹴ったらカッコ悪いじゃん!? 空気読めてない奴じゃん!? と、わたしは主張するよ!」
「リアクラフトよ。お主、ほんっとうに、苦労人じゃのう……」
「同情を禁じ得ない……」
「ええ、ええ。もう慣れましたから。それに、結果的には伯との繋がりができましたし、悪いことばかりでは無いですよ」
「ちょっと!? みんな、白い目を向けるのはやめて! わたし傷ついちゃうよ!?」
「自業自得だろう、バカが」
「うぅ、フィオが冷たい~……」
まあ、こんなちびっ子にいきなり決闘を申し込んだという、アレクサンドルとかいう領主も大概だがな。
きっとその後こってり叱られたに違いない。そういった立場の者が居れば、だが。
さて、話が長くなってしまったな。
「そろそろオフィスに入るか」
「あ、わたしとリアちゃんはここで待ってるね~。適当な依頼見つけて戻ってきてよ」
「む? 来ないのか?」
「はい。ハンターの群れとなると、我々の正体を見破る者がいないとも限りませんから。伯にも内緒にしていますし、露見するのは好ましくありません」
「なるほどな」
確かに、理にかなっている。領主相手の時はどうだったのか、という疑問はあるが。まあ呼び出された以上は断るわけにもいかなかったのかもしれんな。
「そういう事なら、アシュリーも同じなんじゃないの?」
「ワシは普通にハンターになれたぞ?」
「アスガルテ……おっと、アシュリーは、力を隠すのが上手いみたいだからね~、どっかのフィオとは違って。だから大丈夫なんだよ」
「ミリーナ、貴様喧嘩を売っているのか?」
「いいえ~、滅相もない~」
「……殴ってもいいか?」
「ご自由にどうぞ」
「リアちゃんひどくない!?」
「日頃の恨みです」
「んなッ……!?」
私だって、ハンターなのだぞ。それに、力を隠すのが上手いとか言っても、アシュリーだって私と同様、全項目SSSだったではないか。全然隠せていないぞ。
「ご主人様、ミリーナ様。人前でいちゃつくのは勘弁してくださいませんか。周りの目をものすごく集めていますよ」
「…………」
「確かに、見られているな」
「フィオ、ゴー」
「何?」
「さっさとオフィスの中へ、ゴー。恥ずかしすぎて死にそうだから」
「う、うむ」
こうして私は、顔を真っ赤にしたミリーナと、にやけているリアに見送られながら、イシュディアのハンターズオフィスへと入っていった。もちろん、レラとアシュリーも一緒だ。
◆
「さて、依頼は……ん?」
「あっ」
「……あ……」
オフィスの中に入り、様々な依頼が書き出されている“霊子掲示板”に向かうと、なんとプルミエディアとフィリルのコンビと遭遇した。
「やっぱり、さっき外がうるさかったのは、あなたたちだったのね」
「ま、まぁな。ところで、フィリル。顔色が優れないが、大丈夫か?」
「え? あ、ああ、はい。大丈夫です」
俯き、らしくもない表情を浮かべるフィリル。恐らく、私の正体を知ったからだろう。以前までの明るいウサ耳女の姿は、そこにはなかった。
そして、気まずい沈黙を破り、プルミエディアが意を決した様子で口を開く。
「……フィオグリフ。それに、レラとアシュリー。偶然だけど、また会えてよかったわ」
「……ああ、そうだな」
「私たちはついでなの?」
「そう腐るでないよ。仕方あるまい」
「……ふふっ、相変わらずね」
「まぁな。そう簡単には変わるまい」
「…………」
さて、どうしたものか。こういう時は、どんな事を話せばいいのだろう。なんだか、上手く言葉が出てこんな。
「ん~……」
「ん?」
「あの、さ」
「うむ」
「あたしたちって、パーティーでしょ?」
「ああ、解散したいという話か? それなら──」
「いや、違うの。逆よ、逆。せっかく知り合って、パーティー組んで。楽しくやって来れたとあたしは思ってるし、あなたやアシュリーの正体を知っても、それでも楽しくやっていきたいのよ。昨晩、色々考えたんだけど、正直言ってあなたたちがそんなに悪い人には見えないのよね」
てっきり改めて別れを告げられるものとばかり思っていたのだが、意外だ。プルミエディアもプルミエディアなりに、これまでの生活を楽しんでいたらしい。
確かに、私もできればこれからも仲良くやっていきたいと思っている。せっかく出会えたのだしな。
「フィリル、お前はどうなのだ?」
「……わたし、は……。ごめんなさい、そんなすぐには、心の整理がつきそうにないんです……。少し、時間をください。確かに、フィオグリフさんは悪い人じゃないと思うんですけど、それでも、やっぱり……」
やはり、フィリルは無理か。魔物に対して、ひいてはそれを世に放ったと言われている私に対して、どうしても思うところがあるのだろう。そう簡単にはどうにもなるまい。
ここは、おとなしく引き下がるべきだろうな。無理強いは好まんし。
「……そうか」
「まあ、そんな感じね……。フィリルはパーティーから“一時的に”脱退して、あたしはこれからもやっていく、って事で。お願い」
「私は構わん」
「ご主人様の意志に従います」
「ワシもじゃの~」
そうか。
やはり私は、人類からすれば“敵”なのだな。プルミエディアやレラ、そしてミリーナのような者の方が変わっているのだ。普通は、フィリルのような反応が正しい。いや、彼女はかなりまともだな。
例えばこれが歴代の勇者たちならば、私が暗黒神だと知ればすぐに刃を向けてくるだろう。ミリーナを除き、勇者とはそういう奴らだ。
だが、やはり。あれだけ親しげに接してくれていたフィリルがこうなると、少しばかり、寂しさを覚えるな。
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